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9.エクリプス

「悪役ロールプレイ…ですか?」


 イオはジロのいった言葉を思わず復唱した。


「そう。イオ、悪になる覚悟があるならぜひ私の所属しているギルドに入ってほしいな。」

「覚悟?」


 イオの疑問を聞き、ジロは微笑んで説明を続ける。


「COPSにおいて、NPCはプレイヤー代理NPCや特殊なものを除いて、一度死んだら復活することができなんだよ。だから、無秩序派を名乗っているにも関わらず、情が湧いて悪になりきれないプレイヤーが結構いるんだ。私たちのギルドは、結構やんちゃしているギルドとして有名でね。機密事項も多いから、中途半端に入って途中で抜けられると、少し困っちゃうんだ。」


 イオは、ジロがβテスト時代からの古参であると知っていたので、名のある上ランカーギルドに所属していると予想していた。だが、まさかこんな特殊なプレイスタイルだとは思っていなかった。イオは自身の真紅の瞳を閉じて悩む。


「えっと、まず、私のような初心者が所属してもよろしいんですか?」

「心配しないで!逆に、信用できる人しか入れないから、是非入ってほしいんだよ。」


 ジロの微笑みは未だ健在である。


「私は戦闘面ではあまり期待できないですよ。」

「知ってるよ。そもそも初期クラスが戦闘職じゃないでしょ?」

「…そうでしたね。」


 イオは自身に求められているハードルが高くないことを知ると、安堵で胸をなでおろした。自信満々にCOPSのプレイを開始したが、特にプレイ方針を決めていなかったことだし、初めからジロについていくつもりであった。


「もとよりジロと一緒にプレイすると決めていましたし、構いませんよ。悪役、頑張ります。」


 イオはジロに微笑み返し、手を差し出す。それに応え、ジロも手を握り返した。


 __________


 イオとジロの二人は、部屋を出て建物内の廊下を歩いていた。


「早速だけど、イオをギルドの仲間に紹介したいし、拠点に案内したいんだけど、まだ時間大丈夫?」

「大丈夫ですよ。ところで、イオのギルドってどんな名前なんです?」


 ジロは振り返ると、胸を張って声高らかに答える。


「『エクリプス』。」


 エクリプス、それは『蝕』を意味し、天体現象に用いられる単語だ。主に日食や月食の際に使用されている。


「かっこいいですね。気に入りました。」

「でしょ?ギルドメンバーの厨二病が考えたんだよ。」

「ジロたちはβテスト当初からチームを組んでいるんですか?」

「まあね。当初からはメンバーも増えたけど、それでもまだ8人しかいないんだけどね。少数精鋭だから。」


 イオは、ジロがエクリプスのメンバーと仲良くやっていることに安心した。同時に、自分も仲良くできたら良いな、と期待するのだった。


 二人は建物から出ると、近くのポータルゲートまでやってきた。

 ポータルゲート、通称『ゲート』と呼ばれるそれは、アーチ状になっている枠の中に発光して渦巻く膜が貼っているような構造物に見える。


「このゲートの先は指定された移動先に瞬時にワープできるんだよ。行き先は宇宙港。さ、行こ!」


 ジロは先にゲートを潜る。イオも後に続いた。

 穏やかな光があたりを包んだと思ったら、突然視界がひらける。


 あたりは騒音に包まれていた。周りを見ると、ヘリポートのような発着場や飛行機の滑走路のような広く開けた場所に、怪奇な形の船であったり、流動型の美しい船など、様々な形大きさの船が停まっていた。


「うわー…すごいですね。」

「でしょ。それで、私の船はあれ。」


 ジロが指差す方向には、真っ白な船体の宇宙船があった。

 大きさは50メートルくらいで、なんとなく現代の戦闘機と似た形をしている。横に薄いので高さはそこまでないが、それでもイオからは大きく見えた。先頭に近づくに連れて尖っていて、後方左右に筒状のスラスター(推力装置)が付いている。


「汎用客船『ライジング』っていう名前らしいよ。エクリプスの生産担当の人が組み立てたんだ。」


 二人は船まで歩いて近づく。すると、遠目で見たときよりも迫力が感じられた。


「どうぞお乗りくださいませ。」

「はいはい。ありがとうございます。」


 イオはジロに案内されるまま入口から船内に入っていく。

 中に入ると、まず通路の白い壁と天井が目に入る。ぼんやり光るライトが天井に埋め込まれていて、まさにSF的な雰囲気である。

 ジロにそのままついていくと、船の操縦室であるコックピットに到着した。


「まあ、後ろに座りなよ。そこから宇宙の旅を楽しんでくれたまえ。」

「さっきから口調どうしたんですか。」

「いや、テンション上がっちゃって。」


 ジロは笑いながら頭を掻いた。だが、興奮しているのはイオも同じであった。


 ジロは数多のボタンを自在に操作し、レバーを倒す。すると、イオの体に浮遊感が訪れた。


「浮きましたね…!」

「ベルト締めた?じゃ、飛ぶよ。」


 窓を見ると、みるみる景色が流れている。先程までいた宇宙港がどんどん遠ざかり、雲を通り過ぎる。

 次第に、空の色は濃くなっていき、星の光が見え始める。

 イオは窓の景色に目を奪われていた。


「さ、『ジャンプ』するから掴まってね。」

「ジャンプ?」

「長距離移動の際に亜空間を通る超高速移動のことだよ。ワープみたいな感じ。正式には『スタージャンプ』っていうんだけど、このジャンプをするための『ジャンプドライブ』っていう装置が必要なんだよね。でも、それを作る技術は上位ギルドしか持っていないんだよ。だから、一般プレイヤーは大体、アスピアのNPC企業か上位ギルドから購入したものを使うしかないんだ。私たちエクリプスも、独自開発まではもう少し時間がかかるかな。」


 ジロが律儀に説明していると、ピー、というタイマーのような音が小さく鳴る。


「座標計算終了!ジャンプするよ。3、2、1、GO!」


 イオは窓の外を見ると、景色が歪み、白い光であたりが包まれる。先程までの星に包まれた空間は掻き消え、同時に重低音が体中に響き渡る。すると、外の景色は色とりどりの光りに包まれた空間に変わっていた。


「ジャンプ成功。後はリアルで二分くらいかかるから待機。」

「思ったより早いんですね。てっきり丸一日くらいかかるのかと…」

「ゲームなんだからそんなに時間かかったらクソゲーになっちゃうでしょ。でも、普通の人はもう少しジャンプに時間がかかるんだ。事前に拠点設定している私が行き先を指定しているから時間を短縮できるんだからね。普通にやったら10倍は時間かかるよ。」

「やっぱり時間かかるゲームなんですね、これ。」

「まあ、宇宙が舞台だし、そんなものでしょ。」


 と、色々会話をしているうちに、到着のアラームが鳴る。


「亜空間から出るよ。」


 ジロがレバーを引き戻した次の瞬間、再び重低音が船内、そして体中に響いた。

 窓の外を見ると、先ほどと同じような宇宙の景色が広がっていた。


「ほら、前に見えるあれが私たちの拠点となっている惑星だよ。」


 ジロが指差す方向には、確かに惑星があった。

 それは、黒い宇宙空間と同化しているかのような黒い惑星であった。しかし、よく見ると深い藍色の海と濃い緑色の大地の星ということがわかる。

 異常な点は他にもある。普通、惑星は恒星の周りを公転しているため、星系中央には太陽があるはずである。しかし、この惑星はどうやら別のものの周りを回っているようである。

 それは、黒より黒い漆黒の巨大な球体に、円盤状のモヤのような光が覆いかぶさり、淡く輝いているように見えた。


「あれはなんですか?」

「正式名称『N-2』。まあ、ブラックホールだね。」


 そう、この惑星はブラックホールを公転する惑星であった。


「それ、惑星で生存できるんですか??」

「ま、ゲームだし、いけるんだよ。」


 驚きと目の前の神秘に心躍らせるイオであるが、ふと一つ気になることがあった。


「…そういえばこの惑星、なんという名前なんですか?」


 すると、しばらく唸ってから、ジロは首を傾けて答える。


「まだ決まってない!拠点についたらイオが決めるんだよ。」


 二人を乗せた船は、前方の漆黒の惑星に向けてぐんぐんと進んでいった。


とりあえず、主人公視点のチュートリアルは終わりです。

次から結構時間飛びます。One month later...

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