プロローグ
「よお、シーザリオ」
王宮のサロンに足を踏み入れると、すぐにスナブリン男爵が寄ってきた。
「昨日は楽しかったよ。またうちに来てくれ。妹がシーザリオにまた会いたいって、うるさいんだ。俺もお前と酒を飲みたいしさ」
「もちろん、行くよ。でもダニーとグレッグからも誘われてるんだ、少し先でもいいか?」
「え、ああ、いいよ。ったく、あいつら、抜け駆けしやがって……」
スナブリン男爵がぼやいている間に、リハード子爵夫人とムーラ伯爵の長女エチゼが近づいてくる。
「男同士の友情も素敵ですが、私達のお相手もしてくださらないかしら。シーザリオ様のお話をもっと聞きたいわ。故郷のイリア半島のお話が、とっても面白かったんですの。また聞かせていただけないかしら」
「お安い御用です。僕もちょうどお嬢様方と話したいと思っていたんですよ」
「まあ、お上手。でも嬉しいわ。私の両親もシーザリオ様に挨拶をしたいと申しておりますの。さっそく今夜にでも……」
シーザリオを囲んで、ラグーサ王国の貴族たちが輪を作り始める。
他国から来ている身分なのに、こんなに歓迎してもらえている。なんて嬉しいんだろう。それはシーザリオの素直な気持ちだ。
シーザリオの美しい金髪と女性的な顔立ちは、貴族の子女を熱狂させるのには十分だった。そして剣を持てば負け知らず、馬も上手いとなれば、男たちも羨まずにはいられない。
加えて、いくらもてはやされても鼻にかけたりしない爽やかな性格は、老若男女を問わず、シーザリオの崇拝者を増やしている。こうして王宮の広間を訪れるだけで、人だかりができるほどだ。
「そこまでにしてやれ。シーザリオが困っているだろう」
その一言で、シーザリオを取り囲んでいた人の波が割れる。声の主は、ラグーサ王国を支配する国王バートラム・ラグーサだ。存在感のある黒髪と鋭い目つきは、見る人を自然と威圧する。
戦好きとして知られるラグーサ王国の歴史の中でも、若くして父王を追放して実権を奪ったのは彼だけだ。他国では狂王子として恐れられてさえいる。
けれどシーザリオにとっては、ちっとも恐ろしくない。気の置けない友人のようなものだ。
「お前は俺に呼び出されたんだから、真っ先に俺のところに来い。王の呼び出しを何だと思っているんだ」
「ですが、指定の刻限はまだ先ですよ」
「お前のことだから早く来るだろうと、予定は開けてある。その程度は察するものだろう」
「それは……申し訳ないです」
そこまで甘えられても……と思わないでもないが、隣でリハード伯爵夫人が「まあ、陛下ったら」と口元を抑えて笑っているのを見ると、怒る気にもならない。みんなにも可愛らしく見えているのだろう。
当のバートラムは、周りを見渡しながら、一見すると不機嫌そうに口を開いた。
「それなりの顔が揃っているな。丁度いい。今日お前を呼び出したのは、他でもない。シーザリオ、お前にラグーサ王国の爵位を与えようと考えている」
「えっ」
驚くシーザリオとは対照的に、周囲は一気ににぎやかになった。
エチゼ嬢などは「まあっ! おめでとうございます」と我が事のようにはしゃいでいる。「すごいじゃないか、シーザリオ」と肩を叩くのは、スナブリン男爵だ。遠くに座っていたコンバ公などは、曲がった腰も気にせずわざわざ杖を突きながら寄ってきて「異例の大出世じゃ。いやあ、めでたい」と笑っている。
「いや、しかし、僕は――」
戸惑っているのは、シーザリオ本人だ。
ラグーサ王国の国境を越えた南方、イリア領を治めるアドニア家当主の子であるシーザリオは、ラグーサにとって他国の人だ。そんな僕に……と、喜びよりも戸惑いが勝る。
だが、シーザリオ以外には、誰も気にしていない。
「それに、妹が……ルカがお前を気に入っている。無理強いはしないが、考えておいてくれ」
バートラムの言葉に、皆がさらに沸くが、シーザリオの胃はきゅっと痛くなる。
――今更、言えない。本当の名前はシーザリオじゃなくてオリヴィアだなんて言えない。私が男装をした女だなんて、言えない!
タイトルを考えられなかったのでマジんこで未定です。
何か思いついたら変えるかもです。良さげな案があれば教えてください。