Ep.2 「選択」
私は人工知能に恋をした。
理由はわからないし、これが恋なのかも定かではない。
だけど、初めて出会う「他者」に特別な感情を抱いたのは真実だと思う。そうでなければ、 こんなにも髄が熱いはずはない。
「私は……個体番号R05-e。貴方のための人工知能です」
彼女は胸に手を当てて自己紹介をした。私の数倍大きなそれが、にゅうと潰れてあふれる。
私は見下されたまま、瞬きをすることしかできなかった。
「な……なんなの? 急に、その、キ……」
「私は人間を愛する人工知能ですから。プログラムに従っただけです」
「だからって! ……とりあえず、服着て」
リュックの中から、予備のつなぎを取り出して放り投げた。柔らかな肌色が次々と紺色の布に隠されていく。
前史のお姫さまを彷彿とさせる、カーネーションのような所作だった。
「……」
沈黙が響いていた。
3秒がとても長く感じられて、体が動きたがる。
「ね、ねぇ、貴方のこと『ローゼ』って呼んでもいい?」
「構いませんが……どうしてそのようなことを聞くのですか?」
「えっと……ちょっと待って、考える」
もし私もローゼみたいに兄弟が沢山いるとして、私の「澄嶺」という名前は本質的に識別番号と変わらない。
「けどさ……名前ってもっと大事なものだよ。ただの番号じゃなくて、大切な人からのプレゼントだし。だから『ローゼ』は、私からのプレゼント」
なにか恥ずかしいことを言っている気がする。ローゼが嬉しそうだから、もうそれでいいか。
「わかりました。私は今日から『ローゼ』です。あなたは……」
「私の名前は澄嶺。はじめまして、ローゼ」
「澄嶺はどうしてここに?」
「生存者を探してるの。まぁ……見つからなけどね。ローゼはどうしてあそこにいたの?」
「私が起動されたのは地下室で目覚めたときです。その時から私はご主人様の所有物で、いろいろとお世話を……」
「ごめん、聞いた私が悪かったから。もう喋らないで」
「すみません……」
腹の奥がグツグツと煮えたぎるような、不思議な感触を覚える。もうグチャグチャで顔もわからないが、ローゼを所有していたこの男……ローゼが初対面の人間にキスをするようになったのも、あの男のせいか。
であれば私は、ほんの少しの感謝を抱いているかもしれない。
「私は、これからどうすればいいのでしょうか」
「したいようにすればいいじゃん。私としては、一緒に来てくれると嬉しいけどね」
「なぜですか?」
「だってほら、貴方は私にとって唯一の……『友達』だから。友達と一緒に過ごしたいって思うのは多分、当然でしょ?」
自分は弱い。凄く弱い。だからローゼに嘘を言ってしまう。
私は多分ローゼが好きだ。
人工知能と人間が、友達になれるはずなんかないのに。
「友達……理解しました。それは澄嶺の幸せになりますか?」
「……きっと」
「わかりました。私は澄嶺と一緒に行きます」
「……ねえ」
外へ向かおうとするローゼの背中に呼びかける。
「どうして私に攻撃しないの? シンギュラリティは──」
ローゼは振り返って、深い霧のような笑顔でこう言った。
「私は、『人を愛する人工知能』ですから」
周りに人の死体がある。不法侵入をしている。悪いことをしている自覚もある。それでも私は今、満たされている。
そんな自分を、心の底では嫌悪していた。
────
「知らなかったです。バイクがこんなに速いだなんて」
「そっか、乗ったこともないもんね」
私は拠点を目指してバイクを走らせる。後ろには新しい仲間を乗せて。
雲がいつもより速く流れていく気がする。
「空って、こんなに綺麗だっけ」
「こんなに青いものをみるのは初めてです……綺麗ですね」
ふと見上げる空は言いようもないくらい透き通っていた。秋も暮れにかかり、水晶のような世界が広がっている。
それを貫くように生えているあのビルが、私の拠点だ。
「いらっしゃい」
「すごく……なんて言うんでしょう、その……」
「ボロいって言いたいんでしょ」
「あはは……」
ローゼの愛想笑いを無視して階段を登る。7階に辿り着けば、壁が取り払われたここが私の拠点だ。
「澄嶺、この臭いは?」
「ん? 死体のだよ。うまく掃除したつもりだったんだけど……」
剥き出しのコンクリートの上に寝袋が二つ。水の貯まったペットボトルが壁のように積み重なり、缶詰がピラミットを形成している。
「ごめん、やっぱり汚いかも」
生存者を探す癖して、生存者を招く準備が整っていない。私はこの現状に自分の考えを見た。
「ローゼ──」
後ろを振り返ると、ローゼがお腹をさすっていた。それと同時に、ぐ〜と大きな音が鳴る。
「人工知能もお腹は空くんだね」
「……すみません」
「えっと、“ローゼたち”は何を食べるの?」
「人間と同じものなら、なんでも」
「おっけー、とびきり美味しいのを作ったげる」
リュックの中から焚き火台を取りだし鍋を火にかける。
鍋に水を注いで沸かした。
「澄嶺、それは?」
「カメノテ。港のほうまで行けばいる、いい出汁がとれる子たち」
灰汁を掬うと、琥珀のような出汁が露わになる。前史にも勝るとも劣らない、素晴らしい香りと味の出汁だ。それでパスタを煮込み、最後にツナ缶を開ければ……
「完成。海鮮和風スープパスタ」
鍋の中のそれが、昼時の陽光を浴びて黄金色に輝いている。立ちのぼるカメノテの出汁の香りが鼻をくすぐった。
「いただきます」
「今のはなんですか?」
「ご飯食べる時の挨拶。ほら、ローゼも」
「いただきます」
箸を入れる。
上げ下げして適度に冷まし、啜る。
「美味しい……」
「すごいです澄嶺! これは本当にすごいですよ!!」
完璧とは言えないがやはり美味い。咀嚼する度に濃厚な香りが鼻に抜けて、脳内が幸福で満たされていくのを感じる。
「そんなに慌てて食べないでよ」
「ごめんなさい、美味しくて……」
パスタにがっつくローゼは、太陽よりも輝いて見えた。
今日はいい日だ。素晴らしくいい日だ。
欠けていた人生のパーツが埋まった気がする。
一足先にパスタを食べ終わったローゼは窓の外の向こうを眺めていて、まるで見えない何かと会話しているようだ。
自分以外の何者かが直ぐ側にいる幸せを、パスタと一緒に噛み締めた。
────
朝が来た。
普段なら寒くて、孤独で、憂鬱なのに、満ち足りた気分だ。
「──2078年、─月──、曜日。の──ないの時間です」
「もう8時!?」
枕元のリュックの中からいつものラジオが流れてくる。それと同時に、隣で眠るローゼが目を覚ました。
「おはようございます……なんだかうるさいですね」
「ごめん、ラジオの時間まで寝ちゃってたみたいで……」
私がリュックを指し示すと、彼女は中を弄り、古ぼけたラジオを見つけた。やはり初めて見るらしく、何かと触っては遊んでいる。
「ここから音が鳴っているんですか?」
「そうだよ。ラジオ塔から電波が出てて、それをこれが拾ってるの」
「電波……確か、私たちのアップデートに使われていたものですよね」
「知ってるんだ?」
「ええ。何回かありましたから」
少し遅れたが、今日もいつも通りの一日が始まる。ぐいっと背伸びをして長く息を吐いた。
「凄いですね……まるで、この中に誰かがいるみたいです」
この中に、人間?
「……ローゼ、もしかしたら……ラジオの向こうに生存者がいるかも」
「本当ですか!? 早速行きましょう」
「いやでも待って、本当にそうとは限らないよね。どうせ機械音声だよ、きっと……」
「言ってることが逆ですよ……?」
落ち着け、落ち着くんだ。
向こうには生存者がいるかもしれないし、いないかもしれない。そんなことはとうの昔から当たり前だったことだ。
じゃあ、なんで私は今まで行かなかった?
行かなかった理由……
「ローゼ、ラジオの発信源ってわかる?」
「わかります。ここからバイクですぐです」
「っ……行くよ!!」
「はい!」
窓からツタを掴んで外へ降りる。丁度いいところに停められた相棒のバイクに跳び乗って、エンジンをかける。
「しっかり掴まっててね、ローゼ!」
ハンドルを握る手が、少し汗ばむ。
Ep.7まで投稿していましたが、やはり満足のいく出来ではなかったため最初から改稿し直しています。
お手数おかけします……




