Ep.18 「突入」
地図によれば、目的のスーパーマーケットへの道のりは多くの人工知能工場によって阻まれている。そこを突っ切るのが、私たちに残された唯一の突破口であった。
「でも、いったいどう切り抜けるよ。私たちの武器なんてせいぜいナイフくらいだぜ」
「武器を奪うくらいしか、まともな選択肢がない」
問題はそこだ。
ローゼの自意識を人工知能でなくする、という目的こそあれど、手段がなくては意味がない。実現可能な案の引き出しは、もはや現実味を帯びていなかった。
「そんなの成功するわけないよ、断言する」
そういう京夏の目は、私たちの心臓を確かに貫いていた。
この4人の間には「千冬は人工知能に殺された」という事実が深く植え付けられている。
「じゃあ……私に任せてくれませんか」
「え?」
ローゼは言い淀みながらも言葉を捻り出したようだった。
「私は多分、人工知能に敵対されません」
「どうしてそう思うの?」
「あり得ねえな。あいつらは人間を殺すためだけに生まれてきたんだから」
「それは、その……」
空気がザラついている。互いの一挙手一投足の、全てが争いの起因となりうるほどの緊張感。
働け、働くんだ私の脳味噌。ここで助け舟を出すことができなければ、私はローゼのために何ができると言うんだ。なにか、なにか……
「じ、実は! 私と会う前のローゼは人工知能に囲まれて生活してきててさ、それで、自分を隠すのが上手いの。だから……」
苦し紛れだ。子どもだましだ。
多分私は今、人生でしたことのないくらいに変な顔をしている。
それでも今この瞬間、疑いの矢印がローゼから私に向いたのなら本望だ。
「ふ〜ん……わかった」
「ん、よくわかんねえけど、信じていいんだな?」
「うん。私、嘘つかないから」
「3人とも……ありがとうございます」
ローゼは安堵の溜息をついた。
私も同様に。
この2人から疑われる、それ即ち孤独だ。
今はローゼの機転と、私たちの運に感謝しよう。
「では私がうまく誘導してきますから、二人はあとから突入してきてください」
「わかった。絶対死なないでね、ローゼ」
言葉を交わさずともローゼの決意は伝わっている。一度だけ頷くと、彼女は工場の方へ駆けていった。
「私、向こうにいるよ。ローゼ一人じゃ心配だ」
「……様子を見るくらいにしておいてね。ローゼの意思を無駄にしちゃ駄目だよ」
「わかってるって」
「待てよローゼ〜」と声を響かせながら、ネグレも出ていった。この部屋に残っているのは私と京夏のただ二人だけである。
────
分厚い沈黙がたたずんでいた。
私と京夏との距離を永遠に引き伸ばすような、そんな沈黙である。
そんな折、彼女はふっと息を吸って言った。
「ローゼちゃん、人工知能なんだね」
「……バレてたか」
こっそりベルトのナイフに手をかける。返答次第では……
「そりゃわかるよ。あんな下手くそな嘘つかれたら。ネグレは騙せていたようだけどね」
距離の見合い。
私の中で敵意が質量を帯びていくのがわかる。
「言っておくけど、別に私は人工知能が嫌いなわけじゃないよ」
「え?」
肩の力が抜けた。
忘れていた呼吸が、少しずつ再開される。
「私は、私から千冬を奪った私が嫌い。それと同じくらい人工知能は嫌いだけど、きっかけを作ったのは私。千冬が死んだのは私のせい」
「……」
「でももしかすると、私は人工知能と一緒にいる私も嫌いになるかもしれない」
「……そのときは、どうする?」
「言ったら多分、私たちはここでお別れになっちゃう。それはお互いにとって嫌なことでしょ?」
京夏の言葉は、一つ一つが強力な言霊を孕んでいた。ぼやけていた私の輪郭が、彼女が口を開く度に定義されていく。
「これは、ネグレには黙っておいたほうがいいかもね」
「そう……だね。あの子は随分と人工知能が嫌いらしいし」
緊張が解かれ、しばらくの間また、奇妙な静けさがここにいた。抱いていたはずの微かな敵意に似た何かも、もはや見当たらない。
そのとき、一つの破裂音が聞こえた。
「なに、今の音!?」
「外見て、外!」
窓を覗けば、銃を奪い取ったローゼが掃射を始めていた。激しい銃撃音と火薬の臭いがここら一帯を包んでいる。
もう、戦場だ。
「行くよ京夏、早く!」
高さを気にせず窓から飛び降り、2人の安否を確認する。
目の前の光景は鮮烈なものだった。
「見てください澄嶺! 私には射撃の才能があるみたいですよ!」
天に掌を掲げながらこちらへ駆け寄るローゼ。その後ろには、胸を撃たれて機能を停止した人工知能の遺骸がいくつもある。
私が最初の射撃音を聞いてから飛び降りるまでの一瞬の間に、彼女は人工知能を殲滅してしまったのだ。
「そりゃ人工知能なんだし、当たり前でしょ」
京夏は、誰にも聞こえないような小さな声でそう零した。寧ろ、私にはあてつけのように聞こえたが。
「はっ、私の出る幕はなかったみたいだな」
「いえいえ、ネグレがいたから落ち着いて狙えたんですよ」
「お世辞はいいって。自分を誇れよ」
私が思うより、彼女らの間には信頼のようなものがあるのかもしれない。初対面時にはあれだけ怯えていたローゼが、今はネグレとハイタッチをするほどである。
「あのな2人とも、聞いてくれよ。ローゼったら凄いんだぜ、ちょっと銃を借りるふりをしてすぐに全員撃ち抜いて──」
「わかったから。取り敢えず行こう?」
京夏はすでに骸から銃を奪って武装していた。私が少し好奇心を働かせているのに対して、彼女はやはり辛辣な視線を工場の奥に向けている。
「今の銃声を聞いて、恐らくすぐに人工知能は襲ってくるでしょう。慎重にお願いしますね」
「わかった」
「任せておけ」
「行こう、3人とも」
それぞれの思いをそれぞれの両足に込めた。私たちはこれから、死人のために命を懸ける。




