2.始まり?
昨今、あらゆるフルダイブVRゲームがプレイされてきた。
ファンタジーにサバイバル、シミュレーションなど…数多の需要、嗜好に合わせたゲームは年々数を増すばかりである。
皇暦2740年、西暦で換算すると2088年ごろに、仮想世界没入技術が確立された。そこから数年で法整備も進んだことにより、従来よりも安心してこれらの技術を使用できるようになった。まさに変革の時代である。
一般的に、仮想空間に入り込むためにはヴァーチャル・リアリティ・カプセルと呼ばれる機器が必要となる。だが、その設備は大型かつ非常に高価なものであるため、一般人が購入するのは重荷であった。
そこで、通常は「VRジム」と呼ばれる施設を使用する。定期購入サービスにより、ジムのカプセルを利用することができるのだ。ゲームセンターやネットカフェをサブスクリプション式にしたようなものに近い。
しかしこの少女、四谷緋雪は違う。なにせ日本最大の財閥の一つである四谷の令嬢である。侍女に頼んで、最新モデルのギアをたった数日で用意してもらった。
緋雪は自身の部屋に、そのカプセルを置いてもらった。白が基本色の空色に光る線が入った近未来的デザインである。大柄な男が入って横になれるほどの大きさだ。
カプセルを前に、いつもより感情が出た微笑みを浮かべる緋雪であるが、ふと自分を見つめる視線に気づく。
「なんですか、そんなに見つめて。羨ましいんですか?湊も自費で買えるでしょう?うち給料いいでしょうし。」
視線の主である緋雪の侍女、天根湊に向かって緋雪は言った。
同時に「不思議ー!」とでも言いたげに緋雪は首を傾ける。
「…ジムのサブスクで十分ですよ。」
羨ましくないと言ったら嘘である。だが、湊は単に、購入までの緋雪の行動の速さに呆れていただけであった。
「これだから金持ちは…」
「みなとー、これどうやるんですかー?」
湊の呟きは緋雪には聞こえなかったようである。湊はやれやれと肩を竦めて緋雪のもとに向かった。
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仮想空間に入ると、まずはホームと呼ばれる空間が現れる。
仮想空間はゲーム以外にも仕事効率化や睡眠導入などにも用いられているため、このようなアクセスのしやすい仕組みとなっているのだろう。初期設定は多分、湊がしたので緋雪はスムーズにゲームをプレイできるはずだ。緋雪はインストール済みの『CO-Psionic Science』、通称『COPS』のアイコンをタッチする。
すると、『YOTSUYA TECHNOLOGY』というロゴが現れた。
「そういえば、これも四谷の傘下企業の製品でしたね。」
緋雪はゲームの出来が良くなかったらクレームを入れてやろうと思いつつゲームの起動を待っていると、あたりの空間の景色が変わり始めた。
それは必要最低限の机と椅子、照明が置いてある部屋であった。部屋の雰囲気はやはりSFチックであり、現代より技術が進んだ雰囲気が感じられる。
緋雪が椅子の横に立つと、彼女の眼の前に真っ白な人型のNPCが現れる。
「あなたが説明してくださるんですかね?」
緋雪が呟くと、そのNPCはお辞儀をしてから話し始めた。
「COPSをご購入いただきありがとうございます。私が今からゲームの説明をさせていただきます。」
よろしくお願いします、と一言だけ緋雪は挨拶をしておいた。
「私はあなたの『代理』となるNPCです。あなたがログアウトした際、あなたの代わりに役目を果たします。私の名前、見た目、性格、能力その他設定は後ほど行ってください。」
真っ白なNPCがそう言うと、緋雪は早速感心した。マルチプレイゲームにとっての障壁であるリアルの都合にも配慮されているようである。
「初めにしていただくのはキャラメイクです。既存のモデルがある場合はインストールを、ここで作成する場合は作成を選択してください。」
「あ、さっきの説明は終わりなんですね。肝心なことは何もわかりませんでしたけど。」
『代理』の説明はもう終わりかと若干混乱した緋雪であったが、後で玲花に聞けばいいか、と切り替えた。
緋雪は早速、VRカプセルを用意している間に作ったキャラクターモデルをインストールする。
緋雪のキャラクターがインストールされると、眼の前に現れたモニターに自身の姿が映った。
身長は現実の緋雪より少し高いくらいで、髪の色は純白。目の色は真紅であった。顔は現実とあまり変わらないが、若干2次元風になっている。あと、胸は現実より控えめにイジった。
「ゲームの広告にはいろいろな種族が登場していましたけど、最初に選択できるのは人間のみなんですね。」
緋雪は人外でプレイしたいな、と思っていたので少しがっかりした。
「次にキャラクターネームを入力してください。」
緋雪は悩んだ。
「名前ですか…うーん…」
ここから実に、実に長い間、緋雪は悩んだ。