回帰、再生、再誕
──死んだのか?
呆気ないものだな、死なんて。
そう言われて、耳の奥で誰かの声がひらりと跳ねた。若い、随分と若い声だ。目を開けると、目の前には小さな子供が一人。肩にかかる白いマントがやけに似合っている。身長は低く、あどけなさが残る顔。だがその口は、見下すように笑っていた。
「そうだねぇ、君は死んだよ。間違いなく盛大に爆死した。もう粉々、破片ひとつなくね」
心の中で『ちっちゃい』とでも思ったのだろうか、そいつはにやりとした。お前、今そう思っただろ、って顔で。声に出していないのに、考えたことを言い当てられると、人は変に焦る。だが、この魂だけの世界に、そんなことは些細な事柄だった。
「随分落ち着いてるね、死んだというのに」
オレは横たわる自分の身体を見下ろし、苦笑を漏らす。生きていても終われなかった地獄が、ようやく切れて消えたのだ。それで十分だ、とでも言いたげに。
「どうせオレは地獄行きなんだろ? お前はその水先案内人かよ?」
小さな神は仰向けに寝そべり、両手で頭の後ろを支えた。ふん、と鼻を鳴らす。いい面の皮だ。だが、その態度はどこか憎めない。
この子どもが?
「おまっ、お前俺様のこと子どもって思ったな!」
その言葉に、オレは苦い笑いを堪えた。お前、偉そうすぎるぞ、と言いたくなるくらいだ。しかし、転生神アルマ――そう名乗るその子は、確かにここでは神様だった。小さくても、言葉に含まれる力は現実を揺らす。
「転生神? 本当に神かよ、見た目もアレだし……」
アルマは跳ね起き、ジタバタと足をばたつかせながら柄にもなく威厳を作ろうとする。その仕草が滑稽で、オレは思わず鼻を鳴らす。だが次の瞬間、顔色が変わり、やや真面目な口調になった。
「聴け、シオン。お前の人生については、神々は見てきた。確かに人に誇れるものではなかった。血で手を染め、地獄のような日々を送った。だがな――そのまま地獄へ落とすのは簡単すぎる。何万年も禊ぎだけに費やすのも、我らには無駄が過ぎるんだ」
その言葉には、何かしらの嘲笑と慈悲が混じっていた。アルマの瞳は遊び好きに光るが、言葉の芯は冷たい。オレは黙って聞いた。
「だからだ、シオン。お前に与えるのは『転生』だ。生まれ変わって、前世の禊をしろ」
「生まれ変わる、って……あのマンガみたいな異世界転生か?」
アルマがくすりと笑い、鼻で笑った。
「残念ながら、そんな生易しい話じゃねぇ。英雄スキルとか万能なチートとか、俺様はそんなん与えねー。だいたい、そんなん与えたら面白くねぇだろ? お前の禊はお前の足で進め。自分の手で血に染めただけ、自分の手で償え」
声は軽いが、内容は重い。アルマは続ける。
「前世でお前が犯した悪行――六百六十六人の殺害の罪を、まず忘れるな。だがそれだけじゃねぇ。神々の決定だ。お前は六千六百六十六人の善行を為し、六千六百六十六人を救え。これが達成できなければ、お前の魂は地獄に落ちるどころか、魂そのものの死を迎える」
数字が、空間に冷たく刻まれる。六千六百六十六――大きすぎる数だ。オレはその重みを一瞬で理解した。禊という名の試練は、想像を絶する長さだった。
「理解したか?」
アルマはやや苛立った様子で身を乗り出す。だが次の瞬間、妙に優しい声になった。
「俺様はお前の前世を見た。確かにお前は酷いことをした。だが、今世こそはまともに生きろ。神々が与えるのは試練だ。だが自分で選べる。誰かに命じられて生きる人生じゃない。幸せになれ、シオン」
その言葉に、オレの中で何かが揺れた。嘘だろうと思い、アルマを睨む。すると小さな神は、得意げにニヤリと笑った。
「これは、俺さまからのささやかなギフトだ。楽しみにしていろ、お前が前世の記憶を取り戻した時にな、それとちゃんとステータス確認しろよ、お前、神様なんかいないとか言ってたよな? ちゃんと見てるからな。だから、たまには教会に行って祈り捧げろよ。分かったな?」
ついでに、アルマは少しぶっきらぼうに続けた。
「あと、忘れるな。俺様は全部、お前の行動を見ている。さあ、また会おう、シオン。次に会う時は――お前が何を選んでいたか、ちゃんと確認してやる」
声は遠ざかり、世界に薄い風が通った。アルマの最後の言葉が耳に残る。見られている、か。監視されることの不快さと、どこか救いのようなものが混ざる。
オレは肩越しに空を見上げた。青は、まだそこにあった。あの空を、もう一度見られるだろうか。自由を、買い直すことなど本当にできるのだろうか。
アルマの声が、最後にただ一言だけ残った。
「忘れるな。俺様は全部、見てるからな!」
それが合図のように、意識は静かに、ゆっくりと暗闇へ沈んでいった。




