帰りましょう。先輩
「帰りましょう。先輩」
そう言ってくれる彼女は、一つ年下の後輩だ。
彼女が高校に入ってきてからは、ずっと一緒に下校している。
よく俺たちは付き合っていると噂されることがあるが、俺と彼女はそういう関係ではない。
一緒にご飯を食べて、一緒に下校をする、ただそれだけの関係。
俺は教室の外から覗いてきてる彼女のもとに向かう。
「先輩、少しお疲れですか?」
彼女は俺の顔を下から可愛く覗いてくる。
キラキラと光る美しい碧眼が、こちらを見つめてきている。
可愛らしい童顔でゆらゆら揺れるショートカット、声をかけてくる男子は後を絶たないが、この美しくも吸い込まれるような瞳で睨まれるとみんな怯え、逃げてしまう。
みんなその瞳を、悪魔だとか恐ろしいとか言うが、俺はただ美しいと思った。
その旨を彼女に伝えたら、時間が出来るたびに俺と過ごすようになった。
「先輩?」
「ああ、ごめん。帰ろうか」
「はい」
彼女は手が空いているときは、必ず手を繋いでくるように要求してくる。
最初は困惑したが、二年も同じことをしていたら流石に慣れてしまった。
それに口には出さないが、楽しそうな顔をするので俺も悪い気はしない。
「今日はどこ行くの?」
「また先輩の家でもいいですか」
「いいけど、俺の家何もないのに楽しいの?」
「はい」
表情一つ変えずに淡々とそう答える。
まあ本人が楽しいと思うならいっか。
「じゃあ行こっか」
「はい」
二人で手を繋ぎ、校門をくぐり俺の家に向かった。
「どうぞ」
「お邪魔します」
彼女はスニーカーを綺麗にそろえて脱ぐと、まるで我が家のようにリビングでくつろぎ始める。
俺の両親が共働きなのでこの時間は俺しか家にいない、だからか人の目も気にせずソファで横たわっている……一応俺がいるんだけどな。
自分がスカートを履いていることを少しは意識していて欲しい、あれが見えてしまいそうだ。
「先輩、ゲーム」
「はいはい、何やる」
「おすすめで」
俺の家に来るとまずゲームをしようとするのだが、やるソフトは毎回俺に委ねてくる。
何をやっても楽しそうにしてくれるから問題はないのだが、たまには彼女のやりたいものを教えて欲しいものだ。
俺は人気シリーズの対戦アクションゲームを取り出し、ゲーム機にソフトを挿入する。
「これでいい?」
「はい、大丈夫です」
確認を取ると彼女にコントローラーを手渡す。
この手のゲームはあまりやらないのだが、彼女とやるようになってから少し練習をするようになった。
女の子相手になにマジになってるんだと思われるかもしれないが、これには理由がある。
「先輩、起き上がりにがちゃがちゃしたらダメですよ」
「いや、わかってるんだけどさぁ」
この子、ゲームが上手い。
何十回も対戦してきたが俺が勝てた試しがない、何故だか分からないが本当に強いのだ。
俺とやってて楽しいのだろうか? そんな事を考えてしまうぐらい実力差がある。
「ねぇ先輩」
「どうした?」
いつにもまして真面目な表情で俺と向き合う、いやいつもと表情は変わらないのだが。
「先輩、私といて楽しいですか?」
思いがけない質問に少し驚く。
だってそれは、俺が聞きたかったことだから。
「なんでそんなことを聞くんだ?」
だけど俺はまず彼女の質問の意図を知りたかった。
「私、入学してからずっと先輩と一緒に居て、そのせいで先輩が他の人に嫌味を言われてるのも知っています」
「なのに先輩、愚痴の一つも言わないから私も甘えてしまって。先輩に何もしてあげてなくて」
……彼女の泣く顔を俺は初めて見た、涙を流し静かに泣いている。
「普通、男女が一緒に居たら付き合ったりするんですよね。でも私、そういうのわからなくて」
「だから先輩、優しいから私と無理に一緒にいてくれるんじゃないかって、そう思って」
「私ばっかいい思いして、先輩は、ずっと、損してるんじゃないかって」
彼女の流す涙は止まらない。
……そっか。
「とりあえず、涙拭け」
「すみません……」
俺は懐からハンカチを取り出して、彼女に手渡す。
「俺はさ、悪いけど辛い思いして誰かに寄り添えるほどいい奴じゃない」
「本当に辛かったらこうして家に招いたりしないよ」
「せん、ぱい」
「それにさ、損得で一緒にいるなんて、それこそ辛いだろ。付き合う付き合わないとか、周りの目とか正直どうでもいいよ」
「希亜と一緒が心地いいから、それじゃだめか?」
「っ!」
希亜は涙で顔をぐちゃぐちゃにして抱き着いてくる。
俺は誤解していた。
俺の後輩は、どこにでもいる、普通の女の子だった。
「せんぱいっ」
「なんだ」
「好きです」
「……えっ!?」
衝撃の告白と同時に、希亜は抱きしめる力を強める。
「この好きが、まだどうゆうものか分からないけど」
「でも、この好きっていう気持ちは変わらないから」
恥ずかしいのか力をより強めて、胸に顔を埋めて表情を見せないようにする。
でも、ちらちらと見える小さな耳は真っ赤に染まっていた。
「俺もさ、好きだよ」
「ほ、ほんとですか」
「ほんとだよ」
俺も彼女の背中を優しく抱き返す。
ビクッと希亜の体が揺れるが、そんなのお構いなしに続ける。
「先輩」
「どうした」
小さな希亜と目を合わせると――
「私いま、人生でいっちばんっ、幸せです!」
泣いているのか笑っているのか分からない、そんな幸せそうな顔をしていた。
「大学生活、終わるの早かったですね」
「もう卒業だもんな」
今日は俺の大学生活の終わりを告げる、卒業式の日だった。
「ほんと、色々あったよな」
「先輩と会ってもう七年ぐらいですか」
「もうそんな経つんだなぁ」
「一瞬でしたね」
俺たちは咲き乱れている桜を眺めながら、思い出話に花を咲かせる。
「希亜はあと大学生活一年もあるのかぁ。いいなぁ」
「先輩は社会人ですもんね」
「嫌だなあぁ」
「そんなこと言わず、頑張ってください」
高校の時より髪を伸ばし、すっかり大人びてしまった希亜は笑顔で俺を励ます。
「俺がいなくてもっ、頑張れよ……」
「なにこれから会えないみたいな空気にしてるんですか」
希亜はあの頃のように手を引くと、鍵を鞄から取り出して俺に見せつけてくる。
「これからは、一緒の家に住むんですから」
「帰りましょう。先輩っ!」
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