ギャル女勇者とポンコツ聖女の百合百合な旅 〜可愛いからキスさせて? そんなの絶対嫌ですからねっ!〜
異世界からやって来たというその勇者は、私の前にある日突然現れました。
「アタシは勇本紗季。 ねぇ、アンタの名前は?」
「……。私はエステル。聖女エステル・スタータです」
「へぇ。アンタ可愛いね。そうだ、アタシと付き合ってよ!」
「いきなりなんですか貴方。出会って早々失礼な人ですね」
この国では見ない類の明るい茶髪、露出度の高いダボっとした衣装。
平民にしたってだらしない服装のサキと名乗る彼女は、私に出会うなり突然そんなことを言い出しました。
聖女として今まで大教会で十年間働いて来ましたがこのような人間は出会ったことがなく、私は戸惑ってしまいます。
しかも驚くべきことに、サキは異世界からやって来た女勇者で、仲間を探している真っ最中だというのです。そして私に白羽の矢が立ったらしいのです。
これが私と彼女の、衝撃的な出会いでした――。
* * *
サキは本当に、変わった人です。
ダボっとした衣装の腰に短い剣をぶら下げており、それで戦うのですが、普通ではあり得ないほどに強いのです。
『ちーと』というらしいですが、私にはよくわかりません。ただわかるのは、サキがあまり戦いを好んでないということでした。
「アタシ、グロ得意じゃないからさぁ。ゲームだったらまだしも、実際目の前で動物が血飛沫でブシャーってなるところとかマジきもいじゃん? アタシ超苦手。誰か代わってくれないかなーなんて」
「私は無理ですよ」
「だよねー。まあ生きるためには戦うっきゃないんだけどさ。うわ、また出たよ」
文句を言いつつ、魔物が出現するとすぐに倒してくれます。
魔物を引き裂き、真っ二つにして圧倒するその姿をきっと誰もが素晴らしいと褒め称えるでしょう。そこだけを見れば充分立派な勇者です。そう、勇姿だけを見れば。
「よし。お仕事完了っと……。はぁ疲れた。あ、そうだ、ちょっと癒されたいからハグさせてもらっちゃっていい?」
「嫌です」
「襲ったりしないって。ちょっとぺろぺろするだけじゃん」
「だからそれが気持ち悪いんです!」
「えー。好きなら女の子同士でもぺろぺろしていいでしょー? つまんないしきたりなんかに囚われてると禿げジジイになるぞー。エステルちゃん、百合百合なイチャラブライフを楽しもうよ」
「何言ってるかよくわかりませんがお断りしますっ」
「もーエステルちゃんったらツンデレなんだからー」
この女癖の悪さを直してくれれば、私も本当に心から賞賛できるのですけどね。
隙あらば私に迫って来ようとするのですが、私がその度拒否するので一応まだふしだらな関係にはなっていません。就寝中にでも襲われれば私に抵抗する力はないものの、どうやらサキは無理矢理に百合百合なイチャラブとやらをするつもりはないようです。
私たちはただの相棒。それ以上でも以下でもありません。
……と言っても、私は一度たりともサキの役に立てたことはないのですが。
悪の魔王を倒すため、手を組んで――というよりサキに引き込まれて仲間にされただけですが――冒険をしている私とサキ。
しかしその実、戦っているのはサキだけ。かすり傷くらいしか負ったことのない彼女に私ができることは少なく、ただサキの戦いをじっと見守るだけです。
サキの強さはおそらく世界一でしょう。どんな魔物に襲われてもきっと彼女ならなんとかしてくれる、そんな信頼感もあります。
しかしだからこそ、私は毎日のように歯がゆい思いをしなければなりません。大活躍している相棒を前に、何もできない私。そんな気持ちをわかっているのかいないのか、サキはいつもふざけたことばかり言って私を笑わせようとします。
サキは、元の世界では『ぎゃる』という人種だったそうです。
聞けば聞くほどだらしない人間にしか思えないのですが、オシャレに惜しみなく全力を注ぎ、つまらないことではしゃぐその姿は少しだけ憧れるところがありました。
ですが私は聖女。彼女みたいにはなれません。
大声を立てて笑うことは許されず、女神様のごとき微笑みを浮かべるだけしかできない、役立たず聖女なのです。
しかしただの役立たずならまだいい方と言えるかも知れません。何せ私は足を引っ張ってばかりなのですから。
魔王軍は常に私たちを狙います。人質にとって人間の国を襲うためです。そして私は今までに十度以上、少しサキから離れた隙に攫われてしまっていました。
もちろんサキからなるべく遠ざからないよう、細心の注意は払っているつもりではあります。ですがそれでも、例えば夜中の火の番の際にサキが眠っていて私が見張り役をしている時などに魔王の使者がやって来たら、自分でも気付かぬうちに攫われていることもしばしば。
ではなぜこうして今無事でいられるかというと、悔しいことにサキのおかげなのです。
暗い洞窟の中でうずくまり、彼女の助けを待っていると、すぐにサキはやって来ます。
何でもないように周囲の魔物をぶった斬りながら洞窟に入って来ると、「も〜アンタが攫われたのってこれで何回目? 攫われ過ぎー」とケラケラ笑いながらも私を助け出してくれるのでした。
そしてこの日も、例によって魔物……それも小さな奴の群れに誘拐されてしまい、またもやサキに救出されました。
いくら攻撃特化ではないとはいえ、小さな魔物にやられたなんて、サキに顔向けできない気持ちでいっぱいです。小魔物であれば腕っ節の強い子供でも倒せるレベルです。
「ごめんなさい。私、情けなさ過ぎますね」
「エステルちゃんがポンコツなのはとっくのとうにわかってることだし。でもアタシはアンタが可愛いから全部許す! 可愛いは正義ってよく言うでしょ? それにアンタがいなけりゃアタシ一人じゃ野営とかできないだろうし、アンタのことは頼りにしてるんだよ。
あ、そうだ、そんなことよりさぁ、助けてあげたご褒美にキスしていいよね?」
「ダメです。いつも言ってるでしょう? 助けてくれたことは、感謝してなくもないですけど。だからと言ってそれとこれとは別……」
「特大ツンデレいただきましたぁ! 何これやばマジで可愛いキスしたい!」
「だから嫌ですってば!!」
先ほどまでのしんみりした気持ちが全部吹き飛んでしまいました。
なんでしょうこの勇者の不真面目さは。『つんでれ』が何かはわかりませんが、絶対ろくでもないことのような気がします。サキは私なんかのどこを可愛いと思うのか、理解に苦しみます。
「ドジっ子属性ありのツンデレとかこれ萌えるしかないっしょ。しかもロリだし。エステルちゃんはアタシのドストライクなんだよ! 理想! 理想系なの! ねーねーお願い、一度でいいからさ〜キスさせてよ」
そんな戯言を言いながら私に擦り寄って来るサキを無視して、私は再びの旅出の準備を始めます。魔王退治の旅は気長にはやっていられません。これから後数度寄り道――もとい攫われた私の救出劇が繰り返されることを考慮に入れると、一刻の猶予もないと言えました。
なのにこんな馬鹿らしいことを言っている勇者も、彼女に引きずられるように馬鹿になっていく自分も、緊張感を全く持ってはいません。
こんな二人組で本当に魔王を討伐できるのでしょうか。私は不安でならないのでした。
* * *
それから旅を続ける中で様々な困難が立ちはだかり、色々と翻弄され続けたのですがそこは割愛しましょう。
数日後、私たちは魔王城を目前にしていました。
紫色の外装で、禍々しい瘴気を発する魔王城を長く見ていると気分が悪くなりそうです。気を紛らわすため、私は口を開きました。
「もしも……もしも魔王を倒せたら、サキは何がしたいですか」
「何それ死亡フラグ立てるのやめてくれない? ……でもまあ、意図して立てた死亡フラグは勝ちフラグになるかもだからいっか。アタシはねぇ、アンタに最初の告白への返事をしてほしいかな」
「最初の告白って、まさかあの『付き合って!』ってやつですか。まさかあれ、本気だったんですか」
かなり驚いて――サキのような言い方をするとドン引きした私に、サキは「本気も本気だよ。ずっと伝え続けてたでしょ?」と彼女にしては珍しく真剣な目で言いました。
それだけで彼女の言葉が本当なのだとわかってしまって。今まで冗談だと決めつけて極力真面目に受け取らないようにしていた私でしたが、認めざるを得ませんでした。
「……わかり、ました。二人とも無事で魔王を倒せたならば、きっと、お返事しましょう」
「期待してるよ。じゃあエステルにも訊いちゃおっかな〜。魔王を倒したらアンタは何がしたい?」
「秘密です。教えてあげません」
「えっ、なんで!? アタシには訊いたくせにそれはずるいでしょーが! ねぇ、答えろってば!」
「言いませんったら言いません。さあさあ、魔王城に入りますよ。あなたの強さだけは頼りにしてますから頑張ってくださいね、私の相棒さん」
「むぅー。後で覚えてなよ!」
私が魔王を倒してからやりたいこと。
そんなのは決まっています。
……恥ずかしながら、私もサキとキスがしてみたいのです。旅を共にするうちにサキの変態癖が感染ってしまったのかも知れません。
いつの頃からだったでしょう、私は口では拒否しつつも心ではサキを求めてしまっていたのは。ポンコツで役立たずな私、それなのに励ましの言葉をかけてくれるサキの優しいところが好きです。私は彼女を、たった一人の同性の相棒を、好きになってしまっていたのです。
今までずっとその気持ちを否定し続けていましたが、もう我慢できません。魔王討伐が成功して世界が平和になった暁には、きっと、彼女の告白に口づけで返事をしてやろうと思っています。
その時が来るのを心底楽しみに思いながら、私はサキと一緒に魔王城へと踏み込むのでした――。