5.ゲーム・スタート
緋雪は学園から帰宅すると、すぐさまVRカプセルに入った。
「ゲームばかりしてないで勉強もしてくださいよ。」
「勿論です。」
湊の注意を聞き流し、緋雪は仮想世界へダイブする。
無数の光の柱が視界の奥から手前へ流れ去り、いつものホーム空間を経由し、ゲームを起動することでCOPSの説明部屋にやってきた。
「昨日は説明だけ聞いて終わってしまいましたからね。今日こそゲームしますよ。」
昨日と同様に、イオの前には代理NPCが立っていた。
「こんにちは。昨日は説明を聞いてログアウトされたようですが、今日は続きからでよろしいでしょうか?」
「確か初期の『クラス』と『属性』の設定からでしたよね。」
イオの言葉に代理NPCは頭を縦に振って肯定した。
「では、まず初めに初期のクラスをこの中からお選びください。これは後から変更可能ですが、変更する場合はクラスレベルを上げる際に使用した経験値はすべて消滅するのでご了承ください。」
クラスは後から変更可能と聞き、イオは迷わずにすぐ決めようと思った(1敗)。
「今日は待ち合わせもあるので、遅れるわけには行きませんしね。」
緋雪は今日、玲花とゲーム内で待ち合わせをしていた。無論、COPSを一緒にプレイするためである。
早速、初期クラスの一覧を見る。淡い水色に輝くスクリーンには、数多くのクラスが表示されていた。
「戦闘もしてみたいですが、私に出来ますかね。」
緋雪のリアルでの運動音痴ぶりは自身も承知の上であった。彼女はかけっこ競争で先頭付近を走った記憶がない。それどころか大抵はビリか後ろから二番目である。
球技に至っては、自身の想像と考えに体が追いつかないためか、いつも空回りであった。卓球で保健室送りになった人間は古今東西探しても片方の指で数えられる程度だろう。親指は緋雪である。
「そのことでしたら、COPS内ではシステムアシストが使用できます。あくまで仮想空間ですので、体の動かし方も疲れ方も現実とは違ったものとなっていますよ。たしかに現実でも運動が苦手な方は、仮想現実でも苦手意識を持ちやすいでしょう。ですが、一概に運動が苦手な方は戦闘職もうまく活用できないとは言えません。」
代理NPCは人差し指を立てて律儀にそう説明した。
「まあ、とりあえず序盤は、後方で玲花のサポートができればいいですかね。」
緋雪は一覧から『研究者』を選択した。
「『研究者』ですね。自身の知識を元に、あらゆる物事を探求できる職業となっています。工学、社会学、生物学、物理学など、あらゆる派生系が存在し、条件を満たせばクラスの進化が可能となります。」
研究者は主に『研究系』と呼ばれるクラスの基礎となっている。ギルドに何人かはほしい人材となっているため需要も高い。中には、戦闘職と研究職を兼任しているプレイヤーもいる。
「いても困らない、そんなプレイヤーを目指します。」
「志が低くありませんか、それは。」
「ツッコミできたんですね、あなた。」
NPCのツッコミに少し感動したイオであった。
「では続いて、属性を選択してください。」
クラスに続き、初期属性一覧が目の前に表示される。
「と言われても、属性の良し悪しなんてわかりませんよ。」
「属性の詳しい説明を行いますか?」
代理NPCがそう聞くと、イオは眉を少し下げる。
「待ち合わせに遅れるわけには行かないですし…どうしましょうか。」
「クラスや属性の変更については、レベルが低いうちはそこまで苦でないですよ。」
NPCがそう説明したこともあり、イオはとりあえず適当に選ぶことにした。
「じゃあ、うーん。強そうですし『空』で。」
「『空』ですね!空は基本属性のなかでも派生が少ないことで知られていますが、非常に強力な魔術や関連スキルを習得できます。」
NPCの説明を聞き、イオは考える。そしてすぐさま結論が出た。
「悪くはないですかね。強いならそれに越したことはないでしょう。」
イオが決定ボタンを押すと、プレイヤーネームを決めたとき同様に部屋が発光し、コンソールが光の玉となってイオの体に吸収される。
「初期設定が完了しました。ゲームを開始しますか?」
NPCの言葉に、イオは何も言わず頭を縦に振った。NPCはゲームを始めるよう指示されたと受取り、イオを扉の前に案内する。
イオの前に現れたのは、部屋に似つかわしく重厚なSFチックの金属扉だ。イオが扉の前に立つと、なんとも言えぬ焦燥感が湧き出してきた。いつもは感情が表情が出にくい緋雪であるが、今のイオの表情はきっといつもより笑えていると思った。
「では、ゲームをお楽しみください。」
扉はスライド式で、自動のようである。イオが近づくと、扉は左右に開き、扉の向こうから光が差し込んだ。
彼女の視界の先に広がっているのは、人工的な庭であった。とんでもなく広いが、どうやら建物の中のようで、天井は透明な膜のようなもので覆われているため日の光が差し込んでいる。
あたりを見回すと、初期装備のSFチックなスーツを着た人物がたくさんいた。どうやらここにいるのは皆プレイヤーのようである。
イオはいつになくワクワクしていた。始まりの雰囲気はとても心地よい。
「さて、集合場所に行きましょうか。」
現在地点は惑星アスピアの首都、セントソルの郊外、プレイヤーラウンジと呼ばれる場所であった。
惑星アスピアは、人間種の他にもエルフやドワーフなどの精霊種や猫耳犬耳が生えた獣人種族もいる多様性溢れた惑星であり、座標0,0,0に位置する。そして、プレイヤーのはじまりの地である。
『アスピア星系連邦』と呼ばれるNPCたちが統治する国家の首都惑星でもあり、このゲームで中心地的な扱いをされる場所だ。
ちなみに、アスピア星系連邦は5つの惑星で構成される連邦国家であり、それら5つの惑星は現地NPCとCOPSの運営が管理している。そのため、比較的に治安は良好でプレイヤーが最も気軽に旅行できる場所である。
「で、集合場所はスカイベルタワーの306階…デルタスペース会話室1202号室ですね。」
このゲームは基本的にチームを組んでプレイすることを推奨されているため、プレイヤーの交流の場は多い。
故に、プライベートな空間でプレイヤー同士話すことができる場はたくさん存在しているのである。
今回イオが指定された場所は、プレイヤーなら格安で利用できる場所なようで、セントソルの未来都市を一望できる高さのタワーであった。
「スカイベルタワーは500階建ての建物で、高さは全長1.8キロ…意味分かんないですね、もう。」
ここまで高いと一番上まで登るのにどれくらいの時間がかかるんだろうか、と疑問に思うのであった。
タワーまでの移動は、無料で利用できる交通機関などもたくさんあるが、イオはレンタル制のホバーボードを利用することにした。
「わっ、地面から少し浮いているんですね、これ。」
ホバーボードとは、簡単に言えば地面から少し浮いている板である。その上に乗って高速移動ができる未来的乗り物だ。
イオは早速、ホバーボードに乗り目的地に向かおうとする。
しかし、突然複数の影が彼女の前に写った。
そしてそれらは、イオの前に立ち、進路を妨害するようにこちらの様子を伺っている。
「強制イベント?」
イオのCOPSライフはまだ始まったばかりである。