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尻目ライトニング  作者: ひんじゃくごりら
地底湖を照らせ!お尻で!
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「地底湖」

この小説は pixiv でも掲載しています。

家を出発した私たちは、山を少し上ったところにある地底湖の入口を目指して、舗装された道山を登っていた。

そんな所にある地底湖を、何故わざわざ養殖場として利用しているのか、疑問に思う人もいるだろう。

その理由は、私たちが安心して産業活動ができる土地や環境が限られているからだ。

殆ど人間の姿をしている私でも、この大きな一つ目のせいで人間に紛れて活動するのは難しい。

私以上に人間離れした姿をした者ならば、なおさら人目に触れる場所には出られない。

そんなわけで、人里離れた山の中の地底湖を利用しているわけだ。


因みに私たちが住んでいるこの地域は、妖怪たちの生活地域として確保されている。

というのも、人間に酷似した姿の者や、人間に化けることができる者達が、人間の政治に関与して私たちが安心して暮らせるように色々と動いてくれているのだ。

もちろん人間達はそのことを知らないけどね。


そんなわけで、土地も人材も限られているので、父さんや私が技術者として色々なところに駆り出されることになるのだ。


あとそれと、土地の話とは関係はないけど、最後にもうひとつだけ知っていて欲しい豆知識を言っておく。

私たち妖怪が、“人”という言葉を使うときは、“妖怪”と“人間”のどちらか、またはその両方を意味しているの。

だから、もし私が「人の話を聞け!」とか言っても「いやお前、人じゃなくてなくて妖怪だろ!」とかいうツッコミはなしね。



もしも私に人間の友達ができたら、私たちの生活事情をどう説明しようか。

そんな妄想をしながら、後ろに流れていく景色を車窓からぼーっと眺めていると、車の動きがゆっくりになったのを感じた。

どうやら目的地に着いたようだ。地底湖の入口の前にある、無駄に広い未舗装の駐車場に入り、その一角で車は止まった。


私は自分の道具を持って、運転席側のドアから外へ出た。

車から数メートルの所に地底湖の入口はある。助手席から出てきた父と一緒にそこへ向かう。


入口の前で、十人程の養殖場の作業員達が迎えてくれた。

「イルミさん、急に呼び出してすいません。電気が点かんもんで、作業ができんくて困ってるんですわ」

「いやー、そりゃ困りましたね。じゃあすぐ見てみますわ」

「頼みます」

皆が頭を下げたので、私も皆に向けて頭を下げた。


「いくぞ」

父が私に言うと、それを聞いた作業員達が道を開けるために両脇へ移動した。

人の壁がなくなると、目の前に洞窟の深い暗闇が現れた。


開け放たれた門扉もんぴには、ナンバー式のダイアル錠がぶら下がっている。

そこを通り洞窟内に入ると、右側のくぼんだスペースにシャッター式の小型倉庫がある。中には、水害時に洞窟内に水が浸入するのを防ぐための土嚢どのうが積まれている。

入口の鍵がダイヤル錠なのは、災害時に鍵を持っていなくてもすぐに門扉を開けて土嚢を積めるようにするためだ。

そして、その倉庫の反対側、洞窟の左の壁面に、照明のレバーが設置されている。

そのレバーは下がっていた。

「ONの状態だね」

しかし洞窟内の電灯は仕事をしていない。

父さんがレバーに手をかけて、何度か上げ下げした。しかし電灯に反応はない。

「どうですかね?すぐに治りそうですか?」

作業員の一人が父さんに訊いた。

「うーん、わからんですね。ちょっと奥の発電機を見てきます」

「そうですかぁ。じゃあ、わしらも一緒に行った方がいいですかね?」

「いや、俺とこいつで行きますんで、皆さんは休んどいてください」

「そうですか。じゃあ鍵を渡しときますね」

父さんは、作業員から養殖場の鍵を受け取った。

「ライトニング、行くぞ」

「ちょっと待ってよ。明かりはどうすんの?」

「なんだ懐中電灯持ってきてないのか?」

「電池切れてたし、家にもないから今日買いに行く予定だったでしょ!」

「そうだっけ?」

父さんは作業員の方を向く。

「すいません。懐中電灯借りられませんか?」

「懐中電灯ですか?」

そう言いながら、作業員は上着とズボンのポケットを叩いて探した。

「あーすいません、わしは持ってませんわ」

そう言うと作業員は後ろを向き、懐中電灯を持ってないか他の作業員達に訊いた。

しかし、皆が首や手を横に振る。

どうやら誰も持っていないようだ。信じられない。洞窟内で作業する人たちなのに、いざという時どうするつもりだろう。

「すいません。今日はたまたま誰も持ってないみたいです」

「ハハハ、間が悪いですな」

父さんが豪快に笑った。

「それじゃあ、仕方ないライトニング頼んだぞ」

「え?」

父さんの急なフリにキョトンとしていると、父さんが頭を下げて肩を私の腹にあてた。そして私の背中に腕を回して胴をガッチリ掴むと、そのまま私を担ぎ上げた。

「な、なにするの!」

「尻を光らせなさい」

「はぁ?何言ってんの!?おろして!」

工具箱を持ってない方の手で、父さんの背中を叩いて抵抗した。

しかし、そんなことにはお構いなしの父さんは、私の尻を洞窟の奥へと向けた。

「懐中電灯スイッチオン!」

そう言って、私の尻をパンと叩いた

「なにするんじゃ!クソ親父!!」

「仕方ないだろ、他に灯りがないんだから」

「自分の尻の目を使え!」

私は激しく抗議の言葉をぶつけたが、父さんはそれにかまわず洞窟の奥へと歩き出した。

「ほら、早く光らないと危ないぞ。こけてケガするかもしれない」

「ちょっと!危ないって!ストップストップ!」

「いやいや、危ないなら光らせなさいよ」

そんなやり取りをしながら洞窟の奥へと消えてゆく私たちを、作業員達は苦笑いを浮かべながら見送った。


ーーーーーー


地底湖までの道は曲がりくねっている。そのため、洞窟内を少し進んでカーブを曲がると、岩壁が光を遮ってしまい、入口からの光は殆ど届かなくなる。

父さんは、暗い洞窟の壁面に手を当てて、足で前方を確認しながら少しずつ進む。

どうやら意地でも自分の尻目を使うつもりはないらしい。

洞窟内の地面は舗装されていないが、綺麗に均されている。だがそれでも暗闇の中を手探りで奥に進むのは危険だ。

「はぁ……」

私は観念して尻の目玉を光らせた。

お尻を中心に洞窟内が明るく照らしだされる。

「うん、ちょうどいい光量だ!」

何がちょうど良いのかわからないが、そんな疑問にもお構いなしに洞窟内を進んでいく。

家で言われた悪い冗談が、まさか現実になるとは……。このまま作業中も照らさせられる羽目になるのか……。


なだらかな坂をしばらく下ると、父さんの足が止まった。

そこに私をおろして、そのまま光を放つように言った。

父さんは持っていた工具箱を地面に置き、私の後ろで何か作業をし始めた。

尻を光らせたまま肩越しに後ろを見てみると、洞窟内の窪んだスペースに置かれた発電機をいじっている父さんが見えた。

この発電機は、緊急時用の発電機で普段は使われていない。これを動かして、とりあえず通路の灯りを確保しようとしているのか。

「ダメだ、動かない。ライトニング、お前ちゃんと手入れしてるのか?」

「してるよ!今週、動作確認したばっかりだし!」

「そうか……、じゃあ何で動かないんだ…?」

父さんは、不可解そうに発電機の内部を確認しようとしている。

「ライトニング、ちょっと尻こっち持ってきて」

「はぁ……」

私はため息をついてから、しゃがんで尻を発電機に向けて突き出した。

父さんは、私の尻に頭を横づけして発電機の内部を確認した。

「おお、よく見える!さすが俺の娘のケツライトだ!」

「バカなこと言ってないで、早く確認終わらせて!」

「はいはい」

そんなこんなで、発電機の点検を終えた父さんは、発電機の部品が外されていることを私に告げた。

私はそんなことをした覚えはない。そのことを父さんに伝えた。

「そうか…。よくわからんが、部品がない以上この発電機は使えんな。しかたない先に進もう」

父さんは、また私を担ぎ上げて通路を進み始めた。



それからまたしばらく通路を下ると、養殖場の門扉が尻の光の前に現れた。

父さんが錠を開けるために私をおろし、懐から鍵を取り出した。

そして閉じられた門扉へ一歩近づいた。

「……あれ、鎖と南京錠が無いぞ」

そう言われて私も門扉を確認したが、いつも施錠するときに使う鎖と南京錠がどこにも見当たらない。作業員がかけ忘れたのだろうか。

施錠されていない門扉を押すと、当然門が開く。そしてまた私は担がれ、そのまま門を通り過ぎた。


養殖場は、洞窟の中とは思えない位とても広い空間になっている。もしかしたら、サッカーのフィールドがすっぽり収まるかもしれない。

もし内部の地形を地図に起こすとしたら、おおよそ楕円形をしているだろう。

その空間の三分の一は整地されていて、主な作業はここで行われている。養殖に使う道具や機材、魚の餌などを保管しておく倉庫もここに設置されている。また発電機が納められた発電室もここにある。

残りの三分の二は、殆ど地底湖が占めている。地底湖の周囲には歩くのに十分な幅の地面があるが、高低差が結構あり、大小様々な大きさの岩が転がっていて整地はされていない。


自然窟を殆どそのまま利用している広い地底湖は、なかなか壮観な景色だ。

だが、灯りの乏しい今は、その全貌を見ることはできない。

一応、尻目の光量を上げれば地底湖内全域を照らすことは可能だ。しかし、強い光を長時間出し続けるのは、尻目に大きな負荷がかかる。

今の目的は発電機の様子を見ることなので、場内全部を照らす必要はないし、このまま懐中電灯並みの光でいいだろう。


暗く静かな場内には、複数の機械音が響いていた。例えるなら、皆が寝静まった夜中の台所で、冷蔵庫の動作音だけが聞こえる感じだろうか。

地底湖側からは、空気を送るコンプレッサーとポンプの音。発電室の中からは、発電機の動作音と振動が低く響いてくる。

機材や発電室には騒音対策が施されているが、暗く人気がない今はいつもよりも大きな音に感じる。


「発電機は動いているのか……。とりあえず、照明が点くか確かめるか」


そう呟きながら父さんは、門から数十メートルの所に設置されたレバースイッチに向かって歩き出した。

どうやら、照明のレバーをオンにして照明設備が正常に働いているか確かめてから、レバーの傍にある発電室で発電機を点検する算段の様だ。

レバーの前に着くと、父さんはレバーを下げた。

ガチャンッという音とともに、場内が明るくなった。


薄暗さに慣れた目が、光を拒絶する。

正直、照明が正常に作動するとは思わなかったので、少し面食らってしまった。

目を細めながら、目が光に慣れるのを待っていると、父さんが私を肩から降ろした。


「くそ、まぶしいな」

そう言って、父さんは手のひらで顔に影を作った。

のっぺらぼうで目が無いくせに、なぜか堂々と眩しがっている。

前々……というか常に疑問なのだが、父さんの視覚の仕組みは一体どうなっているんだろう。

そんなことを考えていると、徐々に目が慣れてきた。

「電気ちゃんと点いたね」

「ああ。発電気もちゃんと動いてるし、通路の電灯が点かない原因はなんなんだ……?断線してあそこだけ電気が届いてないのか?」

顎に手を当てて、あれこれと原因を考えた。


<ジャラジャラ>


鎖を動かす時のあの特有の金属音が、すぐ傍で鳴る発電機の音に紛れて聞こえてきた。

当然の物音に驚き、私と父さんは音がする方を見た。

養殖場の入り口、閉じた門の前に誰かが背を向けて立っている。


<ガチャンッ!>


錠をかけるような音が門の方から聞こえた。

Copyright(C)2023 ひんじゃくごりら

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