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尻目ライトニング  作者: ひんじゃくごりら
地底湖を照らせ!お尻で!
3/4

「酷使されるお尻の目」

この小説は pixiv でも掲載しています。

門の前に居る何者かがこちらに振り向く。


……男だ。着物を…いや、道着に袴をはいている。

「……刀?」

男の腰には一振りの刀が差してあるように見える。

その姿は、どう見てもここの作業員には見えない。


「どうしたんですかー?何か御用でもー?」


父さんは、声をかけながら男の方に足を向けた。私はその後をついていく。

男の方も、私たちの方に向かって歩き出した。だんだんと近づいてくる男は、私の知らない人物だった。

姿形はただの人間のように見える。しかし、私たちの顔を見ても動じる様子がない。ということは彼も妖怪なのだろうか?

男と父さんとの距離が五メートルほどまで迫ったとき、男が足を止めた。それを見た私たちも、歩みを止めて男に向き合った。


「やっと見つけたぞ。変態野郎」


男は怒りが滲んだ声で、父さんにそう吐き捨てた。


「……えーっと、御宅はどちらさん?」


それを聞いた男は、大きく舌打ちをし、首を横に傾けて父さんを睨んだ。

「そりゃ、わかるわけねーよな。二百年も前のことだしよ。それに、そもそも体が違ぇーしなあ」

男が何を言っているのかよく理解できない。

二百年前に父さんと何かあったのか?ということは、やはりこの男は妖怪の類なのか。そして体が違うというのは、一体どういうことなのか。


「俺はお前のせいで死んだんだよ」


男の一言で、父さんの様子が変わった。

「死んだ?俺のせいで……?」

どういうことだろうか。今目の前に立っている男は自分は死んだと言っている。

「ああそうだ。って言っても、手前てめぇは知らねえだろうがな。聞かせてやるよ、あの時のことを!」

そう言って、男は自分が死んだときの話を語り始めた。



あれは夜。月が天高く昇ってる頃合いだった。

俺は商人あきんどの屋敷に盗みに入り、そこで金をたんまりと頂いたあと、夜の堀沿いを急いで帰っていた。

俺はそのときに手前に脅かされた。驚いて逃げた俺は、家に帰ってから盗んだ金をなくしたことに気づいた。

お前に脅かされた時に、動転どうてんして金の入った袋を落としちまったんだ。

俺は急いで探しにもどったさ。月明かりのおかげで金はすぐに見つかったよ。

でもよ、そのとき俺以外にも探しものをしている奴がいたんだよ。しかもそいつも探しものを見つけちまったんだ。

そいつが誰だかわかるか?岡っ引きだよ、岡っ引き。

なんでも、俺が金を盗って屋敷から出ていくところを見ていた奴がいたらしくてな、その知らせを受けて見回りをしていたんだよ。

それからはあっという間よ、俺は捕まって打ち首獄門になったんだ……



男が父さんを睨みつける。


「手前のせえでな!」


長々となにかを語ったと思えば、とんだ逆恨みだ。

「盗みをしなければよかっただけじゃん。逆恨みじゃん」

「ガキは黙ってろ!現代いまに生まれてぬくぬく育った手前に、あの時代の人間の苦労がわかるか!」

「知らないけど、それでも逆恨みでしょ。脅かしたことを咎めるならともかく、自分が捕まったのを父さんのせいにしないでよ」

「正論ポセイドン、さすが俺の娘だ、いいぞもっと言ってやれ」

「いや、もう特に言うことないけど…」


男は顔を真っ赤にしながら大声を上げた。

「俺は首を斬られる時に誓った!この世に蘇ってお前に復讐するってな!」


眉と瞳が重なるほど険しい目つきで父さんを睨みつけながら、腰に下げていた刀を鞘から抜いた。


「妖怪になった手前を探すのは難儀だったぜえ。普段は人目を避けてコソコソしてやがるからな。時代が進んで迷信が隅に追いやられた後なら、なおさらだ」


「死人が蘇って復讐とは、そんなオカルトな」

「父さん、眼の前の現実を受け入れて!」


「約二百年間、来る日も来る日も探し続けて、ようやく見つけと思ったら!嫁っ子貰って娘までもうけてるったあよお!憎たらしい!ああ、憎たらしい!」

男がさらに怒気を強める。

「俺は手前を切り刻むために、剣術の師範に憑いて、体を乗っ取ってきたんだ!覚悟しろ!」


いちいち説明してくれる奴だな。元から喋り好きなのか、それともよっぽど鬱憤うっぷんが溜まっていたのだろうか。

「物理的に蘇生したとかじゃないんだ。悪霊化して人に取り付いてる系?」

「悪霊だなんて、そんなオカルトなことあるわけ……。まあ、仮にあったとしても、剣術師範の体を操ってるのは所詮盗人だろ。そんなうまく体を使いこなせるのかね?」

「うるせえ!完全に体を乗っ取る前に、軽く憑りついて一緒に稽古していたから大丈夫なんだよ!」

「煽り耐性ゼロかよ。それに大丈夫と言い張る根拠も微妙だし」

「だな、ここはいっちょ、逆恨みリベンジャーに厳しい現実を突き付けてやるか」



父さんは手に持った工具箱からスパナを取り出した。そして男の方に顔を向けたまま、工具箱を持った腕を私の方に突き出した。私がその腕から工具箱を受け取ると、父さんはゆっくりと男に近づいていった。


「なめやがって!切り刻んでやる!」

「おう!できるもんなら、やってみろ!」

男が斬りかかる!

「ぎゃああ!」

父さんは、普通に斬られた。

「弱っ!その筋肉は飾りか!」


袈裟斬り(けさぎり)を食らった父さんの体に、肩から斜めに深く長い傷が走った。

あまりの痛さに身をひるがえした父さんの背を、男が容赦なく斬りつける。

背中を斬られた瞬間、海老反りになって悲鳴をあげた。

だが無情にも攻撃は止まず、さらに攻撃を加えようと刀が振るわれる。

背中に迫る刀の気配に気づいた父さんは、その追撃をなんとか躱した。そして、攻撃を外して隙ができた男の横を通り抜けて逃げだした。

男はすぐに父さんの方を向き、その後を追った。


その最中、背を向けて私から離れていく父さんの尻が光った。

しかも一定のリズムで、短く点滅している……。それを見て私は、はっとした。


あ、あの光は!モールス信号!


父さんは男に気づかれないように私にメッセージを送っている。

そのことに気づいた私は、すぐさま繰り返される尻の点滅を凝視し、その意図を読み取った。


「い・ま・の・う・ち・に・に・げ・ろ」


「と、父さん…!」


娘のことを思うケツモールスに、私の瞳は少し潤んだ。



ーーーーーーーーーー


「逃げるな!変態野郎!」


背後から男の声が迫る。

俺は、地底湖とは反対側の壁際まで逃げて後ろに向き直った。


「追い詰めたぞ、観念しろ…!」


男は足を止め、二メートルほど距離を取って、俺の前で刀を構えた。

下手に距離を詰めずに間合いを取られたせいで、左右に逃げることができない。

相手はこちらの全身を視界に収めているので、俺がどんな動きをしようが、それに対応してくるだろう。

もしももう少し距離が近ければ、死角ができたし、こちらが動いてから相手が反応するまでの猶予も短くなるので、色々と仕掛けることができたんだがな。

それに接近している方が、攻撃も避けやすいし、隙ができた時に簡単に逃げられる。

こいつ、ちゃんと間合いを理解してやがる。少し剣術をかじっただけの付け焼刃だとしても正直厄介だ。


「ふふ、どうだ、動けないだろ?」

野郎がニヤニヤと嫌な笑みを見ながらこちらを見ている。


右左どちらに走り出そうが、相手が踏み込んで刀を振るえば、その刃は確実に俺の体に触れる。

かと言ってこの場に留まれば、奴は確実に俺を切り捨てにかかるだろう。

そうなったら、刀を上から振り下ろすようなアホな真似をしない限り、俺に避けるすべはない。


「ははは、手も足も出まい!」


俺が苦悩する様子を見て楽しんでやがる。

だが、幸いにもそのおかげでライトニングから注意がそれている。

この隙にライトニングが逃げてくれれば良い。

おそらくさっきの物音からして、奴は門に錠を掛けたはずだ。ライトニングに渡した工具箱の中に鍵を入れておいたが、もし錠が元からついていたものじゃなく、奴が用意したものだったら開けることはできないだろう。

しかし、ここの倉庫にはチェーンカッターもある。時間さえあれば脱出は可能だ。本当ならこの壁際でなく地底湖側に逃げて時間を稼ぎたかったが、成り行き上厳しかったのでしかたない。

しかし困った。どうやって時間を稼ごう。

先に脱出してくれればライトニングは無事で済むだろうし、俺にも幾分か活路が見えてくる。


とりあえずライトニングの方を確認したいが、奴に感づかれたくないのと、そもそもいつ斬りかかって来るかもわからない奴から目を離すことができない。

思考を巡らせながら奴と睨み合っていると、集中して狭くなった視野の左端にライトニングの姿が映った。

ライトニングは視野の左端から奴の後方に向かって移動している。いいぞ、そのまま気づかれずに奴の後ろを通り過ぎて門まで行ってくれ。


「……?」


おかしい。ライトニングが奴の影に隠れてから出てこない。そろそろ奴の影から出て視野の右側に移動してくるはずなのに……!なぜだ…!


<ガシャッ>


少し離れたところから、複数の硬い物が薄い金属の板にぶつかる音がした。

奴はその音に気づいたようだったが、目の前に俺が居るので不用意に後ろを確認することができなかった。

その一秒か二秒後、奴の背中に何かが衝突し、その衝撃と痛みで体をのけ反らせた。

それとほぼ同時に奴の足元に工具箱が落ちて激しい音を立てた。


「今のうちに逃げて!」


俺は走り出した。奴はすぐに追ってくるだろう。発電室の方向に逃げて注意を反らせば、その間にライトニングが門を何とかしてくれるはずだ。

一直線に走り続け、発電室に近づいたところで後ろを振り返った。


「!?」


奴は俺を追って来てはいなかった。

手で背中を抑えながら、ライトニングを睨みつけている。


まずい!奴の矛先がライトニングに向かってしまった!


「ライトニング!」



--------------


「小娘め!よくもやりやがったな!」


男が怒りに満ちた表情を浮かべながら、早足で距離を詰めてくる。

私は手に持った玄能(げんのう: 両端の叩く面に、とがった部分がない金槌 )を構えた。


「大人しくしておけば死なずに済んだものを…!だが、もう許さん!まずは手前から殺してやる!」


男が怒声を上げながら接近してくる。

あと数メートルの距離まで来ると、刀を頭上に構えた。そしてそのまま近づき続け、私の目前まで来たとき、怒りに任せて刀を振り下ろした。


「死ね!!」


私は正面を向いた体勢から、半身はんみになるように体を回転させながら、腰を落とし左に移動した。

私を斬り損ねた刀の切先きっさきが下を向くと、刀を振り切った男の動きが一瞬停止した。

私は、男が刀を構え直すまでのその一瞬の隙に、刀を握る手を玄能で強く打った。


「ぅぐあっ!!」


玄能の一撃は、男の右手の甲に命中した。

追い打ちに、私はもう一度手を狙って玄能を振った。

しかし、男が体の向きを変えながら手を引いたので、玄能は手には当たらず、刀の側面にぶつかり激しい金属音を立てた。

男は後ろに下がり、三、四メートルの距離を取った。


「畜生……!」


男が痛みで顔を歪める。

打ち込んだときの感触から察するに、手の甲の骨が折れているはずだ。運が良ければ三本、少なくとも一本は確実に折れていると思う。

「怒りに任せて、不用意に斬りかかった俺が馬鹿だった」

男は怒りを抑え、頭を冷ましたようだ。

体勢を整えた男は、切っ先を私に向けて静止した。

向けられた刀を観察してみた。玄能が当たった部分には特に異常はなさそうだ。

玄能を使っても流石に、固定されていない状態の刀を叩き折るのは難しい。

手で握っただけな上に、その手も玄能をくらって力が抜けた状態だったのだ。そんなところに打ち込んでも、力がうまく伝わるわけがない。

まあもとより、刀を折るよりも握る手を潰すのが目的だったので、問題はない。


「ライトニング避けろ、間合いに入るぞ!」


その声と同時に男が踏み込み迫ってきた。

…!? いつの間にこんなに近づいていたんだ!?目を離さずにいたのに!

私は後ろに飛び退き、横に振られた刀を躱す。


「!?」


腹の表面を硬いものが滑るのを感じた。

刀の先が腹から離れると、間髪入れず返す刀が私の首に向かってくる。

状態を後ろに倒しながら、転倒しないように足を必死に動かし後退する。


男は刀を何度も横に振りながら迫ってくる。


私は脚を出すのが間に合わず、体が宙に浮いた。

そのまま重力に引っ張られて背中から地面に落ちていく。

幸いなことに、そのおかげで首に迫っていた刃を躱すことができた。

額の数センチ先で刃が弧を描き、私の前髪を切った。


硬い地面に背中から落ちた。

受け身は取れなかった。

息ができない。苦しい。

口を大きく開けた私の顔に、切られた髪の毛がパラパラと落ちてくる。


「ライトニング!!」


「小娘。先に地獄に行き父を待て…!」


「ライトニング、尻だ!尻を光らせろ!」


「は?」

緊迫したシーンには似つかわしくない突拍子のない言葉に、男が呆気にとられる。

娘が斬られるのを制止する、悲痛な父さんの言葉でも期待していたのだろう。


私は仰向けで倒れたまま膝を抱えて、お尻を男の方に突き上げた。


「何を!?」


その男の驚きの言葉と同時に私は尻の目を発光させた。


地底湖内の全ての形が消し飛び、白一色の世界になった。


人は完全な暗闇と、強烈な光の中では物の形を視認することができない。

しかも強い光は視界を奪うだけではない。動きも奪う。

男はまぶた一枚では到底防ぐことのできない光を腕で遮り。光が収まるのをじっと耐えているはずだ。


発光をやめた私はすぐに目を開けて立ち上がり、男から離れた。


「整った地面の上で戦うな!向こうへ行け!」

そう言って、父さんが地底湖の方を指さした。


何故、整地された場所ではいけないのかは分からなかったが、私は言われた通りに洞窟内の整備されていない地面の方へ向かった。

地底湖の周囲、縁になっている地面には大きな石や岩が転がり、地面そのものも凸凹している。

私はそこまで来ると岩陰に隠れた。そこから少しだけ頭を出して男の様子を伺った。


男は刀を構えた状態で静止している。どうやらまだ目が見えないようだ。周囲の気配に気を配り、近づくものがいれば斬り捨てる体勢を取っている。


石でも投げようか?

そう考えていると父が息絶え絶えにこちらに来た。

「大丈夫?」

「だめ、痛い!」

父さんの体には、肩から腰にかけての大きな傷が、正面と背に一本ずつ走っていた。

「あの野郎、胸を斬られて身を翻した瞬間に間髪入れずに斬りつけてきやがった!容赦なさすぎ!」

「そんなことより。あいつどうするの?」

「そんなことって……」

父は肩を落とし、悲しげに周囲を見回した。


「ところで、なんでこんな足場の悪い所に来たの?」

「奴が不利になるからだ」

「不利になる?」

「整った地面の上だと足裏の動きだけでにじり寄ってきやがるからな。袴で足運びがわかりづらいうえに、そんなことされたら間合いが読めねえ。だからここにきた」


それを聞いて、先ほど男が急に距離を詰めてこれた理由が分かった。

切先を私に向けて注意をそこに集めておいて、袴の中では足裏を使って前進していたのか。同じ体制のまま徐々に迫っていたので、気づけなかった。


「それと、現代じゃ野外で刀を持って訓練するのは難しいし、稽古は道場の中が基本だろうからな。こういう足場での戦闘には馴れていないはずだ」

なるほど。ここでは岩や地面の凹凸を避けるために、どうしても足を動かさなければならない。なので先ほどのような戦法は使えないし、袴の上からでもある程度足の動きも読みやすくなるわけだ。


「相手の攻撃は避けやすくはなるね。でも、こっちが攻め込むのも難しくない?」

「そうだな。さてどうするか」

父さんは思案を巡らせながら周囲を見回し、地底湖の方を向いて目を止めた。

「水に落とすか?」

この地底湖の縁には、浜辺のようになだらかに水に接している場所、水面から少し高さのある崖のようになった場所、水面と地面の高低差はないがお椀のように急に深くなっている場所がある。

私達が潜む岩の近くには、崖になった場所がある。そこから男を落とすことができるかもしれない。

「さてさて、どうするか」


父さんと作戦を立てながら、男の方を伺っていると、男に動きがあった。


「クソ!肉体があるというのは不便なことだ!暗闇では目が見えんし、強い光を見れば目がくらむ!」

誰に向かって言っているのかは知らないが、そんなことを言いながら、男は壁際へと歩いていく。

何かあるのかと、男が向かう方を見ると、そこにはリュックが置かれていた。

「リュック?」

「そうみたいだな。こんなところまで袴姿で来るわけ無いだろうし、たぶん着替えでも入ってるんじゃないか?」


男はリュックを開け、中からサングラスを取り出した。

「グラサンだよ。これじゃ尻目の光が効かないよ…、どうする?」

「……考えがある」


父さんは思いついた作戦を説明した。その間に男がこちらに向かってくるのが見えた。

その足に迷いはなく、私たちが潜む岩陰に近づいてくる。どうやら地面に落ちた血の跡を辿って来ているようだ。


「ちっ…!バレてるな」

「もう時間がないよ。このまま作戦を実行する?」

「ああ、仕方ない。俺はもう行くから作戦通りに頼むぞ」


そう言って、父さんは岩陰から出て行った。その姿を見止めた男は、足を速めて距離を詰めていく。

父さんは、適度な距離を取りつつ男を引き付けるように崖に移動した。そして思惑通りに崖の縁に追い詰められた。

そして崖を背にして父さんが男と対峙した。


「もう逃げられねえぞ」


男は刀を横に構えた。後ろに下がれない状況で、水平の軌道で斬りかかられたら避けることができない。

これでは攻撃を避けて男を崖から落とすという手段はとれない。


「死ねぇ!」


男が飛び掛かり、刀を横に振るった。

その斬撃を後ろに飛び退いて避け、父さんは崖から落ちた。


…………………水の音はしなかった。


男が崖の縁に近づき、崖下をのぞき込む。

「ふんっ!しぶてぇ奴だな」

父さんは、崖の縁にしがみついていた。


「ハハハ無様だなぁ。指を一本ずつ切って落としてやるわ」

崖の縁にかけられた指の側に切先を持っていき、ニヤニヤと笑った。

父さんに気を取られている隙きに、私は背後から男に近づいた。

そして、石を持った手を振り上げてから、男の首と頭蓋の境い目にある“盆のぼんのくぼ”をめがけて振り下ろした。


……しかし、その一撃が当たることはなかった。


私の攻撃を避けた男が、振り向きざまに刀を浴びせてきた。

なんとか反応して身を引いたが、近づきすぎていたせいで避けることができなかった。

私の右の脇腹から入った刀の先が腹を通過して、左の肋骨にぶつかって一瞬動きを止めた後で体から出ていった。

「ハハ、魂胆がスケスケだ。バカどもが!」

陽動作戦が読まれていた。

刀が通った道から血があふれ出る。人間なら致命傷だろう。私にとっても浅くない傷だ。

傷口を抑えながら後方に下がった。そこに男の追撃がくる。

私は男に背を向けて走った。そして近くにあった岩の後ろに逃げ込み、みぞおち位の高さの岩越しに男と向き合った。岩で刀から身を守りながら、岩の周りを右へ左へぐるぐると回り男から逃げる。

「逃げても無駄だぞ!」

私にとどめを刺せないからか、男は少し苛立ちながら言った。

数秒の間、膠着した状態が続いた時だった……

「プランBだ!」

崖の方から父の声がした。

男がそちらの方を向いたので、私も男に警戒しつつそちらに目を向けた。

視界の端に映ったのは、崖を這い上がった父さんがゆっくりとこちらに向かってくる姿だった。

プランB?なにそれ聞いてないんだけど…。


「死にぞこないが戯言を…。どうせ浅知恵で立てた穴だらけの計略だろうて」

浅知恵どころか、むしろノープランではったりかましてるんじゃ…?


男が岩から離れて父さんに近づく。

男の間合いに入る少し手前で父さんは足を止めた。

男はそのまま進み、間合いに入った瞬間父さんに斬りかかった。


それに合わせて、父さんは男に尻を向けて尻の目玉を強く光らせた。


「ダメ、父さん!奴はグラサンをかけてるんだよ!」


私は強い光に目を閉じた。

男の刀が父さんの尻に迫る気配を感じた。

その次の瞬間、ガキンッと刀が折れる音がした。

目を開けると、男に尻を突き出した父さんと、折れた刀を握って驚愕している男の姿が見えた。


「刀を折った!?父さんのお尻ってそんなに硬かったの!?」

「そんなバカなことが!」

そう言った男が、数瞬の後にハッとした表情になった。

「て、手前!?岩を使ったな!」

尻を露出するために捲し上げた着物が裂けて、その裂け目の中に平たい岩が見えた。

「そうか!いくらグラサンをしていても、発光部とその周辺は眩しくて見えづらいから、そこに岩を潜ませたのね!」

「バカが、光らせようがさせまいが、そもそも尻を突き出していたら、そこに気を取られて着物の裾なんかに目なんていかんわ!」

男がこちらを見ずにツッコミを入れた。


「ふん!だが折れたのは刀の先の方だ。刃はまだ三分の二は残っておる。これだけあれば十分だ!」

男がそう言い終わった瞬間。殺気を感じたのか、父さんが尻を引っ込めた。

その刹那、父さんの尻があった位置を刀が通った。

「危ねえ!」

そう言って走って男から遠ざかる。

「クソ!深手を負っているくせに、ちょこまかちょこまかと!」

男が憎々しげに逃げる父さんの背を睨む。

「化物め。これでは首を切ったぐらいでは死なんかもしれん。こうなればズタズタに斬り裂いて動けなくした後に、燃やして灰にしてくれるわ!」

そう言って男が父さんの後を追う。そして私もその後を追った。


整地された作業スペースの一角。そこの壁際に父さんはまた追い詰められた。

「はぁはぁ……。ちょこまか逃げんじゃねえ!今度こそ切り刻んでやるぞ!」

興奮して今にも斬りかかりそうな男に向かって、私は石を投げた。そしてそれは男の右肩に命中した。

「何をしやがる!」

父さんに刀を向けたまま、男がこちらを見て怒声を上げる。

私はもう一つ石を投げつけた。

「やめんか!」

私は石を拾って更に投げ続けた。

「くそ鬱陶しい!先にお前の腕を切り落としてやる!」

男が私の方に向かって歩いてくる。

手に石を持ち、いつでも投げられる体勢をとりながら、ゆっくりと後退った。

そして男と父さんの距離が十分に離れたとき、私は壁際に辿り着いた。

これ以上後ろにさがれなくなった私を見て男が足を速めた。

それを見計らって、私は壁にあるレバーに手をかけ、下にさげた。


ガチャンと大きな音を立てて洞窟内の照明が落ちた。

あたりが暗闇に包まれると、男の足音が止まった。

「小賢しいことを!だがこれではお前も動けないだろう」

男がそう言い終わるが早いか、洞窟内に強い閃光が走った。

しかもそれは一度だけではなかった。


私は男に尻を向けて、尻の目を激しく点滅させた。

「くっ!」

私が尻の目を光らせるたびに、男が腕で目を塞ぐ姿が暗闇に一瞬浮かび上がる。

グラサンをつけていても、繰り返される激しい発光と暗転の明滅には耐えられないようだ。

男は完全に身動きが取れなくなった。


ーーーーー


(さすが俺の娘だ。しかしあの激しい明滅、尻への負担が大きいはずだ。このままでは尻眼精疲労になってしまう…。)

(なんとかせねば…!)


ライトニングが放つライトニングを直接見ないように後ろに向き直り、辺りを見回した。

娘の尻フラッシュが放たれるたびに、洞窟内が浮き上がる。

(なにか使えるものはないか…?)

養殖に使う道具が収められた棚。餌を保管しているプレハブ倉庫。あとは、ポンプと太いホース、そして積まれた網のやま。

それらがフラッシュにたかれて、白飛びした姿で暗闇にうつし出される。

(ここにある物でなんとかしなければ……!)


ーーーーー


明滅を始めてから、もう一分は経っただろうか?

私の尻目もそろそろ限界だ……、父さん、早くなんとかして!

そう思った時だった。


「ライトニング明かりをつけろ!」


父さんの声だ…!私はすぐにレバーをあげた。


尻目よりも比較的優しい光が辺りを照らし出した。


「うわあ!」

明かりが点くのとほぼ同時に、男の叫び声が上がった。

声の方に振り向くと、そこには汚れた空のバケツを持った父さんと、バケツに入ってたであろう何かにまみれた男の姿があった。

「な、何だこれは!」

「水でふやかした魚の餌だ!」

「手前!このクソが!」

男はグラサンをはずして、こびりついて視界を覆っている餌を、道着の袖で拭い取った。

しかし、ドロドロに溶けた魚の餌は拭っても綺麗には落ちない。

黒いレンズには、個体の混ざった油が纏わりついている。

男は拭ったグラサンをかけ直すが、まるで瓶底越しに見ているように景色が歪む。

「クソこんなもの!」

怒りに任せてグラサンを投げ捨てた。

「父さんお尻出して!」

「え、なんで?」

「いいから!」

「もう出てる」

「クソ野郎どもが!ふざけやがって!」

男が動き出そうとしたその瞬間、私は照明のレバーを下げた。


辺りがまた暗闇に包まれた。


ーーーーー


「くそが!また尻を光らせるつもりか!」

暗闇に俺の怒声が響く。奴らの反応はない。

視界を奪われ、そのほかの感覚が研ぎ澄まされる。

餌の汁と油で濡れた服が、体に張り付いて動きを妨げる感覚。皮膚に付着した餌が、ゆっくりと滑り落ちて体からドロリと離れていく感覚。そして凄まじく生臭い臭気が嗅覚を奪う。

クソ!不快だ!不快!すべてが俺を苛立たせる。


コーーーン


背後から、固い物で金属を叩く音が響いた。

そのあと前方から変態野郎が動く気配がした。

おそらく俺の目を暗闇に慣れさせてから、尻の光で目を眩ませる算段だろう。

俺は静かに目をつむった。暗闇の中なら目を開けようが閉じようが関係ない。これで急な光を防ぐことができる。

「……」

しばらく待ったが、前方から野郎が来る気配はなかった。

クソ、なにをしている…?

低く響く機械の音で、奴の動きはわからない。それに、先ほど奴の気配がした方向からは、今は何も感じられない。

動かずにじっとしているのか?それとも、気配を殺して場所を変えたのか?


<コーーーーン>


<コーーーーン>


<コーーーーン>


奴らが発しているであろう音が、一定の間隔を開けて響く。

聞こえる方向から察するに、小娘が鳴らしているのだろう。

しばらくそれが続いた。その間、俺は動かずにじっと構えていた。

だがしかし、いつまで経っても状況に変化がない。

クソ……!野郎は放っておいて、先に小娘を始末してやるか!

しびれを切らした俺は、音の聞こえる方へゆっくりと足を動かした。


この暗闇の中なら奴も周りが見えんはずだ。しかし、気配で俺が近づくのはわかるだろう。

あの小娘は俺が近づいたところで、尻を突き出し光らせるはず。そこに斬りかかって仕留める。

目をつぶった俺に奴の光撃は効かないのだからな!

小娘を仕留めた後で、明かりを点けてから変態野郎も後を追わせてやる。


歩みを進めるにつれて、どんどん音が近くなる。

そして小娘の気配を感じられる距離まできた。

ここまで来ると、奴もこちらの気配に気づいたようで、音を鳴らすのを止めた。


おそらく、あと三歩ほど前方に奴が居る。

きっと尻を突きだして、光を放つ頃合いを伺っているのだろう。


上等だ、光らせてみやがれ。今の俺には効かんがな!


<ガシャン!>



閉じた瞼に光が当たり、暗闇が赤みを帯びる。

尻の光ではなく、明かりを点けたか!しかし関係ない!

今の音で奴の位置を完全に把握した!このまま斬る!


「くたばれ!小娘」


刀を横に振ろうと動き出したその時!


「ダブルライトニング!」


「なっ!!??」


目の前から変態野郎の声が聞こえた……

Copyright(C)2023 ひんじゃくごりら

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