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闇から来るもの 1


 闇から来るもの 1




 深夜の住宅街の路上を、何かが引き摺られていく。


 ずるっ ずるっ ずるっ ずるっ ずるっ





 * * *



 タダユキの自宅は、駅から約二十分ほど歩いたアパートである。

 朝、出勤する時は駅までなだらかな下り坂なので楽だが、帰宅する時は逆になだらかな上り坂がアパートまで延々と続くため、疲れている日には勾配が緩やかな大通りをまわって帰るようにしていた。


 この日は、勾配は多少キツイところはあるが距離は短くなる住宅街の中を通り、アパートに向かって歩いていた。

 そして、ちょうどアパートまでの中間地点にある坂の途中の公園への石段に足を向ける。

 七段ほどの石段を上ると公園内に設置してあるベンチに腰を下ろした。

 住宅街の中にある小さな公園であるが、ブランコや鉄棒、滑り台。それに、砂場や水飲み場も設置されているので、休日の昼などは子供や親子連れが訪れ、意外と賑わっているのを目にしている。


 仕事帰りの途中で、この公園のベンチで休む事が、タダユキの日課になっていた。


 ベンチに腰を下ろしたタダユキは、辺りをきょろきょろと見回す。

 すると、公園の植え込みの影から、黒い小さなものが姿を現しタダユキに向かって歩いてきた。

 そして、公園の街灯の明かりの下に来たところで、それは一匹の黒猫だと確認できた。


 黒猫は、ベンチの上にスタッと飛び乗ると、タダユキの膝に前足を置き、乗ってもいいかなという風にタダユキの顔を見上げる。

 そして、タダユキが、いいよと微笑むと黒猫は膝の上に乗り丸くなった。


 ほぼ毎日この時間に公園のベンチに座るタダユキに、この黒猫は懐いていた。

 タダユキの方も、帰り道、ここで黒猫に会うことが楽しみの一つで、この黒猫を撫でていると仕事の疲れが消え癒された。


 この日も黒猫を撫でながら、ふと気付くと遠くでパトカーのサイレンの音が聞こえる。

 ここは閑静な住宅地であるのだが、行方不明者が多いというのがタダユキの印象であった。


 自治体からの防犯防災放送で、行方不明者捜索協力の放送が頻繁に流される。

 もちろん、その後無事発見されたという放送もあるが、行方不明のままの人もかなり居るのではないかと、タダユキは思っていた。


「なあ、クロ 何かあったのかな? 」


 タダユキは膝の上の黒猫クロに話し掛けると、丸くなっていた黒猫クロは顔を上げ、心配ないよというようにタダユキの顔を見つめた。


 何も心配いらない平和な日常の筈だった。



 翌日もタダユキは駅からのだらだらした坂道を上り、いつもの公園に近付いた時、急に生暖かく生臭い風が吹き始めた。

 それも、公園の方から吹いてくるように感じられる。


・・・嫌な風だな ・・・


 タダユキは、普段どおり公園の石段に足をかけ上り始めたところで足を止めた。

 タダユキの目に異様な光景が映ったからだ。


 公園の中、芝生の上に黒いカラスと思われる鳥が居た。但しタダユキは普通のカラスとは何処か違う印象を受けた。

 何故、こんな時間こんな場所にカラスが居るのかも疑問に思ったが、それよりタダユキが異様に思ったのはそのカラスよりも、それを狙うように近付くクロの姿だった。

 クロの姿は普段の猫の姿とはあきらかに違う別の生き物のように見えた。


 クロの毛が逆立ち尻尾も膨らんでいる。そして、クロの尻尾が三本もあった。

 さらにクロの目は燃えるように真っ赤に光り、口も裂けタダユキの見ている前で大きく口を開く。それは人間の頭が楽に入りそうな大きさだった。

 その後、クロは目にも留まらぬ速さで、前のカラスに飛びつく。


 バクッ……


 クロはカラスを一口で飲み込んだ。一瞬の出来事だった。

 そして、クロは満足したように公園の植え込みの中へ入り闇と同化する。

 タダユキは見てはいけないものを見てしまったのではと云うショックで、ゆっくりと石段を下りると、公園には寄らずにそのままアパートまで駆け込んだ。


 そういえば、タダユキはクロにご飯をあげた事はなかった。それでもクロが痩せたりしていなかったので、誰かがご飯を与えているものと思っていたが……。

 実はこういう事だったのか、とタダユキは一人、部屋の中で考えこんだ。


 しばらくは衝撃が抜けず、公園を避けて大通りから帰宅していたタダユキだったが、やはりクロの事が気になり、久しぶりに住宅街を通り公園に向かって行った。

 そして、石段を上がり近くのベンチに腰を下ろす。


「にゃーっ 」


 鳴き声が聞こえた。植え込みの方を見ると、闇の中にクロの目が光っている。

 そして、タダユキが微笑むとクロは一直線に駆け寄り、タダユキの膝の上に乗ってきた。


 久しぶりで嬉しいのか、ごろごろと喉を鳴らし、膝の上で転げ回るクロを見ていると、タダユキは先日目撃した事は夢だったのではないかと思い始めていた。

 が、クロの尻尾を軽く握ったとき違和感を感じる。今までは当然一本の尻尾だと思っていたが、今握ったこの感触は何本かの尻尾を束ねた様な感触だった。


・・・クロ…… お前…… ・・・


 タダユキは、膝の上で嬉しそうに転がるクロを見つめる。


・・・でもクロは、クロだよな ・・・


 クロが何者でも関係ない。タダユキはクロを抱き上げると頬擦りした。



 * * *



 深夜の住宅街の路上を、何かが引き摺られていく。


 ずるっ ずるっ ずるっ ずるっ ずるっ


 引き摺られていたものから、何かが取れ路上に転がった。


 街灯に照らされたそれは、ピンク色のスニーカーだった。


 引き摺られていたものは、そのまま闇の中に吸い込まれるように消えていく。


 そして……。


 ばりっ ばりっ ばりっ ばりっ


 嫌な音と共に、嫌な匂いも辺りに漂った……。








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