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Ep.15 「京夏と冬」

 京夏がこの村にやってきてから一夜が明けた。彼女は今も、右手を抑えながら必死に眠っている。


「……すぅ……」


 ネグレは彼女につきっきりで面倒を見ていた。水を飲ませて、体を拭いて。その表情は必死そのもので、死なせまいという意思をひしひしと感じさせるものであった。


「大丈夫だ。私はここだぞ。大丈夫だからな……」


 死んだ弟を思い出しているであろうことは、火を見るより明らかだった。


「ネグレ、私代わるよ」

「ああ、ありがとな。けど私にやらせてくれ」

「寝てないでしょ。代わって」


 語気を強めて彼女を威圧する。ネグレにも京夏にも、死んでもらっては困るのだ。一度埋まった手を空にしたくはない。


「あぁ……頼んだ」


 ネグレが出ていくと、部屋には“眠るふりをする”京夏だけが残った。

 京夏は現在、目覚めたくないらしい。痛みで寝るに寝られないだろうに、一向に瞼を開かないのだ。

 私も、彼女の気持ちは理解できる。

 足音を立てて近づくことを知らせながら、彼女の側に座る。


「聞いてる前提で話すけどさ」

「……」

「このまま、なの?」

「……」

「私も、さ。前に大切な人が死んじゃったの。だけどね、特段悲しめた気がしないんだ。死んじゃったなぁ、って思っただけ。あんなに大好きな人だったはずなのにさ」


 彼女の返答の有無に関わらず、私は吐き出すように語りを続ける。

 

「私には今、別の大切な人がいる。けど私は、その人が死んだときに悲しめるかわからない」


「だから私は……羨ましいよ。大切な人が死んだときに人間らしく悲しめる、京夏のこと」


 京夏を背にして、そっと部屋から立ち去る。


────


 また翌朝。

 京夏の様子を見に行くと、窓の外を眺める彼女がそこにいた。

 憲俊も一緒だ。血でひたひたになったガーゼと包帯を取り換えているようである。


「おはよう澄嶺。いい朝だね」

「あ、起きたんだ」

「うん。なんとなく」


 声は小さいのに、部屋の端々まで聞こえている。無理に力を入れてないことが、逆に伝わった。

 少しだけ降る雪と彼女の茶髪が、一枚の絵のような混ざり方をしている。


「あの、昨日はありがとう」

「なにが?」

「いや……なんでもない」 


 京夏は思ったよりも静かな子だった。そりゃあ、状況が状況だったし、普段の彼女を押しつぶしていたのだろう。

 ネグレが激、ローゼが雅、京夏が静。ならば私は……答えの出ない問いは、重く沈殿して消えていった。


「ねえ澄嶺、私のお願い聞いてくれる?」

「お願いによるかな」

「えっとね、私と一緒に神奈川地区まで来てほしいの」

「カナガワ……?」


 彼女が千冬とやらと暮らしていたという地区。日本地図を思い出すと……おや、トーキョーと程近いではないか。


「わかっ──」


 そう言いかけた私の口が止まる。

 思い出せ。

 彼女がなぜ今こうなったのかを。なぜ大切な人を喪い、右腕も動くかわからない状況なのかを。


 痛みと、苦しみを。

 ローゼの、自爆ドローンに巻き込まれた姿を。


「……ごめん、決めきれない」


 下した決断は、ひどく濁ったものだった。


「そうだよね、ごめん」

「気にしないでよ、私は……」


 怖いのだ。

 ローゼや私が傷つくのも怖いし、約束を果たせないのも怖い。


「じゃあさ、ここに一番近い街を教えてよ。準備しなきゃ」

「待ってよ、その怪我で行くつもり?」


「私は、千冬に会いたいの」


 華奢な体躯からは想像もできない、刺すような声だった。


「千冬が死んじゃったのは私のせいなの。私がもっとうまくやって、うまく逃げてたら……ちゃんと、弔いたいんだよ……!」


 太陽が無慈悲に昇るにつれて、雪は霙に変わっていく。


「だからお願い。行かせて?」


 泣きながら笑う、奇妙な顔だ。

 苦しくて痛いはずなのに。なのになぜ彼女は、私に笑顔を向けるのだろう。


 死にかけた、喪ったという現実は、人を変えてしまうようだ。


「行きましょう、澄嶺」


 部屋の入り口からふと、ローゼの声が聞こえた。固まってしまった空気がどんどんと溶けていく。


「でもローゼ、京夏の怪我を見てよ。ローゼだって前に怪我したじゃん。危ないよ……」

「私なら大丈夫です」

「じ、じゃあ私は?」

「何があっても守ります」

「ローゼが怪我するのに変わりはないじゃん!」

「……でも、行きたいんでしょう? 私はついていきます」


 水掛け論が続く。どうして他人のために危険を冒すのか。

 私が決断を簡単に歪ませるのも、弥富が証明したではないか。


「澄嶺。私たちはトーキョーに行かなくちゃいけないんです。どのみち、カナガワ地区は通りますよ」


「……わかった。京夏、必要なのものは?」

「えっと……」


 京夏は空に指を指しながら確認する。命からがら逃げてきたせいで、彼女は手ぶらなのだ。


「リュック、水と食料、マフラー、手袋……あとは……刃物も、あれば」

「わかった、ちょっと貰ってくる」

「私も行きます」


 私が部屋を出ると、ローゼもそそくさとついてくる。またあの街まで降りなくてはいけないが、今度は絶対に怪我させない。


「なんだ……ちゃんと悲しそうじゃん」


 京夏はかけ布団を軽く握って、私の背中にそう呟いたようだった。

 午前10時のこの頃に、彼女は日だまりに溶けている。

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