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闇から来るもの 3


 闇から来るもの 3



 一進一退の攻防を続けていた朱姫とクロだったが徐々に均衡は崩れ始める。

 クロの攻撃する時間が長くなってきていた。朱姫は致命傷を与えられるのを避けてはいたが、クロの猛攻にボロボロの状態になっていた。

 フェイントからのクロの突進を避けきれず顔面に受けてしまい鼻と口から血を流し、鋭い爪でセーラー服もスカートも所々切り裂かれ、その切れ目から覗く肌からも血が滲んでいる。

 それでも朱姫は怯む事なく、涙が滲む目でクロを睨みつけていたが、足にもダメージを負ったのかスカートから覗く右足に血が流れブルブルと細かく震えていた。


 朱姫のダメージを察したクロは、耳まで避けた巨大な口を開け跳躍する姿勢をとる。

 どうやら、朱姫を頭から一呑みにして食い千切り、ここで始末してしまうつもりのようだ。唸り声を上げ飛び掛かるタイミングを計っているようにみえる。


 足を負傷した朱姫は動けずにいたが、その場で素早く印契(いんげい)を結び守護の真言(しんごん)を唱える。


「オン•サンマヤ•サトバン 」


 今度は朱姫の方が一手早かった。飛び掛かってきたクロの前に普賢菩薩が現れ、クロの攻撃を跳ね返す。

 攻撃をかわされたクロはくるりと体を回転させ着地したが、そこへ朱姫が痛む足にかまわず間合いを詰め右足を高く上げると、クロの頭に(かかと)を落とす。朱姫の足から腱が切れ骨が砕ける様な嫌な音がする。しかし、クロの頭が地面にめり込む程の凄まじい威力だった。これで決着がついたかと思われたが、クロは頭を振りながら朱姫の足から逃れ、威嚇するように大きく咆哮する。


 この一撃で決めるつもりで足を犠牲にした朱姫は愕然としながらも再び印契(いんげい)を結んだ。

 クロは朱姫が真言(しんごん)を唱える前に攻撃を仕掛け妨害する。しかし、その動きには先刻までの余裕が感じられ無かった。クロも朱姫の決死の攻撃でかなりのダメージを受けたようだった。

 それでも、互いにダメージを抱えながら決して退かずに両雄は攻撃を続けていた。


 だが、クロの攻撃を避けようとした朱姫が、さらに痛めてしまった足の為バランスを崩し仰向けに倒れ込む。そこへ、クロが飛び掛かり朱姫の身体を押さえ付けた。前足で朱姫の両腕を押さえ込んだクロは口を大きく開きトドメを刺そうとした。朱姫は逃れようともがくが、クロは更に強く朱姫の両腕を押さえ付ける。朱姫の腕から嫌な音がした。


「う、うわぁー 」


 たまらず朱姫は悲鳴を上げる。それでも朱姫は涙を流しながら痛みに耐え逃れようとした。絶対に諦めない。その強い思いが表れていた。だがそこへクロの巨大な口が迫る。鋭い牙を目前にした朱姫は自分の最後を覚悟した。そこで朱姫は最後の手段にでる。自分の体に”火神アグニ”を降ろし、自分諸共クロを焼き尽くす考えだ。

 両腕を押さえられ印契(いんげい)は結べないが自分の体を媒体にする為問題ない。朱姫は最後の真言(しんごん)を唱えようとしたが、涙で滲む目にヨロヨロと起き上がるタダユキが映った。ここで”アグニ”を降ろしたら彼も焼け死ぬだろう……。

 朱姫は真言(しんごん)を唱えるのをやめ、迫りくる鋭い牙に目を向けた。もう後、数秒で自分の命は終わる。そう思いながら……。


 その時……。


「クロッ やめろっ! 」


 クロは朱姫を喰らう直前で止まっていた。

 起き上がったタダユキが、クロに近付きその背中を撫でる。そして、クロの下に倒れている朱姫に目を向けた。


「大丈夫ですか? 」


「信じられない 猫魈(ねこしょう)が人間の言う事をきくなんて…… 」


 朱姫は唖然とした表情で呟く。


「それに、あなた この猫の正体を知っていたのね 」


 タダユキは朱姫に手を貸して起こしてあげようとしたが、その腕を見て後ろから抱き上げて起こした。そして、タダユキは朱姫を見つめて言う。


「クロは、クロですよ 」


 いつの間にかクロは、元の黒猫の姿に戻りタダユキの足元で嬉しそうにじゃれついていた。

 タダユキはクロを抱き上げ頬擦りする。


「君がなんと言おうと、クロは僕の大切な友人なんです 」


 朱姫はその様子を眺めていたが、大きくため息をつく。


「あなたがどう言おうと、その猫は危険な魍魎(もうりょう)です あなたは気付いていないと思いますが、この付近では行方不明者が多い おそらく…… 」


「クロはそんな事はしない 僕が保障する 今だってクロは倒れた僕を守ろうとして戦ってくれたんだ 」


 朱姫の言葉を遮るようにタダユキが宣言する。


「あなたが保障しても何の意味もない ですが…… 」


 朱姫は言葉を区切ると、タダユキとクロを見つめる。


「残念ですが今の私では、その猫魈(ねこしょう)を滅する力がありません 今日のところはあなたの言葉を信じておきましょう 」


 そう言うと朱姫は、涙と鼻と口に付いた血を拭い、くるりと(きびす)を返した。そして、右足を引き摺りながら歩き出す。


「朱姫さんっ 」


 その後姿にタダユキが声をかける。朱姫は振り向くと、まだ何かという顔をした。


「腕と足は大丈夫なんですか? 」


 タダユキが訊くと、朱姫は強がりなのかニッコリと微笑む。タダユキが初めて見る朱姫の笑顔だった。


「大丈夫ですよ これくらい…… 」


 そうですか、それならとタダユキは朱姫に向かって言う。


「怪我しているのにすいませんが、分からない事だらけなので、少し説明して貰ってもいいですか 」


 取り敢えず情報は得ておかないといけないと思ったタダユキは朱姫に質問した。


「今は、ネットという便利なものがあるじゃないですか 自分で調べて下さい 」


 えっ?と絶句するタダユキに、用がそれだけならもう行きますと朱姫は右足を引き摺りながら歩き出し、現れた時と同じ様に夜の闇の中に消えていった。


 それを、クロを抱きながら呆然と見送っていたタダユキは、朱姫の姿が見えなくなるとベンチに戻り腰を下ろした。


 そして、改めてクロの顔を見つめる。クロはいつもの様にタダユキの膝の上から、いつもの顔でタダユキを見上げていた。


「クロは、クロだよな 」


 タダユキは再び確認するように言うと、クロの頭を優しく撫でた。



 * * *



 静まり返った深夜の住宅街の路上を、何かが引き摺られていく。


 ずるぅ ずるぅ ずるぅ ずるぅ ずるぅ …………


 路上に残されたのは、()()()()()()()だった………………。






   …… 了



最後までお読みくださり有難うございます。

感想など頂けましたら幸いです。

宜しくお願い致します。


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