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遥か遠い王城

王都の鐘が三度鳴ったとき、馬車は王城の南門をくぐった。

一年ぶりの石畳は、冷たくて、少しだけ苦い匂いがした。


ここに住めるのは三男までの王子と正室の子どもたちだけ――離れの屋敷に暮らすボクには、年に一度、誕生日の謁見だけが城へ来る理由だ。飢える心配もないし、危険もない。けれど、胸のどこかがいつも少し寒い。


「姿勢を。胸を張って、顎は引くのです、ルキウス様」


エドガーが耳元で囁く。ボクは小さくうなずき、赤い絨毯の端で片膝をついた。金糸の幕が揺れ、楽士が短い前奏を奏でる。そこへ、父上が現れた。高い背と、氷のように澄んだ瞳。ボクは深く頭を垂れる。


「父上、お久しぶりです。この度は私くしめに盛大なパーティーを開いて頂き、ありがとうございます」


「うむ。ルキウスよ、今年で何歳になった」


「今年で五歳になりました」


「そうか。今年、魔法の適性を測る。兄弟たちのように素晴らしい結果を期待しているぞ。兄たちのように精進するように」


「はい。有り難きお言葉。これから更なる精進をいたします」


定められた文句を言い終えると、胸の奥から小さなため息がこぼれそうになった。自分の父親なのに、声を交わすだけで背中が固くなる。

それでも礼は礼。パーティーの主役はボクのはずなのに、王位継承権の高い順に挨拶をして回るのが、ここでの決まりだ。


まずは第一王子、リンハルト兄様。

銀の刺繍が施された礼服が、十六歳の背に驚くほどよく似合っている。


「リンハルト兄様、お久しぶりです。お元気そうで何よりです」


「ルキウス。お前も元気そうで何よりだ。たまには王城にも顔を出すんだぞ」


「はい、ありがとうございます」


短く、それでいて完璧なやり取り。兄様は人前で誰かを貶さない。帝王学というやつは、きっとこういう目の動きや声の高さまで、全部含めているのだ。

――王位継承? ボクが興味を持つのは、やめておこう。怖いから。


次は第二王子、パスカー兄様。

琥珀のボタンがついた黒の上衣。口元に、いつもの棘。


「お久しぶりです、パスカー兄様。お元気そうでなによりです」


「……ふん。妾の子が俺に話しかけるな。目障りだ。さっさと視界から消えろ」


「すみません。それでは、パーティーをお楽しみください。失礼します」


背を向ける瞬間、喉の奥が熱くなった。でも、足取りは崩さない。エドガーが少しだけ心配そうな目をしたので、ボクは小さく笑ってみせた。


三人目は、イヴァン兄様。

白い肌と、ページの匂いのする指先。

十二歳の兄様は、ボクの屋敷にたまに遊びに来てくれる唯一の人だ。


「イヴァン兄様。お久しぶりです。元気でしたか?」


「あぁ、ルキウス。元気そうだな。執事のエドガーを困らせてないか?」


「困らせてないですよ。それより兄様こそ、少し痩せたんじゃないですか?」


「本当かい、エドガー?」


いつの間にか隣にいたエドガーが、深々と頭を下げる。


「お久しぶりです、イヴァン様。最近は比較的に……勉強してくださいます」


「エド、余計なこと言うなっ」


ボクが小さな拳でエドガーの袖をぽすぽす叩くと、イヴァン兄様は笑いながら、ボクの頭をそっと撫でた。


「こら。ちゃんと勉強しないと、立派な大人になれないぞ」


頬が熱くなるのを誤魔化すために、ボクは床の模様を見つめた。「……わかりました」


「このあと姉上方に挨拶だろう? 終わったら、あの窓辺で待っている。少し話そう」


「本当に? じゃあ急いでくる!」


ボクは弾む胸を抑え、アリサ第一王女、メリッサ第二王女のもとへ向かった。絹の香り、蜂蜜色の笑顔。

用意した言葉をきちんと並べ、礼を尽くす。姫たちの返答は教本通りに優雅で、どこか遠い。

同じ父親から生まれたというだけで、ボクには触れられない透明な膜がある――それを、五歳の胸でもちゃんと感じ取れる。


挨拶を終えると、ホールの空気が少し軽くなった。楽士の弦が春風みたいに鳴り、カップの表面に光が揺れた。

エドガーが近づき、小声で言う。


「よくできました、ルキウス様」


「……ボク、父上に恥はかかせなかった?」


「ええ、堂々としておられました。あとは、適性検査に向けて礼法と詠唱をもう一度おさらいしましょう」


「うん」


うなずくと、胸の寒さが少しだけ和らいだ。

イヴァン兄様が窓辺で手を振っている。重たい城の空気の中で、そこだけが、灯りのようにやさしい。


――一年に一度の城。

五歳のボクは、やっと知った。

ここはボクの居場所じゃないかもしれない。

でも、会いたい人がひとりいるだけで、来る理由にはなるのだと。



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