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Ep.19 「奔流」

 錆びついた工場の扉を、音が鳴らないようにそうっと開ける。光が薄く細く差し込み、暗がりを照らし出した。


「誰も……いない?」

「そうみたいですね」


 廃工場の中では、水たまりと苔が幅を利かせていた。足音、吐息、緊張。それらすべてが反響して、私たちを深い霧の中へと誘う。


「人工知能、いねえのな」

「外を警備してたのに中が空っぽ……変だね」

「変だとしても、行くしかないでしょ」


 4人が進む。

 陽の光の当たらないこの場所で、前史人類はなにをしていたのだろう。

 牛歩ながらも稼働するベルトコンベアのライン、 微かに光る赤色の警告灯。彼らは今も、主人の帰りをを待ち望んでいるようだ。


「3人とも、隠れて!」


 京夏が静かに叫んだ。私たちはすぐにベルトコンベアの影に隠れて息を殺した。


「どうしたんだよ!?」

「どうしたもこうしたもないよ……いいから黙ってて」


 弥富の街の自爆ドローンと同じ感覚だ。死が急速に、それでいて殺意なく迫りくる恐怖がすぐそこにある。

 何秒経っただろう。暫くして、足音が何個も近づいてくるのが聞こえた。


「F48gよりF47uへ。敵は?」

「F47uよりF48gへ。見当たらない。サーモにも検知なし」

「二人とも、なに変な話し方してんだよ」


 3人だ。

 3人の人工知能が私たちを探してやってきたらしい。それぞれが銃器を所持していて、確実に私たちを殺す気なのは見て取れた。


「京夏? 大丈夫?」

「あ、ああ……うん、大丈夫……!」


 隣を見れば、京夏の膝が笑っている。

 そうか、死にかけるのは二度目だったか。


「それにしてもさ、本当にまだいるのかな? 下っ端のやつらの誤報じゃない?」

「戦争のときにほぼ殲滅したらしいが……生き残っている可能性もゼロではない」

「ゼロでないということは可能性があるということだ。捜索を続けろ」

「はーい」


 間違いない。彼らにははっきりとした意思と自我がある。私たちが息をするように、彼らは人類を殺すんだ。


「それにしても、どこにいるんでしょうねぇ……? 分担でもしますか?」

「そうだな。じゃあお前は──」


 その時、私の頭上で閃光と弾丸が3回走った。

 

「3人とも〜、もう安全です」


 私たちは恐る恐るベルトコンベアから顔を出す。そこにいたのは倒れる3つの機械と、それを射殺したローゼだった。彼女は後ろから回り込み、隙をついて襲撃したのだ。


「ありがとうローゼ、助かったよ」

「澄嶺の役に立てて嬉しいです」


 私がローゼの頭をワシャワシャと撫でると、彼女は頭を押し付けてさらにねだってきた。久しぶりのスキンシップである。


「おい京夏、大丈夫か?」

「大丈夫、一人で立てる、から……!」


 振り返れば、差し伸べたネグレの手を掴んで、かろうじて京夏が立ち上がろうとしていた。顔を涙で腫らしながら、必死に。


「あの、京夏──」

「だ、大丈夫って言ってるじゃん」


 寄り添おうとするローゼを、京夏は掌で制止した。静かながらも確かな「拒絶」がその距離を証明している。

 この場の全員が、一歩も動けなかった。

 ただ京夏の小さな涙ぐむ声と震える肩が、この廃工場をゆっくりと撹拌するだけである。


「ごめん、ローゼ。守ってくれたのに……」

「……しょうがないですよ。京夏は随分、怖い思いをしていましたから。無理しないでください」


 私が選んだのは、静観だった。


 お互いに悪意はない。

 ただほんの少しだけ噛み合っていないだけだ。いつの日かきっとどこかで、調律がとれる。そう信じて任せることにした。

 この判断が正しいかどうかなんて、今はどうでもいい。


「澄嶺、ほらよ」

「うわっ」

 

 立ち尽くす私に、ネグレは奪った銃を放り投げた。青い流星のような髪に、鏡のような瞳。彼女の全てが「気合を入れろ」と言っている。

 言われずともそのつもりだ。


「ローゼ、これどうやって撃つの?」

「こんなふうに構えて、それから重心はですね……」


 私の両腕には確かな重みがある。敵を生かすも殺すも自分次第という、責任の重さそのものである。


「それでは、進みましょう」


 ローゼの一声で私たちはさらに奥へと進む。その中に、人工知能の死体を避けて通る者はいなかった。


────


「第二エリアって感じだな」


 今まで私たちが進んできた工場とはまるで違う。

 なにが違うかといえば、まだ稼働しているということだ。労働者のような人工知能が、せっせと仕事をこなしている。


「ねえ、上見てよ」

「凄い……というより、怖いね」

「こうやって、人類文明は滅んだんだな……こんな機械なんかに」


 上を見れば、廃工場の錆に似合わないセラミックのような白い素体が、幾つも吊るされて奥に運ばれていく。それが一つ一つ丁寧にスプレーされて、人の色を成していった。

 入口とは打って変わって、ここは未だに「人工知能工場」としての役割を担い続けていたのだ。


「私も……こうやって生まれたのでしょうか」

「……別にいいでしょ、生まれ方なんて。どう育つかが大事ってお母さんも言ってたよ」


 先刻のローゼの発砲音に気づいていないのか、それとも誘い込んでいるのか。どちらにせよ私たちは、この生き続けた工場を突破する他なかった。

 前と同じように、私たちは物陰に隠れながら少しずつ進む。


「ここを抜ければ……!!」


 隣の京夏は拳を強く握りしめている。そうだ、この先には千冬がいるのだ。私たちの求めるものがあるのだ。


「いいか、みんな──」


 ネグレが作戦を伝える前に、彼女はもう飛び出していた。


「京夏!?」

「この……くそ野郎!!」


「!? 敵、敵だ! 本当に生き残りがいたぞ!!」

「すぐに警備員に連絡を!! 逃げろ!! 」


 慌てふためく労働者たち。逃げ惑い、転ぶ者もいた。京夏は彼らを、ゴキブリを踏み潰すかのように撃ち殺す。


 殺される理由も、恨まれる理由も知らぬまま、労働者たちは流されていく。


「私も加勢します!」

  

 それにローゼも加わった。

 一方的な大虐殺。私はそれをただ、眺めることしかできなかった。死の津波を前にして、足が……動かない。


「やめてくれぇ!!」


 それを食い止めたのは流星。ネグレだった。乱射する京夏を羽交い締めにして、無理やり制止しようとしている。

 ならば私はこちらを!


「ローゼ、ストップ!! もう、やめて」

「は、はい」


 ローゼが罪を背負うのは見たくない。

 そう言いかけた時だった。


「離してよネグレ! 私はやらなきゃいけないの!!」

「離すのはお前だ京夏!! これじゃあ……人工知能と一緒だぞ……!?」


 銃声が止んだ。

 響くのはまた、泣き声である。


 京夏はへたり込んだ。

 目の前の死体は……見ていない私でもわかるほど、千冬の死に様に似ていた。


「じゃあ、私どうすればいいの……?」

「知らねえよ、でも……千冬が喜びそうなこと、してればいいんじゃねえの?」


 目の前には、人工知能の死体が広がっている。先ほどの3人とは比べものにならないほどバラバラにされた、見るも無残な光景である。

 それでも私たちは行く。千冬のいるスーパーマーケットまで、あと少しだ。

いつも読んでくださりありがとうございます。

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