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唯一の皇女

蛇足、もとい皇女視点です。

王子視点よりぐだぐだだと思います。

広い心でお読みください。




 帝国の内乱――革命は、革命軍の勝利で幕を閉じた。


 革命軍が決起し、王宮を制圧したとの報せは女帝率いる遠征軍はもちろん、国内外にも轟いた。女帝はすぐに引き返し、帝国への帰途を行く。その道すがら、女帝を討つチャンスだとちょっかいを出した他国の軍は、悉く轢き潰された。彼女が率いる軍は幾度の遠征で勝利を収めた精鋭、女帝への忠誠心も狂信的と言っていいほど。女帝の為なら死すら恐れない。

 そんな女帝の軍隊は、国へ戻るや否や城に籠城した革命軍と徹底的に交戦した。籠城戦とは本来、籠城した側が圧倒的に有利であり、攻める側が不利になるものだ。だからこそ攻める側は兵糧攻めを試みたり、とにかく時間をかけて攻略しようとするのだが、無敵の女帝がそんなことをするわけもない。真正面から自らの居城を攻めた。


 女帝が通った道は真っ赤な花が咲いていく。彼女の赤い髪は、血を浴びすぎて赤黒くなっていた。それでも女帝は美しく、誰よりも強い。しかしその女帝も刃の前に斃れることになる。

 女帝ルージュローズは、血を分けた娘、ルビーローズに討たれて死んだ。

 最期の言葉は、娘への恨み言だったという。

 元より女帝は、ルビーローズを娘とは思っていなかったようだ、というのは有名な話である。


 革命軍の勝利後、旗頭となった皇弟カーマインが新皇帝へ即位。女帝が侵略した国々へ謝罪と賠償、領地の返還を行うことを約束した。

 もちろん、相手の言い値や取った分をそのまま返すような真似はしない。これは新皇帝の腕の見せ所だったが、彼は元々外交官として働いていた身の上であり、交渉は得意だった。何とか国々と帝国、双方が納得する形で話をまとめることができたのである。

 全てが全て、彼の計画通りに進んでいるように見えた。

 しかしその新皇帝が唯一、思う通りにできなかったことがある。それがルビーローズの処遇についてだった。

 ルージュローズの唯一の実子にして、次期皇帝であった皇女。実の母であった女帝の行いをよしとせず、叔父と共に革命軍として活動し、遂には女帝を討った革命の立役者である。しかしだからと言って彼女が英雄扱いされることはない。ルージュローズの血を引いた娘。それだけでルビーローズの評価はほとんど決まっていた。


 ――生かしておく必要がない。あの女帝の二の舞になるだけ。

 ――見せしめに首を刎ねろ。

 ――殺せ。


 ルビーローズの人となりなど知らなくても問題ない。ルージュローズの血を引いた女、それだけ分かればいい。

 そもそも、彼女がどういった人間であるかを知っている人間が、ほとんどいなかった。国民ですら、その存在を忘れかけていたほどだ。



 

 ルビーローズは女帝が義務で産んだ子供である。女帝本人は愛着も何もなく、むしろ憎んでいるようでさえあったという。その証拠というべきか、皇女は生まれてすぐに王宮を出され、遠く離れた田舎にある皇族の別荘に押し込められ、そこで育てられた。

 別荘の管理人の老夫婦と、ほんの少しの護衛との細々とした暮らしが、帝国唯一の皇女の少女時代の全てだった。城から一定の生活費が支払われるだけで、女帝からの便宜などはなし。誕生日に贈り物が届くこともなく、別荘の面々に祝われるだけのささやかな祝日。

 この時のことを問われれば、ルビーローズは幸せだったと答えるだろう。大陸の覇者である帝国の皇女としては、あまりにみすぼらしい生活であったが、彼女は掌中の幸せを至上のものとして大切にできる少女だった。

 明るく元気で、勉強よりも剣を学ぶことが好き。少しおてんばだけど思いやりもある、優しい少女。

 その美しい赤い髪に目を瞑れば、彼女はどこにでもいる、ごく普通の少女だった。


 

 天真爛漫に過ごしながらも、彼女は帝国の後継者としての教育を受けていた。書物は帝国がいかにして強国となったか、女帝がどれだけの偉業を成し遂げたのかを称える文字の羅列ばかりだが、現実がそれだけではないことを、彼女は知っていた。

 女帝の偉業とは、とどのつまり戦争に勝利したこと。

 戦争は金がかかる。国庫は戦争の為に使われ、補うために国民へ重い税が課された。かといって、勝利して敗戦国から財宝をせしめても、民には何も還元されない。女帝の新しい鎧や軍靴になり、勝利を祝うパーティーのご馳走になり、食うに困ることがない貴族達が出資した金の倍以上の褒美になる。更に女帝が気まぐれで遠征すれば、困窮する民が必死で蓄えた備蓄すらも奪う。

 民だけが苦しみ喘ぎ、貴族が肥えていく。女帝には、民の苦しみの声など届かない。聞く気がないから。

 ルビーローズはそんな現実を知っていた。書物だけではなく自らの眼で耳で確かめながら成長する彼女は、いつからか「いつか自分が皇帝になったら国をよくする」のではなく、「いつか必ず女帝を排除して国をよくする」と考えるようになっていた。女帝を討ち、道を正すことが自分の使命だと考えるようになっていた。

 この時、ルビーローズは十二歳。肖像画でしか両親を見たことがない少女であった。ちなみにこの時既に、彼女の父である皇配は死んでいる。親子揃っての再会は既に叶わぬものとなっていたが、その事実が彼女の心に波風を立てることはない。


 肉親がそばにいなくても、何も問題ない。

 優しい人達に囲まれて、ただ健やかに育つ事だけを望まれて過ごす少女時代に終わりが訪れたのは、彼女の数少ない血縁が別荘を尋ねてやってきたことがきっかけだった。


 ルビーローズは生まれて初めて自分を訪ねてきた客人をもてなした。相手は生まれて初めて会う血縁者である叔父。皇弟カーマイン。両親の顔すら記憶にない彼女だったが、自分とまた違う赤い髪は、確かに血の繋がりを感じさせる。


 「この別荘の使用人の中に、私の部下を潜り込ませていてね。君が赤ん坊の頃から、その成長について逐一報告を受けていたんだ」


 ルビーローズは驚かなかった。自分が危険視される理由は十分にあると理解していたからだ。


 「君は姉上とは違う。この国の為に立ち上がろうとしている。――私と同じ志を持っていると報告を受けた。ぜひ会ってみたいと思ったんだ。姉上やその勢力に感づかれないように動いていたら、時間がかかってしまった」


 カーマインは数年前から決起するために準備を進めていること、そこにルビーローズも加わってほしいこと、女帝を斃した暁にはルビーローズを即位させることを考えていることを明かした。

 ルビーローズはこれに了承した。カーマインは安堵した様子で帰っていき、その後一人の少年がルビーローズの従者として送り込まれる。褐色の肌をしたアースという少年だった。ルビーローズよりもわずかに年上の彼は、飄々とした態度を崩すことはなかったが、一度(ひとたび)ルビーローズを主と認めると、真摯に彼女に仕えた。


 


 カーマインが訪れてから一年も経たないうちに、ルビーローズはカーマインにもう一度だけ会えないかと打診した。危険な接触であることは分かっていたが、どうしても直接話すべきだと思ったのだ。

 そしてどうにか密会に成功すると、ルビーローズはカーマインに以前の提案を断りたいと申し出た。


 「協力は出来ないということか?」

 「そうではありません。革命軍に加わることは、喜んで。ですが女帝を斃した暁には、私が即位するのではなく、叔父様に即位してほしいのです」


 カーマインは驚いた。だが、ルビーローズはそれが最善だと信じていた。

 カーマインがルビーローズについて考えを変えたように、ルビーローズもカーマインへの印象を変えたのである。これまで、ルビーローズはカーマインについて、「女帝には弟がいる」「女帝のやり方に賛同しない為、議会からは締め出されている」といった情報しか持っていなかった。要は女帝に適わず、締め出された弱者のように思っていたのだ。しかし実際に会って話したら、それは全然違うという事が分かった。

 その後、カーマインについて調べてみたところ、彼は外交官として評価されており、また領地には路頭に迷った者を積極的に受け入れ、支援する制度を設けているという。

 カーマインは貴族達からの評判は非常に悪く散々な言われようだが、民草からは大変に慕われているのだった。

 食うに困った民はカーマインの膝元へ押し寄せ、カーマインはそれを受け入れるが、限度は必ずやってくる。

 その前に、カーマインは現状を何とかしなければならない。だからこそ近々立ち上がるつもりだった。その気運を何となく感じ取っているのか、民はカーマインに期待している。もちろん、表立ってはやし立てたりはしないが。

 そんな現状を知って、ルビーローズは何度も考えた。


 ――存在すら忘れられている女帝の娘が皇帝になるより、民に慕われているカーマインが即位した方がよいのでは?

 

 ルビーローズは、帝位への執着は一切ない。「自分がやらなければ」と思っていたのは、他に誰もいないと思っていたからだ。そうではないと分かり、更に自分よりも民に寄り添ってきたという皇族がいるのであれば、任せることに躊躇いはない。カーマインとて、最初は自らが即位するつもりだったのだろう。そこにルビーローズの存在を知ったから、継承権が高いルビーローズに任せてもいいか、となっただけの話。

 だが民としては、ポッと出てきた女帝の娘が皇帝になるより、女帝と袂を分かちながら自分達の側に立ってくれた皇弟が皇帝になった方が喜ばしいだろう。


 カーマインはしばし悩んだが、結局は頷いた。

 こうして、革命軍の旗頭はカーマインとなった。これはやはりというか成功で、「カーマインを皇帝にしたい」という革命軍の熱意が、最終的には女帝を打破する大きな力となった。


 

 

 カーマインの即位後、ルビーローズは生涯を幽閉されて終えるか、他国へ嫁ぐかを迫られていた。

 嫁ぐ、というのは勿論国の為の外交手段ではない。女帝の代わりに憂さ晴らしをしたいというのが、彼女を望む声たちの本音だった。ルビーローズが今現在無事でいるのは帝国内で、カーマインの庇護下にあるからだ。他国へ嫁いでしまったら、何をされるか分かったものではない。

 カーマインや、彼女と共に戦った革命軍の人間はルビーローズを守ろうとしたが、当のルビーローズが首を振った。


 ――逃げてばかりではいられない。何も知らなかったでは済まされない。


 いつまでもカーマインや仲間に迷惑をかけたくないという思いもあった。自分が嫁いでいって、そこでひどい目に遭って留飲を下げる者が大勢いるのなら、それでもいいと。

 ルビーローズは女帝を斃すことを生涯の目標としていたのだ。それが、十六歳にして達成されてしまった。カーマインが何年もかけて準備していたからこそだし、国内外の人間にとっては一分一秒早いに越したことはない。

 だがルビーローズはそれを達成したことで、この先の人生、何を目標に生きればいいのか分からなくなっていた。「ただ健やかであればいい」と望まれて頷けるような純真さはとうに失われている。「国をよくしたい」という目標は、自分よりも適任の人を見つけた。


 ――ただ人生を消費するだけなら、誰かの役に立った方がよいのでは?

 

 この時のルビーローズは、自身と女帝を赤の他人も同然であると考えながら――実際に同然の関係性だった――、女帝が繰り返した非道の責任だけは自分にもあるのだと思い込んでいた。


 こうして、周囲の説得に屈することなくルビーローズが納得したために、彼女は国を出て嫁に行く事が決まった。

 ここでまた問題が起こる。他国は、こぞってルビーローズを欲しがったのだ。

 それは女帝の強い血が欲しいからとか、彼女があまりに美しいからとか、そんな理由ではない。


 ――憎きルージュローズがいないのならば、娘であるルビーローズに怒りをぶつけるしかない。


 恐ろしい女帝は既に死んだ。それは喜ばしいことだが、ではこれまでの恨みつらみ、怒りはどこへ向ければいいのか?

 人々は憎しみを向ける矛先を失った。そしてその人身御供として、それまで存在も知らなかったような女帝の娘を選んだ。

 その為だけに、ルビーローズを欲したのだ。嫁いでいけば、どのような目に遭うかは目に見えていた。


 それでもルビーローズは決意を曲げず、遂に彼女の嫁ぎ先が決まった。相手はとある小国である。カーマイン曰く、かの国は例に漏れずルージュローズに占領されたが、その後統治を任されたのがカーマインの勢力の者だったため、圧政を敷くことなく復興に力を入れた。もちろんどうにもできない部分もあったが――女帝が轍を残した属国にしては、比較的まともな統治が行われていた。その為、諸外国に比べれば、まだマシだろうと判断したとのこと。

 ただ、その割にはルビーローズを強く所望している節があったので不安は残る。もし何かあったらいつでも戻ってこい、と。そう言ってくれた。


 ルビーローズは頷いたが、国へ戻るつもりはなかった。カーマインも、彼女に戻るつもりはないことが分かっていたが、念を押さずにはいられなかった。

 


 

 こうしてルビーローズは、従者のアースただ一人を連れて嫁いでいった。

 帝国内でも胡乱な眼差しは多く向けられたが、王国の王都へ入ると、あからさまな敵意を向けられた。帝国の紋章が入った馬車には方々から石が投げられる。びくともしない頑丈な造りではあるが、気持ちのいいものではない。それに、馬と馭者が可哀想だ。ルビーローズは閉めていたカーテンを開けて、窓の外を一瞥する。すると、目が合った人間が怯み、波紋のように広がって投石はぴたりと止んだ。睨んだつもりはなかったが、赤髪が効果的だったのだろうか。


 「今からでも帰りませんか?」


 アースがうんざりしたように尋ねたが、ルビーローズは首を振った。


 「アースは帰ってもいいよ」

 「冗談を。もし俺が帝国へ帰る時は、あなたを抱えていますよ」


 肩を竦めるアースを頼もしく思いながら、ルビーローズは目的地である城へと辿り着いた。




 「――女帝の娘。この国はお前の母を憎んでいる。お前とて例外ではない。この国の民の血税がお前を養うために存在するわけではないこと、ゆめゆめ忘れるな」


 開口一番、若き王はそう言った。綺麗な顔立ちをしているのだろうが、今ルビーローズに向けられている顔は眉間に皺をよせ、不機嫌そうなものであったため、手放しで褒められるものではなかった。

 顔の美醜はさておき、先程の言葉の意図としては、王妃としての待遇を期待するなと言いたいらしい。予想できたことだったから、ルビーローズは素直に頷く。

 王は舌打ちをした。


 「再三に言っておくが、少しでもおかしなことをしたら、命はないと思え」


 吐き捨てるように言うと、王が合図を出した。すると、一人の青年が現れる。明らかに身分の高い服装をした貴公子だ。誰もが彼に熱い視線を注ぐ。青年がルビーローズを見た。

 大変に美しい青年だった。――美しすぎる。

 しかしそれよりも何よりも、ルビーローズが真っ先に思ったのは違うこと。

 

 ――見たことがある。

 

 それが真っ先に抱いた感想だった。

 そう思った時には、美しい青年が口を開いた。


 「私はこの国の第二王子、クラウディス。あなたの夫になる男だ」


 それがかつて人質として帝国に囚われ、ルビーローズとアース、二人が助け出し逃がしたかつての青年だと、ようやく思い出したところだった。

お読みいただきありがとうございました。

すこぶるどうでもいい設定をちょっとだけお話しすると、帝国は元々女系の血筋で、初代女帝はブラッディローズ。どんな政を敷いたかは推して知るべし。彼女以外にも帝国は歴史上女帝が多く、そして女帝だと大体暴君です。そして歴代と比べても凄まじい暴君ぶりを発揮したのが、ルージュローズでした。


また、作中でルビーローズが「王妃として~」と言っていますが、彼女は「王室に嫁ぐ」とだけ聞かされていたので、王妃だと思い込んで来たのです。実際は王子妃だった、ということでした。

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