1.天は彼女に二物以上を与えた
序盤はゲームなかなか始めないし日常パートも多めです。どうかご容赦くださいませ。
7月の肌に張り付く湿気とともに猛烈な暑さが気になるが、それでも晴天であるこの日。
隅々まで手入れのされた広くきれいな庭の中に佇む現代風の建物の一室、冷房が効いたモダンチックな部屋のソファの上で、少女は仰向けに寝そべっていた。
誰が見ても美しいと言える、そんな少女であった。
彼女の艶のある長い黒髪はまるで最高級の絹を連想させる。整えられた前髪は瞼の辺りで切り揃えられていて、そこからは宝石のような大きな目が覗いている。瞳の色彩は薄めで、長いまつ毛と相まってもはや神秘的にすら見え、それは彼女の可憐さと美しさの根源であった。
小さく形のきれいな鼻筋はくっきりとしていて、色の良くかわいらしい唇はどこか艶かしさを感じさせる。
そして、それらすべてが調和した顔立ちはまるで芸術品のようで、その美貌は幼さが残るためか非常に庇護欲を刺激される。
身長は小柄ながら、あらゆる人間が羨むスタイルの良さで、非常に目立つ大きな胸の膨らみは寝そべってなお存在感を主張し、着用している部屋着を盛り上げている。
胸部と反するように引き締まったウエストは見事な曲線を描き、腰部から続く脚は健康的な太さでありつつも細く、きめ細やかな肌は誰をも魅了するものである。
そんな誰もが羨む容姿の少女の名は四谷緋雪。日本の経済活動の一割に相当する企業を傘下に置き、旧共栄圏資本の12%を保持すると言われる大財閥『四谷財閥』の令嬢である。
彼女は長い時間、自身の手に持っているタブレット端末の画面を睨んでいた。
勿論、本当に睨んでいるわけではない。どうやら画面に写るモノを眺めて悩んでいるようであった。
「これ、どう思いますか?」
感情の起伏は感じられないが、どこか儚げで美しい玉の声で、緋雪は自身の側に控える侍女に声を掛ける。そして自身が手に持っている端末の画面を見せた。侍女が画面を見ると、『CO-Psionic Science』の広告が映っていた。
侍女は緋雪とともに成長してきた友人でもある。故に彼女を令嬢として気遣って意見する必要はない。侍女は即座に、緋雪が単に「財閥の令嬢が流行りのゲームで遊んでも変ではないか。」と聞きたいのだと理解した。
「旦那様はそこまでお厳しい方ではありませんし、そこまで気にする必要はないのでは?」
侍女が答えると、緋雪の眉が少し下がる。どうやら侍女の答えは緋雪が求めていたものとは異なっていたようである。
「お父様にどう見えるかではなく、世間から見てどのように映るのかが気になったのですよ。イメージ的な話で…。」
侍女はため息を吐いた。めんどうくさい、そう思った。
「緋雪様、そもそもなんでそのゲームが気になっているのですか?仮想現実没入ゲームなんて趣味じゃないでしょう?」
緋雪と友人に近しい関係とはいえ仕事は仕事である。彼女をぞんざいに扱うわけにもいかないので侍女は端からの疑問を問いかけた。
緋雪は類稀なる才能の持ち主であり、勉学は勿論、音楽を始めとした芸術の才も群を抜いて優れていた。そのため、今までの彼女の趣味嗜好もそれに準ずるものであったのだ。
故に、そもそも流行りとはいえ緋雪がゲームをしたがっているということに侍女は疑問を持ったのである。
すると緋雪は小さな手で携帯端末を操作し、画面を侍女に見せる。
そこにはメッセージアプリが表示されていた。
『―COPSリンク― 今日話したゲームこれ。緋雪もやろ!』
どうやら緋雪に宛てたメッセージである。
侍女はメッセージの相手を確認すると、そこには『れいか』という名前が書かれていた。
「八代さんですか。ほんと仲いいですね。」
八代玲花は緋雪の最も親しい友人である。侍女も緋雪や玲花と同じ学園に通っているため、少しではあるが見知った相手であった。
どうして緋雪がゲームをやりたがっていたのか侍女は納得した。緋雪は意外と誘いに弱いのである。
「玲花から誘ってくることは珍しいですし、たまにはあまり知らないジャンルのことにも挑戦しようと思いまして…」
緋雪は可愛らしく首を傾げてそう言った。『コテッ』という擬音が聞こえてきそうである。
そんな緋雪を見て侍女はなんとなくため息をついたのだった。
補足説明:緋雪も侍女(名前は次で出ます)も玲花も、勿論性別は女です。コップス・コープスの世界では、性別は二種類しかありません。