「終ケツ」
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「…気絶したみたいね。もう大丈夫かな?」
「たぶんな。強力な閃光で気絶させたんだ、さすがに肉体に異常が出たら操ることもできまい」
そう言いながら、父さんが露出した尻をしまった。
「暗闇になれた状態からの照明の点灯、そこから追撃のダブルライトニング!これにはたとえ目を瞑っていようが耐えられまい」
「ダブルライトニングって……。変な技名つけないでくれる」
「いいじゃないか、親子の連携技だぞ」
「連携技ねぇ……」
暗闇で音を鳴らして、それを頼りに移動してきた父さんと合流。そして後から近づいてきた男に向かって、二人で最大光度の光を放ったわけだが……。
「この人、視力大丈夫かな?失明してないといいけど」
「まあ目を瞑っていたんだし大丈夫だろう。視力は落ちてるかもしれんけどな」
泡を吹いて地面に倒れている男をのぞき込んだ。
「まだ取り憑いてるのかな?」
「わからん。とりあえず縛ろう」
父さんは、場内にあったロープで男の手足を縛った。
そして、同じく場内にあったバケツで地底湖の水を汲み、その水を男にかけた。
<バシャア>
「うわあ!?なんだ!??」
男が目を覚ました。
「ど、何処だ!ここは!?」
頭を横に振り、水を振り払って、辺りを見回した。
左右に動いた顔が、父さんの方を向いて止まった。そして顔を上げて父さんの顔を見た。
しかし、閃光で視力が落ちて、目に水が入った状態ではよく見えないようだ。
「誰だ!?誰なんだ!?」
男は目を細めて、父さんの顔を必死に確認しようとしていた。
「おい!誰なんだよ、お前は………!」
男の声が焦りから恐怖に変わった。そして表情がみるみる青ざめていく。心なしか顔に滴る水の量が増えた気がする。
「化け物!?」
男の驚きと恐怖の叫びが洞窟内に響いた。
「憑き物が落ちたのかな?」
「うーん、演技の可能性もあるしなあ…」
男をどう対処するか決めかねていると、門の方から物音が聞こえた。
そちらに目を向けると、門扉の向こうからスマホを手に持った母さんが歩いて来るのが見えた。
「あら、こっちは電気ついてるのね」
門の前まで来た母さんは、スマホのライトを消した。
スマホのライト、その手があったか。
養殖場の人たちも含めて、大の大人が揃いも揃ってスマホのライトを使うことに気づかなかったとは……。
まあ気づいたとしても、私たちのスマホでは役に立たなかっただろう。
父さんのスマホは型が古くて、ライトを点けると本体がめっちゃ熱を持つ、そのせいか一分もしないうちに勝手に消灯してしまうのだ。
私のは、急に家を出ることになったので充電が不十分で残量がわずかだ…。
「おーい、あけてー!」
母さんが、両手で門扉の格子をつかみ、大げさに揺らしながら笑顔でこちらを見ている。
父さんが男の服を調べ始めた。鍵を探しているのだろう。
男のリュックの方に鍵が入っているかもしれないので、私はそちらを調べようと思った。
しかしその必要はなく、間もなく父が鍵を発見した。
父さんは門まで行くと南京錠の鍵を開けた。そして母さんを連れて、私と男の方に戻ってきた。
「何しに来たの?」
「忘れ物を持ってきたのよ。イルミンったら玄関にスマホ置き忘れてたのよ」
父さんが頭をかいた。
ライトとして使えないスマホは、そもそも持って来られてすらいなかったようだ。
「それより…」
母さんは、怯えながらこちらの様子を伺っている男の方を見た。
「何なの?この生臭い人?」
私と父さんは、事の次第を母さんに説明した。
「つまり、この人が養殖場に忍び込んで照明を壊して、あなた達が修理に来るまで暗闇の中で待ち伏せしていたわけね」
「そう、それで昔の恨みだの、憑りついただの言って襲い掛かってきわけだ」
「ふ~ん、でもこのとおり返り討ちになっちゃたと」
「そうそう。今は、リベンジャーがまだ憑りついてないかどうか様子見中なの」
「ふむふむ」
事情を一通り聞いた母さんは、男の方に歩み寄っていき、大きな目でギョロリと男を見た。
「大丈夫よ。もう憑りついていないわ」
「わかるの?」
「ええ。霊なんて普通に見えるし、怨霊のつき具合ぐらいわかるわよ」
「幽霊なんてそんなオカルトな」
相変わらず父さんはそんなことをのたまっている。
「まあ、この世を彷徨う霊の数自体が少ないし、その殆どは人間には見えないからね。元人間のイルミンには見えないのかもね」
「私も見えないんだけど」
「うーん、私の血が入っているから、あんたにも見えるはずなんだけどね…。ねえ、この人を見た時に、見た目におかしいところはなかった?」
「うーん、袴と道着姿で刀を持ってること以外は特に……」
「そっか…。霊には、見た目からあからさまに憑りついてるのが分かる奴と、憑りついていることを隠すのが上手い奴がいるんだけどね。多分この人に憑いた霊は見た目からは憑いてるのを悟らせないタイプだったのかもね」
「そういうもんなの?」
「はいとは簡単には言い切れないわね。霊も千差万別だからね。今度じっくり教えてあげるから、機械いじりばっかりしてないで、外に出て一緒に霊を探しに行きましょう」
「いや、いいよ。そこまではしたくない」
それを聞いて、母さんはぷくっと頬を膨らませた。その膨らみを父さんが指でゆっくり突いた。母の口から空気が抜けた。
「まあ、人間に取り憑いて悪さするぐらいの力を持った霊なんて滅多にいないし、珍しい体験ができてよかったんじゃない」
「そんなに珍しいの?」
「そりゃそうよ。もしそんな霊があちこちにいたら、世の中大パニック。ニュースで死者の復讐が報じられまくりになるわよ」
「へぇ」
こんな感じであれこれと話していたが、一つ重要なことに気が付いた。
「またあの霊が誰かに憑りついて、襲ってきたりするのかな?」
「大丈夫よ。大抵の場合は、憑りついたの体から引き離された時点で力を失うから。憑依中の体から引き離されても平気な霊なんて稀中の稀だから」
「それって、稀中の稀に当たるフラグじゃ……」
「そんなわけないない。そんな力を持った霊が近くにいるなら感覚でわかるから。大丈夫、安心しなさい」
母さんがそこまで言うなら大丈夫なのだろう。
そんな感じで話をした後、私たちは男を連れて地上に戻った。
男はこの後、記憶を混濁させて眠らせてから人里に返される。持ち物から身元と住所はわかるので“あの人達”なら簡単にやってくれるだろう。
“あの人達”とは、今回のように私達と人間が不要な接触をしてしまった時に、うまく処理してくれる専門職の人たちだ。
その人達に男を引き渡した後、私と父さんは男が壊した照明設備を修理して復旧させた。
―――――
家に帰った私達は、母さんに傷の手当てをしてもらった。
二人とも結構深く斬られたが、一週間ほどあれば綺麗に治るだろう。
妖怪さまさまである。人間や動物ならこうはいかなかった。っていうか絶対死んでるはずだ。
傷の手当より照明の修理を優先してもピンピンしてるので、こういう時は妖怪でよかったと思う。
手当をしてもらった後、私と父さんは家を出る前のようにテーブルを囲んだ。
母さんのご飯ができるのを待ちながら、二人で談笑していると、父さんが発泡酒の缶を傾けながら、ふと言った。
「なんで奴は、俺が妖怪になったことを知っていたのかなぁ?」
言っている意味が良くわからなかった。
「どういうこと?」
「奴は“妖怪になった手前を探すのは難儀だった”と言っていた。なんで奴は、俺が妖怪になってしまった元人間だと知っていたんだ?」
「う~ん、人間だと思っていたけど、今日父さんと再会したときに妖怪だったから、妖怪になったと思ったんじゃない?」
「いや、現時点の俺が妖怪だったら、初めて会ったときからずっと妖怪だったとおもうのが普通じゃないか?」
確かにそうだ。
昔男を脅かした時、父さんは妖怪のふりをしていた。そして今日再会した時も妖怪の姿だ。男の視点から見たら、昔からずっと妖怪だったと思うのが自然だろう。
だが、最初からずっと本物の妖怪だと思っていたのなら、あんな発言はしないはずだ。
「奴はなぜ知っていたんだろうな?」
「う~ん……、わかんない」
他の可能性も考えてみたが、しっくりくる考えは見つからなかった。
しかし考えてる途中でひとつ気になることを発見した。
「あの人がなんで父さんの妖怪化を知っていたのかは分からないけど、それ知ったのは結構早い時期だったんじゃないかな」
「何故そう思うんだ?」
「だってあの人、二百年も父さんのこと探していたんだよ。もし長い間人間だと思っていたのなら、五十年探しても見つからない時点で死んだ可能性を絶対考えるじゃん。さすがに諦めるでしょ」
「確かにそうだな。この時代まで探して続けていたということは、早い段階で気づいたからというわけか。…そういえば奴は、時代が進むに連れて探しづらくなったとか言っていたな」
そのことも踏まえてもう一度考えてみたが、父さんも私も何も思いつかなかった。
「……なんで知ってたのかなぁ?」
「ん~もしかして、ただの言い間違いだったんじゃない?」
「そんな元も子もないことを……」
父さんがカクっとうなだれる。
「でもさ、なんでそんなに気にしてるの?」
父さん缶を置き、上を向いて虚空を見つめた。そしてしばらく何かを考えた後で言葉を発した。
「これは俺の直感なんだがな……」
そう言ってから、こちらを向いた。
「俺が妖怪になった原因。それを知る鍵がそこにある気がしてな……」
予想もしていない言葉に少し驚いた。
父さんが妖怪化した原因……。気になって考えたことは何度もある。
「なんでそう思うの?」
「直感って言ったろ、根拠はないよ」
「なにそれ…」
「なんとなくだがよ……、俺を妖怪にした奴が居たとしてさ、そいつが奴に俺のことを教えたのだとしたら……。なんて思っちまってよ」
根拠のない直感から、随分と突拍子もない筋書きを導き出したものだ。
「ふ~ん。でもそんなの、確かめようがないじゃん」
「そうだな」
父さんは大きく息を吐いて肩を落とした。そしてまた虚空を見つめた。
「俺が変わったあの日、何者かの悪意のようなものを感じたんだ。そしてその日以降も、時々その感覚が肌に薄くまとわりつくんだ」
初耳だった。
父さんが感じた気配、それを放った者がもし本当にいたとしたら…。
そして、その何者かが父さんを妖怪に変えたのだとしたら……。
なんだか空恐ろしいものを感じた。
「でもまぁ、もしそんな奴がいたとしてだ。そいつが悪意を持ってやったことだとしてもよ。お前やあぶると一緒に暮らせる今があるなら結果オーライだな」
父さんは手に持った缶を潰して、新しい缶を開けた。そして大きなおならをした。
「うわ最悪!」
「ハハハッハハ」
私が感じた不穏な空気は、父さんの屁で吹き飛ばされてしまった。
「うわ!屁が尻目にしみる!」
自傷ダメージを負った父さんを横目に、私は消臭スプレーを噴射した。
to be continued.......?
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