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美学生 水咲華奈子Ⅵ -幼稚な犯罪者-  作者: 茶山圭祐
第6話 幼稚な犯罪者
3/4

解決編

        4


 4時限目も残り20分だ。

 一力は、先生の声が耳に入っていただけで内容は聞いていなかった。

 それにしても、あんなに正義感に溢れている女子学生がいたなんて信じられない。他の女学生なんて、自分に関係なければ興味も示さない者ばかりだと思っていたが、今時そういう人がいたなんて。

 最初の印象では、ろくに授業も出ず毎日遊んでばかりで、今がよければそれでいいという考え方をしている派手な女と思っていたのだが、外見からでは想像もつかないような、できた人間ではないか。

 やはり、見た目で人の性格を決めてしまうのは危険だ。今度から気を付けよう。

「ちょっと早いけど、これで終わりにします」

 教授は黒板の文字を消し始めた。教室は騒がしくなった。

 一力は、まだ書き写してなかった文章を消される前に急いで写すと、ホッとして筆箱をしまった。そして、ふと横を向くと、見たことのある太ももがあった。

「ダメだよ、授業中に本読んでちゃ」

 またやって来た。どうやら水咲は、机の上に置いてあった下巻を見てそう言ったらしい。

 水咲は一力の前の席に、佐々木原は隣りの席に座った。

「うーそ。わたしもつまんない授業はボーっとしてるから」

「今度はなに? 僕はこれで終わりだから、もう帰ります」

 一力は眼鏡をずり上げる。

「大丈夫。これでもう一力さんとは最後だから」

 それは一体、どういう意味なのだろうか。まさか、今日は最後という意味ではあるまいな。

「そう。じゃ、早めにお願いします」

「わかってます。早くしないと、大学の本屋さん閉まっちゃうから」

 なるほど。まだ万引きのことを諦めてないようだ。最後というのは、やはり今日は最後という意味らしい。この万引き事件が解決するまで、金魚のフンになり続ける覚悟のようだ。

「その話なら、また明日でもいいんじゃない? 僕は逃げないから」

「ううん。こういうのは早い方がいいじゃん。あんまり長引くと本屋さんに迷惑だし。だから今日中にお金払わないとね」

 一力にとっては重要なことを水咲は何事もないようにさらりと言ってのけた。

 お金を払う? ってことは……。まさか、そんなことあるはずがない。万引きを証明できるというのか? 

「だから僕は万引きなんてしてない」

「なら、大学の本屋さんできちんとお金を払って買ったんですか?」

「さっきから何度も言ってるじゃないか。この本は、駅前の本屋で買ったんだ」

 しかし、水咲は笑顔で首を横に振るだけだった。

「わたしの友達のののちゃんはね、知り合って1年経つんだけど、結構人を見る目があるみたいなの。一力さんは真面目で頭が良くて、几帳面でお金の管理がしっかりしてそうだって。ののちゃんのこの分析、どう思います?」

 人に性格判断をされるのはあまり好きではないが、別に外れているわけではないので、そこは素直になった。

「当たってんじゃないの?」

「当たってるって。やっぱりののちゃんすごいね」

「私のことはいいから早く」

 教室には3人以外誰もいなくなった。

 水咲は再び一力に向き直ると、静かになった教室に彼女の声がこだました。

「ののちゃんはあなたのこと、几帳面だと分析しました。それについて何か異議はある?」

「几帳面だよ。机が曲がってるのも気になるからね」

「やっぱりそっか。実はわたし、ののちゃんがそう言ったのを聞いて、1つ思い出したことがあったの。本の帯」

 一力は生唾を飲み込んだ。

「さっき一力さんは、本を読むときに帯が邪魔だから、いつも捨てるって言ってたよね? だから下巻にはついてなかった。読む前に捨てたって」

 水咲は顔を傾げて一力を覗き込んだ。

「わたしもどちらかというと几帳面な方で、物は大切に扱う方です。だからそういう人の気持ちがわかるんだけど、わたしは、本の帯が邪魔だからって捨てたりはしないよ。几帳面な人はそうだと思う。だけど、几帳面な一力さんはどうして帯を捨てたの?」

「僕は几帳面だけど、帯は邪魔だから捨てる主義なんだよ」

「けど、上巻にはついてたよね? わたしが指摘した後、すぐに外してたけど、どうしてすぐに外さなかったの?」

「だから捨てるのを忘れたんだよ」

 すると、水咲は佐々木原から、くしゃくしゃになった下巻の帯を受け取った。

「ごみ箱を探し回りました。ロビーのごみ箱にありました。これだよね? 一力さんが捨てた下巻の帯は?」

「ああ、そうだけど」

「これを見たらやっとわかったの。なんで捨てたのか。一力さんは本の帯を捨てる主義なんかじゃない。この下巻の帯だけは、このとき捨てようと思った。なぜなら……」

 水咲は、しわだらけの帯を真っ直ぐに伸ばした。その帯は右端の方が切れていた。

「この帯、切れてます。帯の端っこって、こうやって表紙に折り込んであるよね? だけど、右端部分が切れちゃってて折り込めない。左端しか折り込んでないから、ヒラヒラしてて邪魔だった。だから捨てたんだよね?」

 確かにそのとおりだが、だから何だというのだ。捨てようと捨てまいと、どちらでもいいではないか。

「だから上巻の帯は、捨てるの忘れたんじゃなくて、最初から捨てるつもりなんてなかった。多分、話を合わせるために、つい嘘をついたんでしょうね」

「ああ、嘘ついたよ。あんた、僕のこと何だか疑わしい目で見てたから、とっさに嘘をついたよ。でも今考えたら、嘘なんてつく必要なかったんだな。だから、嘘をついていたのは認める。だが、僕が万引きをしたという証拠は?」

 一力のその質問を待っていたのか、水咲は間髪入れずに帯の切れた部分を指しながら聞き返した。

「この帯の切れた部分は、どこに行ったのか知りたくない?」

「…………」

「さっき見つけました」

 水咲は再び佐々木原から何かを受け取った。それは、切れた端の部分だった。

「大学の本屋の『ネット犯罪 下巻』が置いてあるはずの所に落ちてました。どういうことかわかるよね? 誰かが下巻を棚にしまうときに、上巻の帯に下巻の帯が重なって、無理に押し込んだから切れちゃったんだね。だから、上巻の帯もくしゃくしゃになってた。ちなみに……」

 水咲は切れた端と帯を合わせた。

「……切れたところはぴったり合います」

 一力は、眼鏡の奥の目をしっかり開いてピクリともせず彼女を見つめていたが、やがて口だけを動かした。

「僕は、本を読んだら本屋に返そうと思ったんだ。中身を読んでから返そうと思った。これは立ち読みと変わらない。結局、最後は店に返すんだから」

「それは違うよ。一力さんはお金を1円も払ってないじゃん」

「それなら、立ち読みはどうしていいんですか? 立ち読みと万引きの違いは? お金を払ってない? なら立ち読みだって、お金を払わず中身を読んでるじゃないか。結局僕も同じ……」

 一力がそう言おうとしたとき、それまで黙って聞いていた佐々木原が突然叫んだ。

「だから本を店から持ち出した時点で、万引きは万引きなんだよ! あんたバカじゃないの?」

 威勢よく一力を叩きのめした瞬間、佐々木原はハッとして我に返って手を口に当てた。水咲と視線を合わせると、彼女はウィンクして親指を立てていた。一方、一力は顔をこっちに向けてうつむいていた。

 自分の発した言葉に後悔していた佐々木原をよそに、水咲は話を進めた。

「上巻の帯をぐしゃぐしゃにしたのは、結構勇気があったんじゃない?」

 一力は上巻の帯をカバンから取り出した。ぐしゃぐしゃになったはずの帯は、しわは完全には消えていないが綺麗に伸ばしてあった。その帯をまた元通り上巻に巻いた。

「これはどうする?」

 水咲は切れた下巻の帯をヒラヒラさせた。

「下さい。セロテープで直すから」

「じゃ、はい」

 水咲はニコッとすると立ち上がった。

「一力さんは、本を簡単に盗むような人には見えないよ。多分、お金が足りなかったんでしょ? 一体、いくら足りなかったの?」

 一力は何とも恥ずかしそうに、下を向いてボソッとつぶやいた。

「10円」

「10円?」

 水咲は一瞬驚いていたが、自分の財布を出して10円硬貨を1枚取り出すと、机の上に置いた。

「はい、これあげる。いいよ、10円くらい」

 一力は、しばらく彼女の行動に唖然としていたが、その硬貨を触ることはなかった。

「そんなのは受け取れない。今日会ったばかりの人から金をもらうなんて」

「お金って言っても、たった10円じゃん。いいのよ」

「たった10円でも受け取れない」

 断固拒否する一力に少し困っていた水咲だったが、彼女はまた席に座ると両手で頬杖をついた。

「10円あげる代わりに、今日の心理学の答え教えて。どうして電話ボックスに全員入れなかったの?」

 一力はゆっくりと顔を上げ、10円をそのままにして立ち上がると、ディーバッグを肩に担いで水咲の質問に答えてやった。

「本くらい自分で買える。だからあなたも、自分で考えて下さい」

 そして、彼は2人を残して教室を出た。

「っんもう。いじわる」

 水咲と佐々木原は、本屋へ向かった一力を追いかけた。



 第6話 幼稚な犯罪者【完】

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