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王子と皇女改め王子妃

蛇足その二。これでラストです。

これこそ本当に蛇足だと思いますが、最後のセリフを言わせたかったから書きました。



 ルビーローズは王宮の一室にいた。

 王宮の部屋だけあって特別に汚いということはないが、明らかにおかしい箇所がいくつかある。

 壁にはぽっかりと空いた空間があり、不自然に日に焼けている。掛けられていた絵を外してそのままにしているように。それから花瓶などの細かい調度品もない。

 大きな家具はそのままに、部屋を彩る調度品は全て片付けられているようだった。どこか間の抜けた空間に見える。


 その間抜けな部屋で、ルビーローズとクラウディスは向かい合っていた。アースは廊下で護衛に徹している。


 「……久しぶり」


 二人きりになって、クラウディスが嫁いできた妻にかけた言葉がそれだった。ルビーローズはこくりと頷く。


 「はい。二年ぶりになりますね」


 ルビーローズとクラウディス、それからアースの三人が短い旅をして、クラウディスを無事に帝国から逃してから二年の月日が経っていた。


 「あなたの反応が薄いから、覚えていないのかと焦った」

 「覚えていますよ。ただ、二年前とは随分と雰囲気が違うような……」


 ルビーローズが言うように、クラウディスは二年の間に随分と変わった。

 帝国から救出された当初、クラウディスは筋肉などまるでないようなやせ細った体をしていた。食事は喉が通らず食べられる量が減っていき、運動は城内のわずかな散歩くらい。あの逃走劇の時ですら、ほとんど走ることが出来ずにアースの担がれて移動するのがほとんどだった。

 だが今のクラウディスは、自分の足でしっかりと立って歩き、それに全く不安を感じさせない、ごく普通の男性に見える。もちろん男性にしては細いと感じるし、アースなんかと並べてしまったらその差は歴然だが、そもそもアースは日頃から体を鍛えている軍人なので、比較対象としてそぐわない。


 「国に戻ってから、とにかく体力を取り戻したくて色々と。……あなたが言ったように、多くの人々が私の帰還を喜んでくれた」


 クラウディスは頭を下げる。


 「ありがとう。あの時、私を助けてくれて。……本当にありがとう」

 「頭を上げて下さい。当然のことをしたまでです。遅くなりましたが、無事に帰還されたこと、お慶び申し上げます」

 「……ああ」


 二年前。

 ルビーローズとアースによって国外へ逃されたクラウディス。彼の消耗は予想よりも激しく、一人にする時間を極力排除するため、護衛の二人は当初の想定よりも長くクラウディスと共に逃亡生活を送ることになった。追っ手との戦いは何度もあったし、これまで縁がなかった薄暗い路地に何日も潜伏することもあった。

 逃亡生活は決して長いものではなかったが、クラウディスにとっては数年ぶりの「色づいた時間」だった。何もかもが脳を、肌を、心を刺激する。そのわずかな時間、クラウディスの心に最も鮮やかに色を残したのがルビーローズだった。

 彼女と別れ、自国へ辿り着いたクラウディスは国民達が涙して喜ぶ中兄と再会を果たし、とにかく療養に勤めた。兄もかなりやつれていたが、クラウディスより多少はマシだった。それでもやはり療養が必要だったから、たった二人の王族はそれぞれの病床で仕事をしていた。失った体力、筋力を取り戻すために少しずつ体を動かしていたが、クラウディスはちょっとばかり多めに体を動かして、密かに体を鍛えていた。


 「色々あったが、わが国は帝国からの侵略から立ち直りつつある。帝国から派遣された統治官が、私欲に走らず、王国を守ろうと立ち回ってくれたおかげだ」

 「こちらに派遣されたのは、叔父様……皇帝陛下の手の者なのだそうです。女帝の配下は国を荒らすことで有名なので、どうにか手を回して自分の配下を置いたのだと聞きました」

 「そうか……」


 世界中が女帝のやり方に不満を持ち、異を唱えていた。しかしそれを行動に移したのは、革命軍だけである。革命が成功したからこそ諸外国は「今更」といった態度を取るが、革命が失敗していれば「それみたことか」「女帝に逆らうからだ」と囁きあっていただろうに。

 女帝に逆らうことがどれだけ恐ろしい事かを、誰もが知っている。だからこそ、女帝の命に背くような真似をして王国を守ってくれた皇帝には感謝すら覚えるのだが、兄は違った。


 「私はそれに感謝しているが……すまない。兄の態度は、あなたを不安にさせただろう」

 


 

 王太子である兄が、王国の為に心を砕くのは当然だ。クラウディスもそうでなければならない。だが今の兄は、別れる前とは別人のようだと感じることが多々あった。

 兄は口を開けば帝国を罵るばかりだった。


 「内乱だか何だか知らないが、俺は帝国を許さない」

 「女帝が滅びたとて、その罪が消えるわけじゃない」


 クラウディスとて、女帝が憎い。帝国だって許せない。だが、クラウディスと兄の憎しみの熱量は明らかに違った。

 クラウディスは帝国に潜伏している間、帝国の実情を見てきた。醜く肥えながら女帝に従って甘い汁を啜る貴族、狂信的に女帝を称える信者、そしてそれらに搾取され苦しむ平民達。

 力の無い平民は女帝を恐れながらも、恨み憎んでいた。それこそ、クラウディスや兄と変わらぬほどに。

 だからこそ、帝国の全てを憎むことに違和感を覚えるのだ。いや、あれだけの目に遭ったというのに揺らいでいる自分がおかしいのだろうか。


 「兄上を逃してくれたのも帝国の革命軍ではありませんでしたか?」


 クラウディスは思わずそう聞いた。

 兄は奇妙な顔をした。だからどうした、と言わんばかりに。


 「それがどうした。奴らに感謝することなど何もないぞ。元は帝国がやったことだ。点数稼ぎのつもりだろうが、無駄なことを」


 クラウディスの憎しみは明確に女帝へ向いているが、兄や国民達――世界中の人々は、女帝と関連するものなら全て憎いといった様子であった。

 貴族はまだしも、飢える帝国民にでさえ、「それがどうした、お前達が食料を差し出すから他国が脅かされるのだ」と言わんばかりである。

 気持ちは分かるが、実情を見聞きしたクラウディスは、どうしてもそこまで憎しみを維持することが出来なかった。

 ――その最たる要因がルビーローズであることは、否定できない。彼女はあまりにも鮮烈に、クラウディスの心にその存在を刻み込んだのだ。

 彼女のことを思うと、帝国を絶対悪だと断言することはどうしてもできなかった。

 自分と兄の温度差に悩みながらも療養しているさなか、女帝崩御の報せが世界を駆け巡った。

 世界は歓喜の声に包まれた。兄もこの日ばかりは上機嫌だったが、反面、自らが帝国を滅ぼしたかったと無念そうに零した。


 「父上と母上の墓前に、あの女の首を捧げたかった」


 そんなことは不可能だ。

 王国が王室廃止前とあまり変わらず、国が乱れず統治されているのは、統治を任された者が革命軍の旗頭・皇弟カーマインの部下だったからである。女帝を持ち上げる貴族なんかが寄こされると、それはもう悲惨なことになる。その実例はいくつもあった。

 王太子とクラウディスが戻った時も、統治官は速やかに引継ぎをして、帝国へと戻っていった。クラウディスは自分の想像よりもずっと「これまでと変わらない故郷」であった王国であったことに感謝すら覚えたが、兄は「簒奪者が綺麗ごとを」と吐き捨てるだけだった。

 



 「殿下が謝ることではありません。国王陛下の仰ることはもっともだと思います」


 ルビーローズの言葉に、現実へ引き戻される。

 彼女は真っすぐにクラウディスを見つめていた。そこに怒りや怯えはない。


 「もっとも、か」

 「はい。女帝が許せない。それは私も同じです。だから女帝の血を引く娘も許せない。その気持ちも分かります」

 「……」


 分かる、と彼女は言うが。それは分かってよいことなのだろうか。

 女帝の娘というだけで世界中から憎しみを向けられて。それを受け止めるのが当然のように振舞う。


 「だから結婚の話が出た理由も分かっています」


 クラウディスはハッとした。

 ここで初めて、ルビーローズが全てを理解して嫁いできたことと、クラウディスのことを「その他大勢」と同様だと思われていると気付いた。


 「私はあなたを憎んでいるから妻に迎えたわけではない」


 ルビーローズはきょとんとした。それが想像以上に意表を突かれた顔で、クラウディスは不覚にも笑いそうになってしまった。


 「……では、陛下の采配ですか?」

 「それも違う」

 「……? では?」


 ルビーローズが首を傾げる。


 「あなたともう一度話がしたかった。だから、あなたを妻に迎えた。他の男にとられないように」

 「え」


 きょとんとしていたルビーローズ、今度はポカンと口を開けている。クラウディスは今度こそ笑ってしまった。


 ただ話がしたかったから。そんな風に言われたこと、ルビーローズのこれまでの人生の中でただの一度もなかった。

 初めてのことに彼女は戸惑い、言葉に詰まる。


 「……えぇと。私、面白い話とか、できませんよ。本を読むことより、剣を振っている方が好きですし」

 「構わない。――何となく、そうではないかと思っていたし」

 「まぁ」


 ルビーローズは心外そうに頬を膨らました。まるで年相応の少女のような仕草。それを見られただけでも、クラウディスは彼女を妻として迎えてよかったと心から思えた。


 「あなたのことを、どんな些細なことでもいいから知りたいと思う。あなたの気持ちを無視したことは申し訳なく思うが……どうか、末永くよろしく頼む」


 そういって、クラウディスは手を差し出した。

 ルビーローズはちょっと考えるような素振りを見せたが、やがて改めて手を差し出す。


 「こちらこそ。申し訳なく思っていただく必要はありません。縁談の申し込みは山ほどありましたが、『女帝の娘』ではなく私個人を迎えたいと思ってくれたのはあなただけだったでしょう。いわば恩人です。私にできることがあったら何でも言ってください」



 まるで同盟者のようなやり取りだったが、今はそれで十分だ。クラウディスはそう思っていた。

 この先、二人の道は決して平坦ではない。クラウディスが、世界中から「害してもよい」と思われているルビーローズを守るには並々ならぬ労力が必要だし、そんな夫に報いようとするならば、ルビーローズもこれまでとは全く違う努力が必要になる。


 


 世界中に名の知られた傾国の王子と、唯一の皇女。

 険しいであろう二人の結婚生活がどうなるかは、彼ら次第である。




 そして。

 

(……『他の国』ではなく『他の男』ってなる辺り、王子さんも大概だよな……)


 護衛として廊下で待機していたアースは、がっつりと室内に聞き耳を立てながら、漏れ聞いた会話にこっそりため息を吐くのだった。

お読みいただきありがとうございました。

設定を思いつき、どうにか形にしたくて書いたものです。

読み辛いのは承知の上ですが、今思いつく形で投稿させていただきました。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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