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Ep.13 「そうだ、デートしよう」

 弥富さんの死から1週間がたった。誰が死のうとも相変わらず、月は昇るし日は沈む。無情にも思える時の流れが、私の傷を少しずつ癒やしてくれた。


「澄嶺、今日は何をしましょうか」


 差し込む朝日を背に浴びながら、ローゼは楽しそうに言った。

 足を高く伸ばしてから、振り下ろす勢いで起き上がる。


「うーん……どうしよっかな」


 ここ1週間は、はっきり言って何もする気が起きなかった。もはや私は満足しているのかもしれない。 周りには沢山の人間がいて、食べ物も豊富で……


 いや、駄目だ。トーキョーに行くんだろ? ここで絆されるわけにはいかない。


「保存のきく食料を用意して、トーキョーの準備──」

「どうせなら、デートでもしますか?」

「デ、デ……!?」

「そんなに慌てなくてもいいじゃないですか」

「いや、だって……ローゼの口からそんな言葉が出るとは思わなくて」


 頭がパンクしそうになる。

 ちょっと待ってくれ、どうしてこうなった。


「私は澄嶺のための人工知能なんですよ? 澄嶺がしたいことを考えるようにもなります」

「あ、ありがとう……?」

「決まりですね。デートプランは任せてください!」


 前言撤回。

 私は今、ものすごく絆されている。


────


「ローゼ……ここは?」

「ネグレに聞きました。この村唯一のデートスポット」


 ローゼに連れられてやって来たのは、山に空いた穴だった。円治が横に5人、縦に2人くらいの大きさである。

 洞窟というものはどうにも、人を吸い寄せる不思議な魔力があるらしい。私は今、柄にもなくワクワクしている。


「行きましょう! 楽しい洞窟探索です」

「ちょ、ちょっと待ってよ〜」


 洞窟に入ると途端に気温が下がった。冬ということもあるが、まるで海の中に飛び込んだような、全身が引き締まる寒さだ。

 剥き出しの岩壁、滴る水滴、苔の匂い。

 私たちの足音が何重にも響くここは、まさに別世界だった。


「ローゼ、もう少しこっちに。寒い」

「はい。もう少し厚着をしてくれば良かったですね」


 寒さを言い訳にローゼと密着する。絡み合って離れない樹木のように、しっかりとだ。


「ネグレが言うには、ここの最深部には湖があるみたいですよ」

「それは楽しみだけど……その最深部までどうやって行くの? 明かりがなくて不安なんだけれど…ろ」


 少し進んだけで、もう日の光は届かなくなっていて、黒洞洞たる闇が続くばかりである。この状況で進むのは自殺行為に思えた。


「安心してください」


 そう言いながらローゼは右手の人差し指を伸ばす。するとそれはガチャガチャという機械音とともに形状を変化させ、あっと言う間にライトになった。


「この通り、私の体にはいろんな機能があるんです」

「人工知能って凄いんだね」

「どちらかというと、凄いのはこのボディの方ですね。前のご主人がなにかとオプションをつけたがってくれたので」


 だからといって、体に発光機能は要るのだろうか。そう言いかけた口を急いで塞ぐ。私にはわからない「男のロマン」とやらがあるのだろう。多分。

 

「さあ澄嶺、先に進みましょう」


────


「澄嶺はナゴヤ地区の生まれなんですか?」

「わかんない。お母さんはなにも言ってくれなかったし。ローゼは?」

「私はわからないです。製造番号を見ればもしかすると……」

「──痛っ」


 こんなくだらないことを話していると、頭に何かをぶつけてしまった。

 

「不注意ですねぇ」

「ごめんって……ねえ、見てこよこれ」


 私の頭を叩いたのは、洞窟の天井から降りる岩の槍だった。先端から雫を垂らしながら、怪物の口のように獲物を待っている。


「鍾乳石……?」

「なんですか、それ」

「詳しくは知らないけど……これのこと」


 随分珍しいものを見た。

 しかしまあ、貴重だという知識はあるのだが、いまいち実感が湧かない。


「珍しいんだから教えてくれればいいのにね」

「村の人にとっては、これが普通の洞窟なんでしょう」

「なるほど、さすが」


 鍾乳石に刺されないよう、体を屈めながら慎重に進む。進む度に気温が下がり、滴る雫の音も増えていった。

 

「ねえローゼ」

「ここにいますよ」

「私、こんなに楽しんでていいのかな」

「……どうしてですか?」

「弥富さんに、嘘……ついちゃったのに」 


 私の足がピタリと止まった。

 洞窟の奥底から私の心が反響してくる。

 一つの雫が、私の足元で跳ねた。


「澄嶺が気に病む必要はありません。提案したのは私です。悪いのは私です」

「違うよ、それを受け入れたのは私だもん。ローゼはただ私を心配してくれただけ……」


 後悔。もしくは、罪悪。

 この期に及んで私は、楽になろうとしていた。


「言ったじゃないですか、『共犯』だと。私と澄嶺、二人で背負いませんか」

「……ありがとう」


 私の言葉に、ローゼが反応することはなかった。

 ネグレがいうように、弥富さんは満足して逝っただろう。それは私が手紙を届けたか否かに依存しない。

 私は苦しまなくてもいいはずなのに。


「さあ澄嶺、着きましたよ。地底湖に!!」


 私の黒を払拭するかのように、ローゼ高らかに宣言した。

 目の前に広がる、青の鏡。ローゼのライトを反射させて輝くそれは、竜の瞳にも見えるものだった。


「綺麗ですね……」

「うん、とっても」


 この地底湖層の岩壁は少々特殊なようで、光を強く反射させている。反射したものが更に反射を繰り返して、湖や私たちを照らしているのだ。


「せっかく来たんだし、やっちゃいましょう?」


 ローゼはそう言うと、つなぎを脱ぎ始める。


「ちょっと待って、私、後ろ、向く。ローゼ、着替える。わかった?」

「どうせ一緒に泳ぐんですから。ほら、澄嶺も脱いでくださいよ」

「恥ずかしいよ……それよりも、ローゼは水大丈夫なの?」

「防水機能くらいありますよ。令和じゃないんですから……それ!」


 私があれこれ言ううちに、ローゼの飛び込む音が聞こえた。

 冷たい水しぶきが私の髪を濡らす。


「ほら澄嶺、早く!」

「もう……今行く!」


 私は厚着を脱ぎ捨てる。

 この狭苦しい空間のなかで、私たち二人は誰よりも自由になっていた。


「くらえ!」

「はは! やりましたね……!」


 互いに水をかけ合い、笑い合い。

 この楽しさが木霊して、洞窟の外まで聞こえそうだとも思った。

 体を水に預けてプカプカと浮かぶ。

 いい気分だ。


「ローゼ、おいで〜」

「はい」


 ずっとこうしていたい。

 私たち二人だけの時間が、永遠に続けばいい。

 手を繋いで浮かべば、もはやそれは望まずともここにあった。



 30分ほど泳いだ後、体の水を軽く払ってから服を着る。下着の着け心地が少々悪いが、代金だと思うことにした。


「帰ろう、ローゼ」

「ええ。帰りましょうか」


 来たときと同じように、手を繋いで身を寄せ合って歩く。お互いの体温を交換して、冷めぬように、凍らぬように。


 私はこれからもきっと苦しむ。もしかしたら死ぬのかもしれない。

 でもまあ、それもまた代金であろう。

いつも読んでくださりありがとうございます!

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