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地に落ちた鳥

潮騒のようにこだまする怒号。深夜の町外れには、風よりも鋭い足音が這い回っていた。古びた教会の木製の扉がきしみ、蝋燭の灯が揺れる。その光の向こうで、黒いフードが一つ、また一つと影を濃くしていく。


「そっちに逃げたぞ、周り込め」


声は命令の匂いを孕んでいる。オレはゆっくりと立ち上がり、白い腹の十字架を指で撫でた。祈りなんて、オレには似合わなかった。だが、この場所には孤児たちがいる。ここだけは――守らなければならない。


「こんな深夜に、何の御用でしょうか?」


出てきた黒ずくめの一人が、鼻で笑いながら訊ねる。フードの影から覗く歯が、薄く光った。彼らは名を知らぬが、目的ははっきりしている。依頼主たちの名前など、今更気にする必要はない。命令が下れば、人は集まる。


「ここに、シオンという男がいると聞いた」


オレはその名を肯定する。呼ばれ慣れた名だ。だが今は――歪んだ歌のように聞こえるだけだ。


言葉を紡ぎ終える前、金属が夜を裂くような乾いた音がした。弾丸を、ナイフで叩き割る。何度もやってきたことだった。彼らは一瞬たじろぎ、笑い声が渇いた。


「こんな芸当が出来る神父がこの世界に何人もいてたまるか、なぁ、『死音』っ!」


ため息が胸を抜ける。潮時か――オレは思う。だが死ぬつもりはない。往生際が悪いのだ。そう、タダでは死なねぇ。


「依頼主たちが、お前の事が邪魔になったそうだ。そろそろこの世界から足を洗ってもらいたいってな」


「依頼主、達、ね」オレは吐き捨てるように応じる。


言い終える間もなく、銃弾が雨のように降る。二階の窓から、下っ端どもがけたたましく射撃してくる。教会の壁が震え、ステンドグラスに小さなひびが走る。地下には孤児たちが眠っている。ここでは長居できない。オレは咄嗟に影をついて教会を抜けた。


街路へ出ると、路地はオレの足跡を知っているように感じた。だが数は違いすぎた。襲手は次々と詰めてくる。十人、二十人――オレが覚えているのは、十人を倒したところまでだった。血と鉄と臭いが混ざり合い、世界は狭まっていく。


そして――彼らは孤児を人質に取った。黒ずくめの一人が幼い顔を指差し、嘲るように言った。


「死音、聞こえているんだろ? このガキが死んでもいいのか。ナイフを捨てて出てこい。さもなくば、楽にしてやる」


その声には余裕がある。オレはポケットの中で冷えた金属を確かめた。ナイフを捨てろ――そんな選択肢は最初からなかった。あの子らを、ここで見殺しにはできない。オレは胸の奥で何かが崩れるのを感じたが、行動は素早かった。


「アハハハハハ……たった一人のガキを見殺しにできずにノコノコと出てくるなんて、伝説の殺し屋も地に落ちたもんだな」


奴が笑い、銃を構えたその瞬間、オレは袖から細い刃を滑り出させた。動作は音を含まない。黒ずくめの男の首すじに、静かに線が引かれる。布が裂け、血が暗夜に落ちる。彼は驚愕の叫びを上げる暇もなく、前のめりに倒れた。


だが、次の瞬間だ。黒ずくめの幹部が、冷酷な合図と共に射撃を叩き込んだ。銃弾はオレの肉を貫き、世界は赤く滲む。痛みが胸を裂くが、それ以上に胸にあるのは――決意だった。


「ここから離れろ」


孤児に向かい、目で合図を送る。震える小さな背中が走り出すのが見える。ここで終わらせるわけにはいかない。オレはナイフを投げ捨て、声を上げた。


「タダでは、死なねぇ!」


手にした小さな爆薬のスイッチを、最後の指で押し込む。時間は数秒。足元の瓦礫が瞬時に火の針となって周囲を丸ごと巻き込む。叫びが街を引き裂き、空気が燃えた。


爆風はすべてを吹き飛ばした。木々が裂け、建物が崩れ、夜が燃える。音も無く命を刈り取るなんて嘘だった。最後に残ったのは破片と煙と、孤児の足音だけだった。


風が吹き、教会の尖塔が曲がる。空には、青い星が一つ瞬いていた。オレの身体はもうなかった。だが、小さな背中は遠ざかっていく。自由を選ぶ者は――誰かの犠牲の上に、時には羽ばたく。


夜明け前、町外れは静まり返る。残されたのは灰と、誰かの祈りと、そして――伝説の名だけだった。



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