3.キャラクターネームが決まらない
カプセルの扉が開き、緋雪は体を起こす。頭についたギアを取り外してあたりを見回すと、無表情の侍女、湊が立っていた。
「ゲームが楽しいのはわかりますが、すぐに戻ってきてくださいと言ったじゃないですか。」
緋雪は時計を見る。すでにプレイ開始から3時間、午後7時を過ぎていた。
緋雪は毎晩7時に弟といっしょに夕食を食べている。そのため数十分の遅刻であった。
「えっと…まだ、ゲーム開始してなくて…」
「えっ」
湊は固まった。
「…じゃあ、さっきまで何してたんですか?」
「名前を決めていたのですよ。いい名前が思い浮かばなくて。」
「3時間ずっとですか?ええ…」
サーバー内に同じ名前のプレイヤーが居る場合、同じ名前は登録できない、というのは昨今のVRゲームではありがちであった。しかし、このゲームは個別に割り振られたIDでプレイヤーを識別している。故に、プレイヤーネームは他プレイヤーと被っていた場合でも問題ない。
そのため、このゲームにおいて長時間プレイヤーネームで悩むことは普通におかしいのだ。
湊に引かれてしまったため、緋雪は優秀な頭脳を用いて言い訳を考える。
「名前って、後から変更するの大変だそうですし、なんかアイテム?特殊な?が必要とお聞きしたのではじめにわかりやすい且つプレイ時に支障をきたさないような、できれば短めの名前を考えていて、でも短い名前というのはだいたい既に使われてしまっている物が多くでですね…」
「あーもう。わかりましたから。仁様がお待ちですし、とりあえず夕食を食べましょう。」
緋雪は『うわー』と感情のこもっていない声を上げ、湊に首根っこを掴まれて弟が待つ食堂に連れて行かれたのであった。
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「姉さん、ゲームとかするんだ。」
「友人に誘われたんですよ。」
緋雪とその弟、四谷仁は、シンプルなデザインの長机を挟んで対面し、食事をしていた。
仁もまた姉同様に、非常に容姿端麗であった。
愛嬌もありつつハンサムで整った顔立ちは文字通りモデル顔負けで、大きな瞳はどこか優しげな雰囲気もありつつ、額が見える短めのツーブロックで整えられた髪型は男らしさを感じさせる。
体型は細く見えるが、ところどころしっかりした筋肉がついていて、雰囲気は運動部っぽさも感じつつインテリ系な雰囲気もあるといえる。まあ、要するにイケメンである。
椅子に座っているのでわかりにくいが、身長は180センチ弱あり15歳にしては高めである。ちなみに、緋雪とは年の差が1年半ほどなので、学年は一つしか変わらない。
緋雪と横に並べば身長差はかなりあるので、基本的に緋雪が首を痛める羽目になるのである。
「仁はVRゲーム、しないんですか?」
緋雪が問いかけると、仁は小さく唸ってから答えた。
「やりたい気持ちはあるけど、部活が忙しくって。最後だから引っ張りだこなんだよ。」
仁は、運動が壊滅的な姉と違い文武両道であった。音楽や絵画など芸術的センスでは緋雪に劣るものの、様々なコンクールで賞を取るほどには優秀である。
優秀な運動神経と抜群のセンスで何でもこなせる彼は、多様な部活を兼部しているため大会の時期になると色んな部から引っ張りだこで忙しいのである。ときには、所属していない部活にもヘルプとして参加するほどである。
「忙しいんですね。まあそうだろうなとは予想していましたけど。来年から高等部でしょう?仁なら大丈夫でしょうけど、学問も怠ってはいけませんよ。」
「勿論。というか、それより僕は姉さんのほうが心配だね。」
仁は緋雪を見つめると、大きな声で大げさに言った。
「ネットには、こわーい人がたくさんいるから、ね!気をつけなよ。リアルバレなんてしたら付け回されるんだからな!」
「ふうん。そうなんですね。」
口をもぐもぐと動かしながら、緋雪はプレイヤーネームのことを考えていた。
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さて、どうしたものかと緋雪はソファに横になった。
「湊、なにか案、ないですか?」
「自分で考えてください。」
湊は自身の携帯機器をポチポチとイジっていた。
「一応業務中なんですからソレはやめてください。はあ。あなたも夕飯を食べてきたらどうです?」
湊がもじもじしてわかりやすい行動を取るとき、それは自分の部屋に帰りたいというサインである。長年の付き合い故、緋雪はそれを知っていた。
時刻は午後8時近くになっていたので、緋雪は湊を部屋に帰らせることにした。
「はあ。今日はもう大丈夫です。お疲れ様でした。」
緋雪がそういうと、湊はふう、と声に出して息を吐いた。
「では、今日はこれで上がらせてもらいます。ゲーム、がんばってくださいね。」
おやすみなさい、と湊は挨拶をして一礼した後に部屋から出ていった。
緋雪は自身の端末を見る。見ているのは親友である玲花とのメッセージトーク画面である。
「うーん。わかりやすい且つ変ではない、なるべく短めで呼びやすい、そしてできれば可愛い名前ないでしょうか…」
ネットでいろいろ検索していると、緋雪はおっ、と声を上げた。
「これがいいですかね。」
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緋雪はSFチックな部屋にいた。ここはCOPSの最初の設定部屋である。
「名前、決めてきましたよ。」
目の前には先程同様に全身真っ白なのっぺらぼうの人型存在、彼女の代理(?)NPCがいる。
NPCは、おかえりなさい、とだけ挨拶すると、椅子に座るよう緋雪に指示した。
「プレイヤーネームを入力してください。」
NPCがそう言うと、緋雪の前に板状で青白い光を放つコンソールが表示され、それに伴ってキーボードも姿を表す。
緋雪は先ほど考えついた名前を入力した。
彼女の素早いタイピング技術などまるで活かせない短い名前である。
「よし。」
緋雪がそう呟いた後に、代理NPCは明るい声で話し始めた。
「設定が完了しました。改めて、COPSへようこそ、『イオ』さん!」
緋雪はプレイヤーネームを『イオ』にした。
某RPGの爆発呪文のくだり入れようと思ってたんですけど、そういえば世界線違うから使えないなと思って慌てて変えました。