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不器用な公爵の愛

作者: 矢野

 ヴィクトル・グランヴェル公爵は、帝国軍の大佐としてその名を轟かせていた。

 32歳、鋭い灰色の瞳と強面の顔立ちは、戦場で敵を震え上がらせ、部下には鉄の規律を求める指揮官の風格を漂わせていた。

 身長は190センチ近く、肩幅は広く、軍服に包まれた姿はまるで動く要塞のようだった。

 だが、その無骨な外見と硬派な性格は、最近結んだ政略結婚の相手、アリシア・エルウィンとの関係で、思わぬ壁となっていた。



 アリシアは20歳、柔らかな金髪とエメラルドグリーンの瞳を持つ女性だった。

 彼女の笑顔は太陽のように明るく、しかし苛烈さとは無縁で、まるで春の陽だまりのように穏やかで温かい。

 ヴィクトルが軍務で疲れ果て、領地の書斎にこもる夜、彼女がそっと差し出す刺繍のハンカチは、彼にとって何物にも代えがたい宝物だった。

 繊細な花の模様や、彼女の名前を縮めた「A」の刺繍が施されたハンカチは、アリシアの心そのもののように温かかった。

 彼女が「公爵様、よかったら使ってください」と微笑むたび、ヴィクトルの胸は締め付けられるような熱を帯びた。



 だが、ヴィクトルは彼女の前で自分を表現できなかった。

 軍では部下と軽い冗談を交わし、訓練中に笑顔を見せることもあった。

 戦場での勝利後、若い兵士たちと酒を酌み交わしながら笑うことさえあった。

 だが、アリシアの前に立つと、彼はまるで彫像のように表情を失い、言葉も途切れてしまうのだ。

 嫌われたくないという思いが強すぎて、政略結婚ゆえの距離感と、彼女の純粋な優しさにどう応えればいいのかわからなくなるのだ。

 そのため、彼女の笑顔があまりにも眩しく、ヴィクトルは自分がその光に相応しくないように感じていた。




-----------




 ヴィクトルの日々は軍務と領地経営で埋め尽くされていた。

 帝国の辺境を守る要として、彼の肩には重い責任がのしかかっていた。

 朝は訓練場で兵を指揮し、昼は作戦会議で帝国の防衛戦略を練り、夜は領地の書類に目を通す。

 領地では農作物の収穫状況や使用人の管理、さらには近隣貴族との政治的な折衝も求められた。

 睡眠時間は4時間あればいい方だった。



 そんな中、アリシアは領地の屋敷を穏やかに取り仕切っていた。

 彼女は使用人たちと和やかに話し、庭の花壇を手入れし、合間に刺繍を楽しむ。

 その姿は、ヴィクトルの知る戦場の荒々しさとは対極にあった。



 ある日、ヴィクトルが書斎で書類に埋もれていると、アリシアが紅茶のトレイを持って現れた。

 「公爵様、お疲れのようでしたので…少し休んでくださいね」と彼女は微笑んだ。

 ヴィクトルは「ありがとう」と短く答え、彼女の笑顔に一瞬心を奪われたが、すぐに書類に目を戻した。

 このまま見つめてしまいそうで、自身を律した。

 そこには気まずさしか無かった。

 彼女が去った後、彼は自分の無愛想さに自己嫌悪に陥った。


「なぜ、もっと言葉を返せなかった…?」




-----------




 アリシアもまた、ヴィクトルとの距離に戸惑っていた。

 政略結婚でグランヴェル家に嫁いだ彼女は、最初、彼の強面と寡黙さに怯えていた。

 だが、共に暮らすうち、ヴィクトルの真摯な姿勢や、書斎でハンカチを大切そうに眺める姿を見て、彼の不器用な優しさに気づき始めていた。

 彼女は刺繍に自分の気持ちを込めた。

 花の模様は彼女の希望、剣の模様はヴィクトルの強さを象徴していた。

 「いつか、彼が心を開いてくれたら…」と願いながら、彼女はハンカチを渡し続けた。



 ある夜、アリシアは侍女のマリアにこぼした。


「公爵様、いつも無表情で…私が何か間違えたのかしら?」


 マリアは笑いながら答えた。


「奥様、公爵様は戦場では鬼神のようなお方ですけど、奥様の前ではまるで少年のよう。きっと、どうしていいかわからないだけですよ。」


 アリシアは頬を染め、「だったら、私ももっと努力しないと」と呟いた。



 彼女はヴィクトルの心に近づくため、ささやかな行動を重ねていった。

 朝食に彼の好きなパンを用意したり、書斎に花を飾ったり。

 彼が喜びそうだと思うことはそれなりにやってみたつもりだった。

 だが、ヴィクトルの硬い表情は変わらず、彼女の心には不安が芽生えていた。




-----------




 転機は軍の訓練場で訪れた。

 ある日、若い中尉エリックが軽い口調で話しかけてきた。


「公爵閣下、奥様の前でもそんな仏頂面なんですか?」


 ヴィクトルは眉をひそめたが、エリックは怯まず続けた。


「うちの姉貴が言ってたんですよ。男は笑うと三割増しで格好いいって!奥様、優しそうじゃないですか。閣下の笑顔、見たいんじゃないすかね?」


 周囲の兵も口々に同意した。


「閣下、俺の嫁も笑顔が一番って言いますよ!」

「奥様、刺繍とかしてくれるんでしょ?ああいう女性は、気持ちを返してほしいもんですぜ!」


 ヴィクトルは内心で反発した。

 戦場で命を預かる部下に、家庭の話でからかわれるとは何事か。

 だが、彼らの言葉は意外にも心に刺さった。

 一理あるなと感じてもいたからだ。

 アリシアの笑顔を思い出すと、確かに彼女の前で無表情でいる自分が滑稽に思えた。



 その夜、ヴィクトルは書斎でハンカチを見つめながら考え込んだ。


「笑顔か…そんな簡単なことでいいのか?」


 彼は鏡の前に立ち、ぎこちなく口角を上げてみた。

 だが、鏡に映るのはまるで鬼が笑うような不自然な表情だった。


「これでは逆効果だ…」


 彼はため息をついたが、エリックの言葉が頭から離れなかった。


「嫌われたくないなら、まず自分を変えるべきだ。」




-----------




 翌朝、朝食の席でヴィクトルは決意した。

 アリシアが「今日の天気、穏やかですね」と話しかけてきたとき、彼は意識して口角を上げた。

 「ああ…君の笑顔のようだ」と呟いた。

 声は小さく、笑顔はぎこちなかったが、アリシアは一瞬目を丸くし、くすっと笑った。


「公爵様、初めてそんな風にお話ししてくれて…嬉しいです。」


 彼女の頬がほのかに染まり、ヴィクトルの胸は熱くなった。

 彼女の笑顔が、まるで陽だまりのように彼を包んだ。



 その日から、ヴィクトルは少しずつ試みた。

 軍での冗談のノリを参考に、軽い話題を振ってみる。

 アリシアが庭の花を指して「このバラ、今年は特にきれいなんです」と言うと、彼は「君の手入れの賜物だろう」と応じ、ぎこちなく微笑んだ。

 アリシアの笑顔がぱっと明るくなり、ヴィクトルは彼女の反応が自分の小さな努力に呼応していることに気づいた。



 だが、失敗ももちろんあった。

 ある日、ヴィクトルはアリシアに「そのドレス、似合っている」と褒めようとしたが、緊張のあまり「その…服、悪くない」とぶっきらぼうに言ってしまったのだ。

 アリシアは笑いながら「ありがとう、公爵様」と答えたが、ヴィクトルは自分の不器用さに赤面した。

 それでも、彼女の笑顔が彼を励ました。




-----------




 数週間後、軍の創設記念祭が開催された。

 ヴィクトルは大佐として式典に出席し、部下たちと共に訓練の成果を披露する役目を負っていた。

 アリシアも貴族の妻として招待され、初めてヴィクトルの「軍人」としての姿を見ることになった。

 式典の場で、ヴィクトルは堂々とした指揮ぶりを見せ、兵士たちの統率力に観客は沸いた。

 アリシアは客席から彼を見つめ、その凛とした姿に胸を高鳴らせた。


「公爵様…こんなにも頼もしい方だったなんて。」



 式典後の宴で、ヴィクトルはアリシアをエスコートする。

 部下たちが「閣下、奥様とダンスを!」と囃し立て、ヴィクトルは照れながらもアリシアの手を取った。

 ダンスはぎこちなかったが、アリシアが「公爵様、こうやって一緒にいられること、とても嬉しいです」と囁くと、彼は初めて自然に笑った。


「俺もだ、アリシア。」


 その笑顔に、部下たちは拍手を送り、アリシアの心は温かさに満ちた。




-----------




 祭りの後、アリシアが新しい刺繍ハンカチを渡してきた。

 そこには小さな剣と花が絡み合う模様が施されていた。

 「公爵様の強さと、私の気持ちを合わせてみました」と彼女は照れながら言った。

 ヴィクトルはハンカチを手に取り、初めて自然に笑った。


「これ…まるで君の温かさが形になったみたいだ。」


 アリシアの顔が喜びで輝き、ヴィクトルは心の壁が溶けるのを感じた。



 軍の訓練場でも、部下たちは変化に気づいた。


「閣下、最近柔らかくなったっすね!奥様のおかげですか?」


 エリックがにやにやしながら言うと、ヴィクトルは照れ隠しに「余計なお世話だ」と返すが、口元には笑みが浮かんでいた。

 部下たちの助言がなければ、彼はアリシアとの距離を縮められなかったかもしれない。



 ある夜、ヴィクトルはアリシアを庭に誘った。

 月明かりの下、彼女が「公爵様、最近よく笑ってくださって……なんだか嬉しいんです」と言うと、彼は彼女の手を取り、初めて心からの言葉を口にした。


「君の笑顔が、俺を変えたんだ。アリシア、君は俺の陽だまりだ。」


 アリシアの目には涙が浮かび、彼女はそっと彼の胸に寄りかかった。




-----------




 ヴィクトルの家庭生活は、軍務の厳しさとアリシアの温かさが交錯する場となった。

 戦場では変わらず厳格な指揮官だが、彼女の前では笑顔を心がけるようになった。

 彼の小さな努力は、アリシアの笑顔をより輝かせ、二人の絆を深めた。

 軍人の家庭生活は、規律と愛情のバランスが鍵だ。

 ヴィクトルは、アリシアの陽だまりのような存在が、戦場を生き抜く力にもなっていることを知った。



 ある日、アリシアが新しい刺繍を始めた。

 そこには、剣と花に加え、二人のイニシャルが絡み合う模様が描かれていた。

 「これは、私たちの物語の始まりの印です」と彼女は笑った。

 ヴィクトルは彼女を抱きしめ、初めて心から笑った。


「そう……君と俺の物語は、これからも続く。」


 その言葉に、アリシアの笑顔は太陽のように輝いた。

こんにちは、初めまして、矢野と申します。

まず、最後まで読んでいただき誠にありがとうございました。

読み専だったのですが、今回初めて勇気を出して作品を書き、そして投稿してみた次第です。

どこかおかしくないか、ドキドキしながら10回くらい読み返しました(笑)。

あまり波風のないお話だとは思うんですけど、少しでもホッコリして頂けたら幸いです。

私自身、主人公たちにあまり悲しい思いをさせたくないな…というぬるい気持ちでいる為、今後作品を投稿する際も、このような感じになってしまいそうな予感がしますが、こう、ライバル!とか壮絶な過去!とか、今後は挑戦してみたいと思った次第です。


ヴィクトルの笑顔の練習のシーン書いていてとても楽しかったです。

鬼が笑ったようだと言いつつ、きっとアリシアの前では柔らかく笑えてたんだと信じてます。


重ねての言葉になりますが、初めての作品拙かったとは思いますが、最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました!

コメントなど頂けますと泣いて喜びます!

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