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傾国の王子

思いついた設定を書きたくてお話っぽくまとめたものです。

読み辛い箇所多々あると思いますが、広い心でお付き合いいただけると幸いです。


 とある小国に、第二王子が誕生した。


 国中がその誕生を祝った第二王子はクラウディスと名付けられた。

 クラウディスはすくすくと成長していったが、一つ特筆すべき点があった。――あまりに美しかったのである。

 両親も兄王子も美しかったが、クラウディスは飛び抜けていた。小さな頃から愛らしかったクラウディスだが、成長するにつれてその美しさが際立っていく事を、誰もが無視できずにいた。


 ――クラウディス王子は大層お美しいらしい。

 そんな噂がまことしやかに国内で広まったが、国民達は「それはそうだろう」というばかりだった。


 「あの国王陛下と王妃陛下のお子様で、美しくないわけあるかい」

 「王太子様だって、大変素敵な御方ではないか」

 

 皆が口々に言った。平民にとって、王族の姿なぞ滅多に見られるものではない。行事でお姿を拝見しても、バルコニーを見上げる国民達から、小さな王子はとても見づらかったのだ。

 それでも、自国の王子が美しいと評判で悪い気はしない。国民達は、それくらいの気持ちだった。

 そして。

 クラウディスの十歳の誕生日、生誕十周年を記念したパレードが開催された。

 馬車で王都の城下町を周るそのパレードで、国民達は初めて間近でクラウディスの姿を見ることになる。そこで彼らは、噂が全く以て真実であった事を知ったのだった。いや、真実ではない。大層美しいなどというレベルではない、美しすぎる。

 その美しさに誰もがくぎ付けになった。馬車を迎える時の歓声は、いざ馬車が目の前を通ってクラウディスの姿を見つけると静寂となり、遠ざかっていくと呆然としていた民衆が我に返って凄まじい歓声を挙げ、それが波紋のように広がっていく。

 

 ――クラウディス王子は大層お美しい!


 誰もがその美しさを称え、彼を題材にした詩が何篇書き起こされたのか。肖像画を売り出せば、飛ぶように売れる。

 こうして、クラウディスの美しさが国民に広く知れ渡ることになった。

 同時に、国外でも噂されるようになった。外交では「ぜひともクラウディス王子にお会いしたい」と念を押されることが増えてゆく。

 求められれば、悪い気はしない。両陛下は自慢の我が子を惜しむことなく挨拶に連れ歩き、クラウディスの名と美しさは国外にも瞬く間に広まっていった。

 国内外から婚約の申込が相次ぎ、釣書と一緒に貢物も贈られてくることもあった。中には国宝が贈られてくることもあり、恐縮しながら送り返すこともあった。

 いつしかクラウディスは「傾国の王子」と呼ばれるようになっていた。

 

 両親はクラウディスの結婚に関して、本人の自由にしてほしいと思っていた。国の事情で振り回している自覚はあったし、その美しさから不自由することも多いだろうから、せめて結婚相手は自分で選ばせてやりたいと考えていた。王太子である兄もこれには賛成していた。自身が即位した後、臣下として城に残ってくれてもよいし、爵位を与えて領地で暮らしてもよいと考えてる。国民も、クラウディスを大切に思い、政略結婚なんてしなくてよいと声を上げている。


 「ありがとうございます、父上、母上、兄上。僕はこの国と民達に、必ず報います」

 

 クラウディスは、国中に愛されている事を深く感謝し、国に貢献したいと考える素晴らしい心の持ち主でもあった。


 しかしいくらクラウディスが美しかろうと、世界の全てが彼に優しいわけではない。

 ことは、クラウディスが十二歳の時に起こった。

 毎日山のように届くクラウディス宛の釣書。そこに、帝国から届いたものが現れたのだ。それも――皇帝から。

 帝国は、この大陸で一番広い国土を持ち、強い軍事力を持つ強国だった。クラウディスの国とは比べるまでもない。

 現在の皇帝は女帝、ルージュローズ。燃えるような赤い髪を靡かせ、自ら戦場へ赴く女傑でもあった。それくらい、あちこちに戦をけしかけては勝利して領土を広げるを繰り返していた。その理由も好きな食べ物を毎日城まで届けるためのルートが欲しかっただの、美しい宝石の産出地が欲しかっただの……欲しいものは力づくで手に入れるのである。自分の欲を満たすために戦争を起こす事、ひいては民を危険に晒すことを厭わない。

 暴君にして無敵の女帝――それがルージュローズだった。

 そんな彼女が次に目をつけたのが、クラウディスであった。彼の美しさは当然、女帝の耳にも届いており、実際に彼女の生誕を祝う宴で国賓として招待したクラウディスを目にした時に、手中へ収めることに決めたのだ。

 当然、クラウディス本人も、両親も難色を示した。

 釣書が届いている――これはつまり、女帝の伴侶として望まれているのだ。

 ルージュローズは御年三十六歳。クラウディスとは二回りも年が違う。彼女の夫、皇配は数年前の遠征で逝去しているが、二人の間には後継者となる子供がいたはずだ。クラウディスと歳もさして違わない。

 大国の女帝相手に断るのは難しい、さりとて婿として出すには抵抗がある。それが為政者であり人の親である両親の心境だった。これは二人のみならず兄王子、国民、そしてクラウディス自身の考えでもあった。

 散々に悩んだ結果、両陛下は帝国へ向けてお断りの返事を出すことにした。貢物をたんまり、そして毎年開催される女帝の誕生日祝いの席には必ずクラウディス本人が出席することを約束して。

 返事を伝えに行った使者が無事に帰還し、王族も、国民も安堵した。――しかし。

 

 それから三ヶ月もしないうちに、国は滅亡の危機に瀕した。

 帝国が、宣戦布告もなしに攻め込んできたのである。元より国力は歴然、小さな国はあっという間に蹂躙され、最後の砦であるはずの王城もあっさりと陥落した。

 帝国軍は女帝自らが率いており、縄を打たれた王族を前に、玉座に座った女帝は堂々と言った。


 「私はコケにされることが許せない」


 求婚の断わりは、彼女にとって屈辱だった。

 縛られたクラウディスをまっすぐに見つめる。そこに恋するような熱も、愛するような甘さもない。


 「美しいクラウディス。お前が私のものとなり帝国へ来るのなら、今すぐ戦争を止めてやる。この者達も、殺さずに幽閉で留めてやろう。どうするか選べ」


 恋でも愛でもないから、クラウディスに何かをしてやりたいなんて思わないのだ。ただ欲しいだけ。

 クラウディスに与えた選択肢だって、あってないようなものだ。クラウディスは両親や家族をできるだけ視界へ入れないように、頭を垂れた。


 「……女帝陛下の仰せのままに。どうか、家族と国民をお助け下さい」


 にんまりと笑ったルージュローズはクラウディスへ、自分の靴の爪先にキスするように命じた。クラウディスは縛られたままでどうにか立ち上がって女帝の足元で跪き、血と泥で汚れた軍靴にキスをした。涙がこぼれたが、それは屈辱からではない。たったいま口に入った血は彼が愛する国民の血、土は彼が愛するこの国の誰かが生活していた土地が焼き払われた焦土である。

 彼は自分の無力さと、国民への申し訳なさで泣いていた。


 こうして帝国軍は、王城の財宝と、至宝でもある「傾国の王子」を奪って引き揚げていった。

 王国は帝国の属国となり、王室は廃止され王と王妃、王太子はそれぞれ別の場所へ幽閉されることになった。


 

 

 帝国に着いたクラウディスは、豪華な部屋へ通された。自国の自室よりはるかに広く、豪奢な部屋だ。クラウディスが知ることはないが、女帝の部屋と遜色ないほどの素晴らしさであった。しかしこの部屋に入って一番に目に入るのは、部屋の中央に置かれた巨大な鳥籠だった。明らかに鳥を入れるためのものではない。


 「お前の部屋だ」


 やはりというべきか、クラウディスはその籠の中に入れられた。籠の中は分厚い絨毯が敷かれ、少し狭いが寝転がることもできる。だからと言って許容できるものではない。クラウディスは抗議のつもりで籠の檻につかみかかったが、その手をそっと包み込まれる。ルージュローズだった。


 「私の婚約者は嫌だというから、ペットにすることにした。暇があれば会いに来るから、いいこにしているといい」


 ねっとりとした触り方に思わず手を叩き落してやりたくなったが、続く一言でクラウディスは停止した。


 「お前がいい子でいればいるほど、お前の家族の寿命は延びるのだから」


 そうだ。クラウディスは戦利品であり捕虜であり人質なのである。家族の運命は、クラウディスがいかに女帝に気に入られるかにかかっているのだ。彼はじっと堪え、女帝が自ら手を離してから、ようやく自分も手を離し、やがて女帝が退出し部屋に誰もいなくなると、ずるずるとその場に座り込んだ。


 「父上……母上……兄上」


 最後に見た姿は、薄汚れて縛られた姿だった。あれからどうなっただろう。きちんと縄を外されて、ちゃんとした部屋へ移してもらえているのか。


 「皆……」


 城に仕えていた官吏や使用人、騎士達。それに国民達。誰もかれもがクラウディスを愛していると言ってくれた。何があってもお守りするぞ、なんて笑いあいながら。彼らの何人が、生き残れたのだろう。


 「……ごめんなさい……」


 「傾国の王子」は、美しい泣き顔を誰にも見せることなく、泣き続けていた。

 


 

 クラウディスの毎日は、どんどん色褪せていった。

 彼の部屋へ入ることは基本的に禁止されているようで、女帝はいつも一人で現れた。部屋の椅子に腰かけて、ただクラウディスを眺めて笑っている。話しかけてくることもあるが、無理に触ろうとはしなかったし、籠から出すつもりはそもそもないようだった。女帝の趣味なのか、やたらと透ける布で作られた衣装を着させられたクラウディスは、隠れる場所もない籠の中で羞恥に耐えていた。

 女帝以外に入ってくるのは女帝直属の侍女くらいで、部屋の掃除や食事の差し入れなど以外では誰も来ない。始めはちらほらと覗きに来る者もいたが、女帝が「誰も来なかったか」という質問にクラウディスが正直に答えるので、覗き見た者は罰せられ、それが何度か続くとぱたりと来なくなった。いい気味だ、と思う自分は性格が悪いのだろうか。

 籠に入れられたままでは筋肉が衰える一方で、立って歩くことすらできなくなるかもしれない。

 そんな恐怖を覚えたクラウディスは、女帝に運動の許可を申し出た。女帝は面白がり、自分が同伴していればよいと答えた。その結果、『女帝の気が向けば』一日少なくとも十分ほど、クラウディスは首輪に繋がれて「散歩」をすることを許された。当然、首輪の先の鎖はルージュローズが握っている。羞恥と屈辱には耐えた。自分は耐えるだけでいいのだ、死んでいった者たちに比べたら痛くもかゆくもない……そう自分に言い聞かせながら。幸いだったのは、女帝がクラウディスを人目につけることを嫌がり、誰もいない場所を選んだことだろうか。おかげで、奇異な目で見られることはなかった。

 

 羞恥と屈辱、だが家族の為に死ねない執念。クラウディスの心は日に日に死んでいった。目に映るものが色褪せて見える。女帝の燃えるような赤髪ですら、随分と褪せているように感じていた。

 このまま全てが色を失ったら、自分は死ぬのだろうか。

 そんな考えが何度も頭をよぎるようになった頃、クラウディスは十六歳になっていた。

 四年の人質生活の間、クラウディスは外の情勢を知らないままだった。女帝は政務のことを持ち込まないし、クラウディスも自ら何かを尋ねることはなかった。

 祖国の事だけは尋ねようかと考えたが、結局聞けずじまいだった。既に『最悪』を予想してしまっており、その通りだと言われるのが怖かったのだ。

 何も知らず、このままここで朽ちた方がよい……。そんな考えが浮かぶようになった。

 

(そういえば、最近、あいつが来ない……)


 女帝の訪れがないという事にふと気づく。それだけではなく、掃除は全然来ていないし、食事も時間はバラバラ、内容も適当だった気がしてきた。気に留めていなかったので、『そうだったかもしれない』というくらいだが。


(そういえば、今日の食事はあったっけ……?)


 そんなことも思い出せない。でも喉が渇いている、気がする。

 思考が鈍っていることを自覚した頃、ガチャ、とドアノブが回る音がした。反射的に背筋が伸び、視線がそちらを向く。ぼんやりとしていた思考も、ある程度明瞭さを取り戻そうとしていた。


(来たのか……?)


 しかしドアは開かない。鍵が開いていなかったらしい。カチャカチャと解錠する音が聞こえ、今度こそドアが開いた。


 ――深紅の髪。燃えるような赤とはまた違う、宝石のような赤。まるで、命の輝きを見ているかのようだ。思わず見惚れるほどに美しい。

 ルージュローズではないと、その時点で分かった。クラウディスの目に、あの女の髪がこれほど美しく映った事はない。

 クラウディスが呆然と見てしまったその人は、あの女帝とよく似た色彩でありながら、全然違う鮮やかさを持って現れた。


 「クラウディス王子殿下ですか?」


 凛としたその声に、クラウディスは反感を覚えた。

 知っていて当たり前のことをわざわざ聞かれたことへの苛立ちかもしれないし、女帝と似て非なる女に拒絶を覚えたからかもしれない。


 「……違うと言ったら?」


 吐き捨てるように言った声は掠れていた。睨みつけるように女を見ると、女は予想外に困った顔をしていた。


 「どうしよう。違うのかな? ねぇ、違う?」

 「知りませんよ」


 うんざりしたような男の声がして、そこで初めて、クラウディスは赤髪の女以外にも人がいたことを知った。浅黒い肌に黒髪の、鎧を纏った男だった。そしてクラウディスはようやく、女も鎧を着ている事に気付き――来訪者は、武装した二人組であることを知ったのだった。


 「ごめんなさい。間違えたのかも」


 赤髪の女は謝罪すると、「別の部屋も探してみよう」と男に指示を出してクラウディスに背を向ける。


 「ま、待て……」


 クラウディスは無意識のうちに呼び止めていた。二人の視線が集中する。

 

 「……ぼ、僕がクラウディスだ」


 自分で皮肉を言っておいて自分で訂正する情けなさに恥ずかしくなるが、女は気にした様子もなく安堵の息を吐いた。


 「ああ、それならよかった」


 女は膝をつき、座り込んだクラウディスと目を合わせる。


 「突然失礼します、クラウディス王子殿下。私達は、殿下をこの城から逃がすために参りました」

 「逃がす?」

 「そうです。この城を脱出する護衛を、私達が。そこからは仲間が手引きして、あなたを国外へ逃がします」


 逃げられる? ここから?


 「――そんなことをしたら、家族が」


 殺されてしまう。

 真っ先に頭に浮かんだのがそれだった。

 クラウディスは自身の自由よりも、家族の安全が何より大切だったのだ。

 赤髪の女は、どこか悲しそうにクラウディスを見つめた。


 「殿下……今、帝国は内乱が起きています。あの女は、遠征で国を空けていて……ですが足元に火が付いたことに気付けばすぐに帰ってくるでしょう。その前に、あなたはこの国を出なければなりません」

 「内乱?」


 驚いた。そのようなあわただしさ、物々しさは、一切伝わってこなかった。


 「はい。女帝は戦争をしすぎました。民を顧みず搾取し、領土を無秩序に広げて自身の欲を満たす。これを良しとせず皇弟殿下が立ち上がり、決起されたのです」

 「皇弟……」


 女帝の弟。帝国は長子が帝位を継ぐことになっているから、姉であるルージュローズが皇帝として即位したのだと学んだことがあった。


 「急ぎましょう。女帝が留守にしている今が最大のチャンスです。あの女は自分のものを横取りされることを嫌いますから、鉢合わせなんてことになったら大変です」

 「……」


 女騎士は立ち上がると、鳥籠の鍵を開けてクラウディスへ手を差し伸べたが、彼はその手を取れなかった。まだ迷いがあったのである。

 本当に逃げ出してもいいのか。一か八かなら、ここの留まっていた方が安全なのでは。もし逃げたことがばれたら、家族どころか、国民まで殺されてしまうかもしれない……。


 「殿下?」

 「……僕はここに残る」

 「なぜです?」

 「怖いから」


 クラウディスは失う事が怖かったし、何より女帝が怖かった。あの女の怒りを買いたくない、自分がここにいるだけで守れるものがあるのなら、その方がよい……そう思ったのに、女騎士は伸ばした手を引っ込めると、厳しい顔つきでクラウディスを見下ろした。


 「では、お伝えします。――殿下のご両親、国王陛下と王妃陛下は亡くなりました」

 「――え?」


 一瞬、音が消えた。そのせいで聞き取れなかった。そう思いたい。しかし、彼女は非情な現実を突きつける。


 「幽閉されて二年ほどで、国王陛下は病にかかりました。両陛下はあまりよくない環境で幽閉されていたようで、医者が診たときには手遅れだったそうです。この報せを聞いた王妃陛下は、自らお命を絶たれました」

 「そん……な」


 守っていたと、そう思っていたのに。とうに失われていたなんて。

 

 「お悔やみを申し上げます。ですが、王太子殿下はまだご存命です。そちらにも仲間が向かっています。救出次第、国外で王子殿下と合流いただく手筈です。どうか王太子殿下と国へお戻りください」

 「兄上……」

 「はい。たった二人の兄弟で、たった二人の王族です。ここで諦めないでください」


 優しい両親はもういない。でも、優しく頼もしかった兄がいる。待っている。


 「国へ帰りましょう。誰もがあなたを待っているのだから」

 「待っている?」

 「ええ。かの国は、今でも王子殿下の解放を望む声を上げ続けています」

(皆……)


 優しい人達。――そうだ、そういう国だった。

 家族、民、国。

 両親は失われたが、兄がいる。蹂躙されても、生き延びて今も懸命に生きている民がいる。焦土となっても、再び緑を芽吹かせようとする人々が暮らす場所がある。


(僕は自分を犠牲にすることで、全てを守ったつもりでいた……だがそんなことはなかった)


 クラウディスは、囚われてから何もしなかった。祖国の状況を聞くことも、脱出を試みることも、家族や国への援助を願う事も。囚われているだけで満足していたのだ。これ以上できることはない、と。そんなはずがなかったのに。女帝に気に入られていたのだから、もしかしたら祖国のために、できたことがあったかもしれない。両親をもっとよい環境に移してもらったり、祖国の復興に力を注いでもらったり……。

 今更考えても仕方がない。これからできることを考えなければ。

 女が、今一度手を差し出す。


 「さぁ、立って。今度こそ、その手でお守りを」


 クラウディスが弱々しく手を伸ばすと、女が力強くその手を握って、クラウディスを籠から引き出す。その途端、景色が色づいたように感じた。褪せた色が、少しずつ本来の色を取り戻していくように。


 「その格好では一発でばれるので、こちらに着替えてください」


 籠から出て早々に指摘されたのは、透けた布を纏っただけにしか見えない服の事だった。今更恥ずかしくなる。


 「僕の趣味じゃない」

 「知っています。宝飾品は、一か所にまとめておいてください」


 言われた通り、腕やら足やらにつけられた装飾品を外してまとめると、用意された服へ着替える。女は背を向けていた。

 着てみると、ごく普通の、街を歩いている青年が着ていそうな服装だった。ただし、かなり大きい。サイズが合わな過ぎた。

 着替え終わったと声をかけて振り向いた女は、かなり微妙な表情でクラウディスを見た。


 「お痩せになっているから仕方ないとかいうレベルではなくない? アース、あなた適当に選んだでしょう?」

 「いやいや、お会いしたことがない方のサイズを予想して服を買って来いってのがまずおかしいですよ。これでぴったりだったら逆に怖いでしょう」


 ずっと入り口で待機していた、アースと呼ばれた全体的に黒い騎士は不服そうに反論した。女の方が立場が上のようだが、随分と気安い関係のようだった。

 そこでようやく、クラウディスは疑問を口にする。


 「君の、名前は?」


 女騎士は赤い髪を翻して振り向くと、美しい笑顔を浮かべて名乗った。


 「ルビーローズと申します」


 その名がルージュローズの後継者、すなわち帝国の第一皇女の名前であることを、クラウディスは知っていた。


お読みいただきありがとうございました。

本来であればこの話だけで終わるつもりでしたが、ちょっと蛇足が続きます。

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