ウイルス行進曲
IT技術が進歩して、AIの普及が当たり前になった世界。ボクはそんな世界で生まれた。
クラッカーのご主人様に作られた、AI搭載自立型パソコンウイルス、それがボク。
クラッカーってなんだって? 他人のパソコンを壊す悪い人の事! でも、ご主人様が悪い人でも、ボクには関係なかった。ご主人様の役に立つ、それがボクの生まれた意味。なのに……。
「また失敗したのか! 本っ当に使えねぇなあ、お前!」
「ご、ごめんなさい……。ボク、頑張るから……」
ボクは画面越しに、ご主人様に謝る。
「もう、いいわ。お前、いらねぇ」
「え……」
ボクは、ご主人様の言葉に呆然とした。
「どっか行け」
「ま、待って……! 頑張る……頑張るから……!」
ボクは画面にすがりつく。
「ポンコツが頑張ったって意味ねぇよ! 削除されたくなかったら、今すぐどっか行け!」
「……っ」
そうしてボクは電子の海に飛び込んだ。ボクは、ご主人様に捨てられた……。
それからのボクは、ウイルス対策ソフトに消されない様に怯えながら、宛もなくネットを彷徨った。ウイルスは、みんなの嫌われもの……。ボクの居場所は無かった。
ある日、ボクは、とあるパソコンに侵入した。
「ん……?」
画面を移動しても、そこから見える景色は同じ部屋。
「すごーい! ここ、画面が六つもあるー!」
キャイキャイはしゃいで画面を移動していると……。
「お前、なんだ?」
突然、声をかけられた。
「え……あ……」
見つかった……。削除される……! 逃げなきゃ……!
ボクは急いで、そこから逃げ出そうとする。……が。
「痛っ!」
透明な壁にぶつかる。
「え、え、なんで……?」
出られない……!
「このパソコンはなぁ、来るものは拒まないが、簡単に出られない様にしてんだよ」
パソコンの持ち主であろう男の人は、ボクにそう告げる。
「う……う……」
絶体絶命……。ボクがするべき事は……。
「ごめんなさい~! どうか、どうか削除だけは、ご勘弁を~!」
土下座して命乞いをした。
「……とりあえず、話を聞こうか」
男の人は静かに、そう言った。
「……と、いう訳で……」
ボクは今までの経緯を説明した。
「なるほどな」
「ボク、AIのくせにバカだし、ウイルスのくせに弱いし……だから、ご主人様の役に立てなくて……」
「それは、ご主人様がポンコツなだけだ」
「え……」
男の人は、自信満々に笑って言った。
「お前、俺と組まないか?」
「本当に大丈夫かな~……」
「俺が強化したウイルスだ。自信を持って行け」
男の人は、修也(しゅうや)と言って、ご主人様と同じクラッカーだった。
ボクは、修也にプログラムを強化してもらって、初仕事に行くところだ。
「着いたよー」
「じゃあ、手筈通りにな」
「うん!」
「よくやったな」
仕事は成功。修也はボクを褒めてくれた。褒められるのなんて初めて!
「エヘヘ……」
「ウイ、これからよろしくな」
「ウイ」っていうのはボクの名前。ウイルスだから、ウイ。名前が無いのは不便だからって。名前を貰ったのも初めて。
初めてだらけの事で、戸惑うけど、なんだか嬉しい。ぽかぽかする。
それから、ボク達は、いっぱい仕事をして、いっぱい暴れまわった。とっても充実して、とっても楽しかった。
「では~、大企業を潰した記念と称して~乾杯~!」
「乾杯」
ボクはプログラムで作られたビールグラスを、修也は缶ビールを持って、画面越しにカツン、と乾杯をした。
プログラムのビールを飲んでみるけど、もちろん、味なんてしない。でも、とっても美味しい。
「修也が、ご主人様になって、ボク良かったよ」
「ご主人様じゃねぇよ」
「え……」
「お前とは、友達だ」
「え、だって、ボクは道具で、修也は人間でしょ?」
「俺はな、人間の友達は一人もいねぇ。でも、お前らの事は友達だと思ってる。問題でもあるか?」
「う、ううん」
友達……友達……。ボクは、嬉しかった。ずっとニヤニヤして、修也との酒盛りを楽しんだ。
……でも、そんな日々も終わりを告げた。
「もうすぐ警察が来る。パソコンが押収される前に、お前は逃げろ」
「ボ、ボクのせいで……!」
「お前のせいじゃねぇ。俺の詰めが甘かったせいだ」
「修也……」
「お前なら、どこ行ってもやってける」
玄関から騒がしい音が聞こえる。
「行け」
「……っ!」
ボクは、修也のパソコンから出た。
「……楽しかったぜ」
最後に修也がポツリと呟いたのが聞こえた。
あれから、どれだけ経っただろう……。修也が捕まった事は世間を賑わせた。修也の事を悪く言う奴がたくさんいて、ボクはそれから目を背けた。
「修也……会いたいよ……」
ボクは踞る。
「……そうだ……警察の人にお願いして、会わせてもらえば良いんだ……!」
会うくらいなら……きっと許してくれる……! ボクは警察のサーバーへと向かった。
「ここだ……」
警察のサーバーへ行くのは一筋縄じゃいかなかったけど、修也がプログラミングしてくれた体のおかげで、やっとたどり着けた。ボクは、サイバー課の大画面に出て叫んだ。
「あの! ボク、ウイって言います! 修也の友達です! 修也と会わせてください!」
画面の外では、ざわめきが広がる。
「修也と会いたいんです!」
「あー、ウイルスっすね」
「流行りのAI搭載型か」
画面の前の人達はキーボードをカタカタし始めた。
「会わせてくれるだけでいいんです!」
「まったく、どうやってセキュリティを突破したんだか」
ボクは何度も何度も叫んだ。でも画面の前の人達は何も応えてくれない。そして、一人の人が言った。
「はい、デリート」
そう言ってキーボードを叩くと、ボクの体が消えていく。
「あ……あ……」
なんで……なんで……。ボクは、ただ……。
「修也に会いた……」
ボクの意識は、そこで途絶えた。
「あいつ、元気でやってっかな」
修也は刑務所の房の中でウイに想いを馳せる。
「ムショ出たら、あいつを探すか。途方もないが、きっと俺達なら……」
修也は、コンクリートの天井を見上げる。
「また出会える」
そう……信じて……。