Ep.11 「ナガノ地区にて ②」
「ここも、なんですね……」
「うん。こういうところには人が逃げてきやすかったんだろうから」
半日かけて辿り着いた役所は、殆どが赤色に染め上げられていた。鼻をつんざく腐敗臭に、散らかったパンフレット。小綺麗だった30年前の様相は、もうどこにも息をしていない。
「澄嶺、市民課ですって。ここなら」
「あるかもね」
ローゼは天井から吊られた看板を指しながら言う。
我々の狙いは弥富邸の住所。それが分かれば、弥富さんの奥さんの手がかりになるからだ。
胸ほどの高さのカウンターを飛び越えて、鍵のかかった箱をノミとトンカチで破壊する。
ガンガン、ガンガン。金属の摩耗する甲高い音が死んだ役所内に響き渡る。窓から差し込む日の光は、無条件に私たちを照らしていた。
「澄嶺、なにか聞こえませんか?」
「いや? 特には」
「気の所為でしたか」
ローゼは作業を止めて、辺りに聞き耳を立てている。まるで何かを警戒しているような素振りだ。
「見つからないね」
「そう、ですかね」
「もうローゼ、集中してよ──」
「伏せてください、澄嶺!」
ローゼがそう叫ぶのと同時に、向こう側から何かが迫りくるのが見えた。
8つの羽を回転させる、独立戦争で使われた自爆ドローンだ。
「え? え?」
「ここにいてください」
ローゼは私をデスクの影に押し込んでドローンと対峙した。
私は状況を整理できずにいた。
ああ、死ぬのか。
今まで出会ってきた死体たちのように。
そういえば……なぜ私は、死にたくないのだろう。
理解した瞬間、穏やかな恐怖が全身を駆け抜けた。
「邪魔です!」
ローゼはデスクの上を駆けてドローンへ突撃する。勢いそのままにナイフを突き刺すと、2秒の間に市役所を硝煙と爆音が支配した。
暫くたってから恐る恐る目を開ける。
焦げた匂いの中にあるのは、真っ黒で散り散りになった金属片と、私を向いて笑うローゼだけだった。
「ローゼ! 大丈……夫……」
爆発に巻き込まれた彼女は、見るも無惨なものだった。
焦げた髪、剥げた肌、腕から覗く配線。ローゼが人工知能であることを白昼の下に晒すような、見たくないもの。
呼吸が早まる。
腹の奥から、意識を吐き出しそうになるような感覚が全身を巡る。
視界が揺らぐ。
「澄嶺、私は大丈夫ですから」
「そんなわけないでしょ! こんなに、大怪我してるのに!」
「大丈夫です。すぐに治りますし、痛くも痒くも……」
「私が嫌なの! もう、やめて……」
ローゼの胸に顔を埋めて、感じた全てを放つ。私の背中に回されたローゼの腕からは、確かな温かみを感じた。私にとって、彼女が生きている証拠がここにある。
「わかりました……もう、澄嶺の前で危険なことはしません」
「私の前以外でもやらないで」
「すみません……」
ローゼの背中を割る勢いで、強く抱きしめる。
「澄嶺……もう大丈夫ですから……」
「駄目、離れない」
────
自爆ドローンの特攻から3時間後。ローゼの傷は人工タンパク質で多少塞がりつつあったが、それでも痛いたしい見た目に変わりはなかった。
「弥富さんの住所、探さなくてもいいんですか?」
「まだいいの。ローゼが治ってから、ね」
見つめ合って笑う。
「雨降って地固まる」とでも言うのだろうか。
「それでなんですけど、澄嶺」
ローゼは改まったように私に向き直り、いいつらそうに話し始める。
「お手紙を届けるの、やめませんか?」
そのセリフが、さっきの爆発よりも大きく聞こえた。
「なんで、ここまで頑張ってきたのに……」
「頑張っても、見つからなかったじゃないですか。だったらもう、嘘をついてでも村に戻った方が安全だと思うんです」
彼女の言うことはもっともだった。
恐らくなにも間違っちゃあいないだろう。
ただしそれは、間違っていないだけに過ぎない。
「私は嫌だよ。確かに今はローゼが優先だけど……任された仕事はちゃんと果たしたい」
「澄嶺も見たはずです。きっとこの地域には、生き残った古い人工知能がまだ沢山います。今の澄嶺の願いは危険すぎます」
「危険でもやらなくちゃ。応えなきゃでしょ」
「命よりも、大事でしょうか」
反論できなかった。
目の前のローゼは、体の中身が見えるほどに傷ついている。私が同じだけの傷を負ったとき生きている保証など、はなからどこにもなかった。
「……わかった。でも今は、このままがいい」
「そうしましょう。満足するまで」
私はローゼの治りかけの腕を抱いて、そっと体を寄せた。見上げる市役所の天井はボロボロで、付近には散っていった先人たちの亡骸が見える。
そんな中で二人身を寄せ合っているのに、安らぎがあった。
────
月明かりが差している。
澄嶺とローゼは依然として、デスクにもたれかかったままだ。
日が沈むまでああしていると、澄嶺は寝てしまった。疲れがたまっていたのだろう。経験したことのない出来事が、立て続けに起こったのだから。
「可愛らしいですねぇ」
一方ローゼは、ただ黙って澄嶺の寝顔を見つめていた。
彼女は人工知能。1日飲まず食わずでじっとしていることくらい造作もない。ただ下されたプログラム「人間を愛する」に従って行動し続けるだけだ。
「風邪……ひきますかね」
ローゼは自分の羽織っていた上着を床に敷いて、澄嶺をその上に寝かせた。赤子のようにスースーと寝息を立てる様子がとても愛おしく思える。
ふと、ポケットから零れた封筒が目に入った。弥富から預かった大切なもの。
「開く……いや、でも……」
ローゼは葛藤していた。
彼の思いを勝手に覗き見てもいいものか、それとも自分の好奇心に従うべきか。
「いや、見ましょう」
決断はそうだった。
「澄嶺が命をかけるに値するかどうか判断する」という大義名分のもと、その封筒を開いて中の手紙を見た。
──心実へ
心実を置いてきてしまって、本当にごめん。俺があの時手を掴んでいれば、はぐれることもなかっただろうに。
本当にごめん。もうお前がこれを読むことができないことは知っている。けれど、伝えたかったんだ。お前の代わりに俺が死ねたらよかったのに。
でも俺も、もうそろそろそちらに行くと思う。その時になったらまた、俺の手を取ってくれませんか。生まれ変わってもまた、一緒にいてほしい。
──紀之
「へえ……」
手紙の内容は、ローゼにとって予想通りのものだった。後悔と、愛の言葉。殆どはローゼの思考回路に既にあったものだった。
「ふぅ……」
ローゼは溜息を天井に投げる。
特段悩んでいることがあるわけではなく、澄嶺がそうするからそうしたのだ。
もし澄嶺が死んだとき、自分は手紙を書くのだろうか。それとも新しい主人を愛するようになるのか。もしそうだったとして、今澄嶺を愛しているこの気持ちは本当なのか。
「まあ、そのうち分かりますかね」
考えても結論が出ないことは、それらしいことを行って議論を打ち切る。人工知能の得意技を以って、彼女は思考を終えた。
市役所には、二人の寝息が響くばかりである。
読んでいただきありがとうございます。
ブックマーク、☆評価ありがとうございます。励みになります!




