わがまま姫の婚約破棄騒動
人は生まれた時からたいてい生きる道が決まっている。
特に長子は家を継ぐ役割がある。
それらを失くした自分は、これからどうするべきなのだろうか。
「殿下、こちらの対応をお願い致します」
「…またか」
文官から渡された書類に軽く目を通し、アーノルドは深くため息をついた。
急ぎの書類だけ片付け、所用ができたと文官に告げ席を立つと、快く送り出された。同情めいた視線がついていたが。アーノルドの補佐役でもある彼は不在の間に必要な書類を用意してくれるだろう。
何せ、よくあることなのだから。
アーノルドは第一王子である。しかし、国王の実子ではなく養子で、国王からすると従姉妹の子だった。
アーノルドが二歳の時、子ができなかった国王が将来を憂い彼を養子に迎えたのだが、何の運命のいたずらか、その五年後に奇跡的に子を授かった。しかも男女の双子である。
実子ができた時点で養子を解消してもよかっただろうが、アーノルドの実母は政略結婚で嫌々結ばれた夫そっくりの息子を厭い拒絶したため養子のままだ。薄いとはいえ王家の血筋をないがしろにはできなかったのだろう。
それゆえ、アーノルドは第一王子でありながら王太子ではなく非常に不安定な立場にあった。
将来は国王になるのだと言われ続け五年。
七歳でその当たり前の将来が崩れ去ったアーノルドは、あれから十五年が経とうというのに未だに未来像が見えないままだ。
養父である国王は尊敬している。だからこそ、アーノルドではなく実子が王位につくべきだと思う。だが、残されたアーノルドはどうすればいいのだろう。
騎士団長になり国の防衛に努めることも考えたが、残念ながらアーノルドに剣の才能がなかった。どれほど努力しても優秀な指導者をつけても並にしかならなかった。
その他の道を探そうにも秀でた才のない平凡さと薄くとも流れる王族の血が邪魔をして、結局王の補佐しかできることがなかった。
今はまだ第二王子が学生だからいいものの、本来は彼のすべきことを奪っているようで、アーノルドはいつでも居心地が悪い。
だが、彼の目下の悩みは別のところにあった。
「リリ」
「お兄様、どうかなさいました?」
紅茶を片手に小さく微笑むのは、書類上の妹であり姫のリリアンヌ。流れるような美しい金髪に切れ長の新緑を思わせる瞳を持つ美女だが、見た目に騙されてはいけない。
「また、婚約破棄をしたそうだな?」
「あら、もうご存知ですの?」
「当たり前だ。誰がその尻拭いをしていると思っている?」
「ふふ、頼りにしてますわ」
「頼りにするほど縁談を次々蹴らないでくれ」
「お兄様、眉間に皺が入っていますわ。一緒にお茶でも飲んでご休憩なさっては?」
「誰のせいだと…」
深いため息の後、アーノルドはリリアンヌの向かい側に腰かける。
アーノルドの悩みは、この妹の度重なる婚約破棄騒動である。重なりすぎてリリアンヌは影でわがまま姫と呼ばれているくらいだ。
彼女の双子の弟であるクリスの婚約者はあっさり決まったのに、リリアンヌの婚約者はいつになっても決まらない。そしてどれもリリアンヌが一方的にはね除けてしまうので後始末に奔走する羽目になるのだ。
ちなみにとうに成人しているアーノルドにも婚約者はいない。先行き不透明すぎる己を支えてほしいなどと口が裂けてもいえないし、周囲の貴族もアーノルドの複雑な立場からわざわざ娘を与えようとはしない。稀に奇特な女性がいてもこれまたリリアンヌが妨害してくる。
アーノルドは生涯独身を覚悟していた。
「リリ、いい加減諦めてくれないか? 特に今回は隣国の侯爵家の跡継ぎだったんだぞ? 下手をすれば国際問題になる。戦争でも起こしたいのか?」
「お兄様がうまくまとめてくださるでしょう? それに、あの方たくさんの女性を侍らせているそうよ。賭博も嗜んでいるとか。いくら政略でもそんな相手ごめんだわ」
「ならせめて私に一度相談してくれ。裏をとって穏便に白紙にするから」
「ああいう男は一度痛い目を見ないと将来の奥方が可哀想よ」
「その痛い目をわざわざリリが与える義理はないだろう? 私はお前の身を思っていっているのだぞ?」
リリアンヌの婚約破棄は一応いつも筋が通っている。相手側に何かしらの問題があるのだ。
恐ろしいところは、アーノルドですら知らない相手の裏の顔を何故かリリアンヌが知っていることだ。時には横領や賄賂などの悪事が発覚し御家騒動まで発展したことすらある。
「お前はいつもどこでそんな情報を知り得てくるんだ…」
「友人に情報通がおりますの。家が大きな商会で外国での暮らしが長くて、たくさんのことを知っていますのよ」
「それと個人の情報は別だろう」
「あら、国内では大人しくしていても異国で気が緩む方もいますし、外国では違った評価を持つ方も多いのよ」
「…学園でいい友人ができたようで何よりだよ」
楽しそうなリリアンヌにもはや何もいう気になれず、ため息を用意してもらった紅茶と共に流し込んだ。
しかし、これだけは言っておかねばならぬと真剣な顔を妹に向ける。
「お前は王女なんだ。せめて学園を卒業する前には相手を決めてくれ」
「そうですわね。でも、お父様次第ですわ。これは親子の我慢比べですの。お兄様を巻き込んでしまって申し訳ないとは思っていますわ」
『親子』
『巻き込む』
リリアンヌに他意も悪意もないのは分かっていても、アーノルドは勝手に傷つく。
アーノルドと国王は本当の親子ではない。実の親も繋がりが薄く、母親にいたっては己を嫌っている。
リリアンヌの言葉は、アーノルドとは家族ではないのだといっているようで、自分の居場所などどこにもないのだと思い知らされる。
「そうだな、本当の兄ではないのにな」
つい、漏れてしまった言葉に自分でハッとした。決して、口にしてはいけないものだった。リリアンヌが目を丸くしている。
「でも、私にとっては可愛い妹なんだ、少々の苦労くらい背負ってみせるさ」
誤魔化しきれていないだろうが咄嗟に言葉を続けて先ほどの発言の真意を覆い隠す。これくらいの話術は身に付けないと王族は務まらない。
口に出した時点で失格だが。
「お兄様、」
「リリ、そろそろ戻るよ。陛下にも苦労をかけないように」
リリアンヌの言葉を遮りアーノルドは席を立つ。不自然でもこれ以上この場にいたくなかった。
リリアンヌは大切な妹だ。兄として、子どものように家族を求めている己を知られるわけにはいかない。
「お兄様、大好きですわ」
リリアンヌの顔は、見れなかった。
はて、これは一体どういうことか。
アーノルドは国王陛下の召集の命により謁見の間に足を踏み入れていた。
そこで目にしたのは、国王に詰め寄る姫の姿だった。
「お父様の分からず屋!!いい加減決断なさってください!」
「いや、だが」
「だがも何もありません!」
早急に返答が必要な案件を片付けてから向かったため、遅くなったアーノルドに非はあるが、状況がさっぱりわからない。
少し離れた場所でリリアンヌの双子の弟のクリスが控えている。どうやら兄弟全員が呼び出されたようだ。クリスと目が合うと、彼は呆れたように軽く肩をすくめてみせた。
「クリス、何事だ?」
未だ国王とリリアンヌの言い争い、というよりもリリアンヌが一方的にまくし立て、国王が口ごもっている様が続いている。
アーノルドは二人に気付かれぬようこっそりクリスの隣に移動し、小声で訊ねる。
「父上の往生際が悪いって話かな」
「いや、もっと具体的に教えてほしいんだが」
「僕らはずっと父上に提案していたんだけど、まだ先でいいって言われていたんだ。こうして全員を呼び出したんだからやっと決心したと思ったのにまだ渋っているからさ」
さっぱり話題が分からない。
かろうじて、リリアンヌだけでなくクリスも国王に反発していることが分かった。実の親だからこその遠慮のないやりとりがあったのだろう。
「あ、お兄様!お兄様からもいってください!」
ようやくアーノルドの存在に気付いたリリアンヌが振り返って話を振ってくるが、やはり内容が分からない。
「いや、だから何を、」
「早くお兄様を王太子に決めてくださいって!!」
「はあ!?」
思わず、場にそぐわないすっとんきょうな声が出てしまった。
何をどうしたらそんな話になる。
「私にそんなつもりはありません。クリスが王太子になるのが筋でしょう」
「ほら!お父様の決断が遅いからお兄様が勘違いするのよ!」
「勘弁してくださいよ、僕は王位に興味がありません。兄上が適任でしょう。父上だって本来の王太子の仕事を兄上に押し付けているんですからそう思っているのでしょう?」
驚きすぎて、今度は声も出なかった。
アーノルドとて己のこなす職務が少々越権行為なのは気付いていたが、あくまでクリスが卒業するまでの繋ぎだと思っていたのだ。
「ですが、私では王家の血が薄いのです。陛下の実の息子がいるのに養子の私が王位を継ぐ必要はありません。周囲の反発もあるでしょう」
「だから、私がお兄様の妻になります!お父様は早く私たちの婚約を決めてください!」
「なんだって!?」
アーノルドは思わず声をあげる。
誓っていうが、リリアンヌと恋仲な事実はない。本当の妹のように思っている。リリアンヌと結婚など考えたことがなかった。
「まあ、正直一番みんなが納得する形ですよね」
アーノルドの隣でクリスが腕を組みながら冷静に言葉を紡ぐ。
「僕は国王よりも一介の研究者になりたい。卒業後も学園に残って研究室に入るよう話を進めているところです。婚約者のエリナも同じ志を持つ仲間ですし。僕らは学問を通して国の発展の手助けをしたいと思っています。
兄上は実力があるしリリが後ろ楯になれば誰も文句はいえないと思いますよ。
学問に集中したいのに僕を担ぎ上げようとする貴族連中が鬱陶しいし、早いとこ次の王を決めてもらってリリの相手も決まれば問題がまるっと解決します」
クリスの夢をアーノルドは知らなかった。
人は生まれた時からたいてい生きる道が決まっている。
クリスは産まれた瞬間から、王になる道が決まっているのだと思っていた。
「で、ですが、陛下のご意志は…」
「私も、次の王はアーノルドだと考えている」
「!!」
初めて語られる王の思惑に、アーノルドは再び固まる。頭が真っ白になって何も言葉が出てこない。
「だが、私は出来る限り長く王でいるつもりだ。早くに王太子を決める必要はないと思っている」
「お兄様はもう成人ですわ。お父様はご自分が若くに王になっていろいろ苦労なさったそうですが、お兄様を王太子にするくらいいいじゃないですか」
「王太子とて責任は重い。若さゆえの過信も生みやすいだろう」
「お父様とお兄様は違います!実直という言葉がそのまま服を着て歩いているようなお兄様が道を踏み外すとお思いですか!?」
褒めているような、貶しているような。
しかも実子であるゆえ目を瞑られようが国王に対して不敬もいいところである。普段ならばアーノルドがリリアンヌをたしなめるところだが、生憎彼は未だ思考停止状態だった。
「アーノルド」
「は、はい!」
国王から名を呼ばれ、条件反射で返事を返すことでようやくアーノルドの頭が緩やかに回転を始める。
「我が子になった瞬間から、お前は私たちの希望だった。
無邪気に慕ってくれる幼いお前がいたから、若い時分の大きな過ちと向き合い、我が身を見詰め直し再起できた。アーノルドがいなければ私は大臣どもの傀儡となっていたやも知れん。
お前の父として憧れの王として、情けない姿を見せられないと思えたのだ」
幼い子どもでは分からなかった王の心。
自分は、必要とされていた。
「王妃も同じだ。世継ぎの存在ができた安心感だけでなく、母として懐くお前を見て、世継ぎと関係なく素直に己の子がほしいと思えたそうだ。血の繋がりなど関係ない。お前は間違いなく私たちの子どもだ」
ちなみに、王妃はこの場にいない。
高齢での双子の出産で思うように体が回復せず、本当に重要な公の場以外では自室で過ごしている。しかしアーノルド含め子どもたちを愛情深く育て上げ、書類捌きなど内業をバリバリこなす彼女を賞賛する者は多い。
「子どもに要らぬ苦労はさせたくないとあえて王太子にはしていなかったが、そのせいで要らぬ心配をかけさせたようだ。すまなかった」
「…いえ、一度たりとも陛下のお考えを聞こうとしなかった私に非があります」
アーノルドは何も知らなかった。
いや、あえて知ろうとしなかった。
自分が誰からも必要とされない存在だと思い知りたくなかったから。
実の母親からの拒絶。
養子である後ろめたさ。
周囲の悪意の声。
それらばかりに目を向け、大切な家族に見えない心の壁を作っていた。
「アーノルドを王太子にし、リリアンヌを婚約者とする。各書類を早急に用意するゆえ、中身をよく確認するように」
「は!」
「この発表によりそれぞれ周囲が煩くなろう。発表の時期等は追って相談する」
昔消えたと思っていた王になる道。
それがあっさり目の前に戻ってきた。
アーノルドが王太子、将来の王になる。
未だ実感が湧かないが、夢でなければいいと心から思った。
「リリは、私が相手でよかったのか?」
国王が子ども三人に王太子の決定を告げた数日後。
アーノルドはリリアンヌと会う時間を作り、茶と菓子の用意をして彼女を迎え入れた。
アーノルドが王太子になるのにリリアンヌと婚約すれば王家の血が薄れる心配がない。
それは分かるが、大切なのは妹の気持ちだ。
あんなにも婚約破棄を繰り返していたリリアンヌが兄と慕う男と婚約など受け入れられるのだろうか。
まだ世間に公表しておらず、書面も作っている最中だ。今ならまだ撤回も間に合うはずだ。
そう思ってのアーノルドの発言だったが、リリアンヌはにっこりと笑う。
「もちろんですわ。私は、お兄様、いいえ、アーノルド様を心から愛していますもの」
「え!?」
「ふふ、やはり気付いていませんでしたのね。お父様もお母様も、クリスだって気付いていましたのに」
アーノルドは絶句する。
本当に、自分は家族に対して盲目だったと実感する。
「アーノルド様」
お兄様という呼び方は一種の気持ちの蓋だったのだろう。
そう思えるほど、彼女が呼ぶ自分の名前は甘く、恋情がこめられていた。
リリアンヌはうっとりと笑みを深くする。
「アーノルド様が政を楽しんでいることも本当は王になりたいことも、養子であるため諦めていることも、全て分かっていましたわ。
でも、私、世間でいわれていますように、わがままですの。
大好きなアーノルド様の全てが欲しいんです。
体も
心も
諦めた夢も
ようやく手に入りそうで、私幸せですのよ」
なんて熱烈な愛の告白だ。
七つも年下の、つい最近まで本当の妹だと思っていた少女。
しかし、頬を染め、十五歳なのに大人のような顔で微笑むリリアンヌにアーノルドは自分の心が弾むのを感じた。
きっと、一生自分はこのわがまま姫に振り回されるのだろう。
そう予感しつつも悪い気のしないアーノルドはとっくに彼女に惚れていたのかもしれない。
読まなくても(たぶん)大丈夫ですが、わたあめ令嬢との婚約破棄の未来の話(子ども世代)です。
アーノルドは貧乏くじの苦労人です。
本人は平凡だと劣等感を持っていますが、実は全ての分野で平均ちょい上の成績を出すマルチ型の案外できる人です。
リリアンヌの友達はどこぞの商会代表の末っ子。腹黒の父と聡明な母を持つ優秀な参謀です。
わたあめ令嬢が予想外に読んでいただいて嬉しくて誰も望んでいない未来の話を考えてしまいました。
前回とテイストが違うでしょうが楽しんでいただけたら幸いです。




