Ep.17 「続きを」
京夏の独白は自罰的だった。
私から言わせれば、千冬が死んだのは千冬の責任に他ならない。そうであるはずだ。
それでも京夏が謝りたい、弔いたいと思うのならば、それは私たちがカナガワへ向かう充分な理由になるのだ。
「京夏……大変だったな」
「まあ、それだけ楽しいこともあったから」
それ以降の会話は、道中に置いてきた。
私たちは淡々と森を歩く。言いたいことは、言うべきだとは限らないらしい。
夜。
森の中の少し開けた場所に、私たちは寝床を設営することにした。
「ネグレ、この辺の枝集めて燃やしといて」
「あいよ」
適当に草と枝を拾って焚き火を作る。手を翳して温めれば、冬の寒さすら焚べられたようだった。
「晩御飯、どうしましょうか」
「私とローゼはツナと乾パンだ……けど……」
私たちはこう切り出すが、誰も目を合わせようとしない。
「もしかして……誰も食糧を持ってきてないの?」
「あは……」
「ネグレ、笑い事じゃないんだけど!?」
「逃げてくるときは一晩でいけたから……」
「そういうのを、火事場の馬鹿力っていうの」
焦ってリュックの中身を漁るも、入っているのはせいぜい2個のツナ缶だけだった。
目線が、そこに集まる。
「……あげないよ!?」
「いいじゃんかよ、一口くらい……」
「だめ、持ってこなかったネグレが悪いんだもん」
「あの、私も……」
「京夏は……まあいいよ、半分あげる」
「やった」
「はぁ!? ズルいだろ」
「私たちは京夏のためにここに来てるんですから。文句言わないでください」
「そんなぁ……」
結局、私たちはツナ缶を半分ずつ食べることにした。はっきり言って腹の足しにはならないが、奪い合っただけに満足感はある。
「旨いな、これ」
「ネグレは食べたことないの?」
「ああ。ずっと村にいたからな」
ごちそうさまでした、が夜に響く。昼の道中が嘘みたいに、私たちは笑いあっている。
それでも皆、夜の向こうのカナガワを見ていた。
────
「ここ。ここからが私の街、神奈川」
辿り着いたカナガワ。
千冬が死に、京夏が生きたこの場所は、ナゴヤとは比べものにならないほど廃れていた。
森の奥に放置された廃墟のようにビルが錆び、今にも姿勢を崩しそうだ。その隙間から見える空ですら、今にも落ちてきそうである。
「おお! ここなら雨風も凌げそうだぜ」
「ぴったりですね」
ネグレが指差す方向には、おあつらえ向きの廃倉庫がある。ところどころ崩れかけだが、このあたりでは頑強なほうだろう。
私たちは適当に荷物を置き、拠点の設営を終えた。
「じゃあ作戦通り、ここらは二班で。私とローゼが食料の確保、ネグレと京夏は地図の確保。おーけー?」
「まかせて」
「頼んだぞ京夏」
「じゃあ、私たちも行きましょうか」
互いに背を向けて、別の方向へ歩き出す。ここからは今まで通りの二人だけの世界だ。
「ひとまずはスーパーですかね」
「いやぁ、このあたりの缶は錆びちゃってると思うな。なのでこれから……」
「これから?」
「魚を釣ります」
おもむろにリュックから釣り竿を取り出してローゼに見せびらかす。これは故郷ナゴヤ地区のホームセンターより頂いた、至極の一品だ。
「まだローゼと釣ったことなかったでしょ? 見せてあげるよ、私の腕前を」
「おぉ……」
胸を叩く私を、ローゼはキラキラした目で見つめる。やはり他に人間がいると、心の底から彼女と会話することは難しかったからな。
「広いねぇ」
「澄嶺、これは?」
「これは『海』だよ。全ての生命はここから生まれたんだって」
錆びた船が佇む船着場に腰を下ろして、私たちは水面に足を伸ばした。覗き込む私の顔が揺らぎながら反射して、滑稽な表情をしていた。
「じゃあ、私はここから生まれていないんですね」
ローゼは言葉を零す。そんなに寂しそうな顔をしないでほしい。
かける言葉も見つからないまま、私は釣り針にミミズをひっかけて海に垂らした。ローゼは興味深そうにそれを覗く。
「これで魚が釣れるんですか?」
「そうだよ。まあ見てて」
とは言っても、そんなにすぐに釣れるはずもない。穏やかな時間が揺蕩いながら、私たちを取り巻いている。
「千冬さん、見つかりますかね」
「まあ……見つかるまで探すつもりだよ。今回は弥富さんと違って、見当もついているわけだし」
「ですね」
「ローゼは、なにかカナガワでしたいことある?」
「澄嶺のしたいことが、私のしたいことです」
「じゃあ、私はなにがしたいんだろう?」
驚いたことに、自分でも思ってもいなかった言葉が口から飛び出た。私が見ないようにしていた、心の底に沈殿した人生の垢のようなものが。
ローゼは目を丸めてこちらを見る。暫く考えた後に、申し訳なさそうに口を開いた。
「それを私に聞かれても困りますよ」
「まあ、そっか」
「でもまあ強いて言うなら……」
彼女は海に向き直る。その目線は多分、私よりずっとずっと遠くを見つめていた。
「澄嶺が私のために生きてくれると、私は嬉しいです」
潮風が紫の長髪を靡かせる。
彼女の瞳に意識が全て集中されて、私は呼吸すら出来ずにいた。
潮の音も、私の体温も、全てが背景と化している。
「あ、澄嶺! 魚がかかりましたよ」
「あ、あぁ……うん」
澄嶺に言われて、慌てて竿に目を向けているリールを巻く。重さに耐えて振り上げると、日を受けて鱗を輝かせるアジが釣れた。
「はぁ、焦ったぁ……」
「もう何匹か釣ったら、帰りましょうか」
「うん、そうだね」
私はコンクリートの上に打ち上げられた、今しがた釣ったアジに視線を落とした。呼吸も出来ず、這うことも出来ず、ただピチピチと藻掻いている。どうやら私は、このアジに似ているらしかった。
────
「ただいま〜」
「今戻りました」
「おう、お帰り二人とも」
「おかえりー」
拠点の廃倉庫に戻ると、すでに二人は帰ってきていた。
リュックサックから、ジップロックに詰めたアジの切り身を見せると、二人は目を輝かせた。
「ねえ澄嶺、これ食べてもいい?」
「やめろよ京夏、これは私のだ」
「喧嘩しなくても、全員分澄嶺が釣ってくれましたから。ほら、早く準備してください」
なぜだろう、多人数になればなるほど、ローゼの振る舞いが保護者らしくなっていく気がする。
「それでどうだった? 地図あった?」
「おうともよ。これを見てくれ」
ネグレは焼いた切り身をつまみながら、床に地図を何枚か広げる。それを繋ぎ合わせて、一枚の大きな地図をなした。
「ここが、多分私と千冬が暮らしてた場所。それでこっちが……」
京夏の指し示す部分が、私たちの目的地のスーパーマーケット。固唾を飲む音が、私の喉から聞こえた。
「ただ、一つ問題があるの」
そう言い出す京夏は、なにやら深刻な面持ちだった。
「見てもらえばわかるように、辺りには人工知能の製造工場が沢山ある。だから……」
「迂回しなくちゃならねえ。迂回しなくちゃならねえんだが……」
「また問題ですか?」
「ああ。その迂回ルートですら、人工知能がウヨウヨしてた。遠目で見ただけだが、はっきりわかるぜ」
文字通りの八方塞がり。人工知能が私たちを誘い込んでいるようにすら思える。
「つまり、その工場を突っ切る必要がある、と」
「そういうことだ」
「どうしますか、澄嶺?」
私を迷わせる選択肢は3つだった。
1つ目。ここで別れて、トーキョーに向かう。
2つ目。迂回ルートとやらを使って、時間をかけてスーパーに辿り着く
3つ目。強行突破。
1つ目はナシだ。私から他人を手放すなどあり得ない。
問題は2つ目と3つ目。
もし工場を突破するときにローゼが活躍できたら。もしかするとそれは、ローゼが自分を「人工知能でない」と認識するチャンスになるかもしれない。
私は、ローゼと対等でありたいのだ。
「みんな準備して。人工知能の工場を突っ切る」
「っしゃ! そうこなくっちゃな」
拳をかたく握りしめて、私たちは拠点を後にした。
後戻りは、しない。
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