Ep.14 「残してきたもの」
「はぁ……はぁ、はぁ……」
どうしてこんなことになったんだ。こんなはずじゃなかったのに。
考えても意味のないことを考えながら、必死の思いで夜の森を歩く。血を流す右腕を縛り付けて、ゾンビのように歩く。
足音すらなく、ただ熱だけがあった。
「誰、か……!」
呼んだって誰も来やしないのに、私は誰かを求めていた。千冬ももう死んじゃったのに。私だけ生き残って……
「はっ、はぁっ……はぁ……」
心臓の跳ねる勢いですら、私を殺そうとしてくるようだ。
脳裏に映るのは、先刻のあの惨状。
千冬とただ、食料を少しいただこうと思っただけなのに。
「あんなに人工知能がいるなんて……聞いてない!!」
側にある木を右手で殴る。撃たれていたのを忘れていたせいで、痛みが雷のように走った。
「ゔぁぁぁ!!!」
私の激痛が夜を撹拌する。
あいつらは悪魔だ。前史人類が滅んだ原因、敵、忌むべき存在。この世のどんな悪口でも、あいつらを飾るには足りない。
私の大切な人を奪ったんだ。またあの笑顔と、温もりがほしい。また、千冬と……
「生きたい……まだ……!!」
────
「おはよう」
「おはようございます」
今日も清々しい朝だ。
デートというものは素晴らしいものだ。こう……曇って割れたメガネを外すように、世界が広がるのだ。
さえずる鳥、吹く北風、寒さ。この世のすべてが私たちを肯定してくれている気がする。
「おい、澄嶺! ローゼ!」
そんな安寧を壊したのは、切羽詰まった様相のネグレだった。まるで死体でも見たかのような顔である。
「どうしたのネグレ、そんな焦って──」
「いいから早く来い! 私一人じゃ運べない!」
「行きましょう澄嶺、これはマズイです」
ローゼはなにかを察したのか、風よりも早く立ち上がって、ネグレと一緒に山へ消えていった。
いったい、どうしたというのだろうか。
「もう……なんなんだよ」
寝起きで動かない足でなんとか追いかける。山道を置き去りにすると、そこには一人の少女がいた。
「? こんなところに死体?」
「何言ってんだよ澄嶺、お前も手伝えって」
「いやいや、もう死んじゃってるでしょ……」
彼女は右腕に銃弾を食らっているようで、白い袖が赤く染め上げられている。もはや生きている可能性など、夏に雪が降るようなものだった。
「だからって村に運ばない理由には──!」
「今はそれどころじゃないですよネグレ。澄嶺もほら、早く担いでください」
私を睨むネグレを制止して、ローゼは淡々と救助にあたる。私は二人が持ってきた担架を支えて山を下りた。
「気絶してますね……」
「取り敢えず心肺蘇生か!?」
「馬、馬鹿! 失血するだけでしょ」
「じゃあ、どうするってんだよ……」
運んできたはいいものの、取るべき手段が見当たらない。二人は焦っているが、それは解決を意味しなかった。
「どいとくれ、儂がやる」
渋い、いい声がした。
現れた救世主は、村に初めてやって来たときに私を泣いて抱きしめた、あの好々爺だった。
「じぃちゃん!? あんた、わかるのか?」
「わかるも何も、儂は人類軍に従軍しとったよ。軍医としてな」
好々爺はすぐに彼女の状態を確認して、首元に指を添える。彼の表情を見るに、まだ息はあるようだ。
「ネグレちゃん。この村で一番の酒を持ってきてくれ。蔵にあるはずだ」
「わかった!」
「ローゼちゃんはお湯を沸かして持ってきてくれ」
「はい!」
「澄嶺ちゃん、君のリュックにガーゼはあるかい? あるなら持ってきてくれ、今すぐにだ」
「は、はい……」
「どうした? ないのか?」
「いや、おじいさんはどうして……知らない人を助けるんですか」
「……儂より若い人が儂より先に死んでいいはずなど、あるはずがないからな」
用意ができてからは一瞬だった。
残った銃弾を提出、煮沸して覚ました湯を傷口に流し込み、傷口を縫い合わせる。
途中、激痛に目覚めた彼女の口に、即座にネグレが酒を注いでいた。ほんの少量でも酩酊感が彼女を襲ったらしく、すぐに意識を手放した。
本当に一瞬だった。
その間にあの爺は、人を一人救ってみせたのだ。
私は、どうするべきだったのか?
────
「ゔぁぁ! いたい、痛い! 腕……!」
「落ち着け。もう腕は大丈夫だ」
数時間後、酔いが覚めたらしく彼女は目を覚ました。襲い来る痛みに歯を食いしばりつつ、私たち一人一人に目を向けている。
「あ、あなたたちが助けてくれたの……?」
「この子たちが見つけてくれなければ、もうじき死んでただろうさ」
声を震わせながら話す少女に対して、爺は髭を撫でながら応えた。
「ありがとう……えっと、名前は?」
「私は澄嶺。こっちがローゼと、ネグレ」
「はじめまして」
「よっ」
「そして……」
「儂は憲俊。落ちこぼれの医者よ」
「私は……私は、京夏。本当に、ありがとう……」
京夏と名乗った少女はかけられた布団を握りしめ、絞り出すように泣いた。
まるで、枯れかけの枝が最後に花を咲かせるような。そんな儚さと力強さがあった。
「なあ京夏。まだ傷は痛むだろうけどさ、教えてくれよ。どこの人工知能にやられたんだ」
ネグレの言葉は、前後の文で緩急が激しい。優しく問いかけているはずなのに、確かな敵意が滲み出ているのだ。
「カナガワ地区の方から、ずっと追いかけてきて……千冬も、殺されて……」
「大変、でしたね……」
ローゼは、京夏の左手を握りながらそう零す。あの揺れる瞳の奥には、なにが浮かんでいるのだろうか。
「ひとまず、京夏もこの村でお世話になろう? 少なくとも、痛みに慣れるまでは」
私は京夏を宥めるようにして伝えた。こんな怪我では、歩くことすらままならないはずだ。
「そう、してもいい?」
「当たり前だろ。この村は、私たちにとって最後の砦なんだ」
こうして、私たち3人に新たな仲間が加わった。名を京夏。茶色みがかった髪に真っ白なフーディ、宵のような瞳が特徴の、私と同年代くらいの少女である。
私は彼女を死人だと思っていた。だからなのか、彼女が蘇ったのになんの感想も抱けない。
私は本当に、死を悲しめるようになるのだろうか?
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