事件編《後編》
3
一力は教室の真ん中辺りの席を確保した。チャイムが鳴るまで後5分だ。
それにしても、さっきの女性は人見知りをしないタイプだ。よく、知らない人間と気軽に話をすることができるものだ。ああいうのが年を取ると、図々しくなるに違いない。
一力は、さっきから読めなかった下巻を今度こそ読み出した。さっきはとんだところで邪魔が入ったものだ。どこまで読んだのか、それすらわからなくなってしまった。だからもう一度前に戻って読み直した。
「あれ? もしかして次、ここで授業なんですか?」
もう会わないと思ったはずの水咲と佐々木原が教室に入って来た。まさか次も同じ授業じゃあるまいな。だが、彼女らは勉強道具を一切持っていない。
一力は彼女らを見ると、何も答えず本を読み続けた。
「ここの隣りがわたし達のサークルの部屋なの。よかったら覗きに来て」
「…………」
一力は本に目を落としたまま、無視し続けた。どうやら、また今度も読めそうにない。
水咲は一力の隣りの席に座った。
「ここは何の授業なんですか?」
立っていた佐々木原は、ぼちぼち学生が増えてきた教室を見渡しながら聞いた。
「比較政治体制論」
一力は投げ遣りに言う。
「わけわかんなそうだね」
佐々木原は、手串で前髪を整えていた水咲に同意を求めた。
「ほんとだね。あっ、そういえば一力さん。さっきの心理学の問題わかる?」
やっぱり来た。いつか来るかと思ったのだが。
「さぁね」
「あぁ、その返事は答えを知ってるな?」
水咲は覗き込むように体を前のめりにした。
「教えて下さいよ」
佐々木原も机に手をついて上から覗き込んだ。
そんな彼女らを見ていて、非常に鬱陶しかった。
「自分で考えれば? 僕は知らない。それにあの先生、今日来ていた学生を来週も来させるために、あんな問題出したんだから」
「えー、ずるい。教えてくれないんですか?」
佐々木原はしゃがんで一力と目線を合わせた。
「まぁ、多分そうだろうね。ののちゃん、ここはあきらめて、来週授業で聞きましょ」
「つまんないな」
佐々木原は頬を膨らませて立ち上がった。
一力は頭をかくと溜め息をつく。もう話に付き合っていられなかった。
「ごめんなさい。さっきから本読むの邪魔してるね」
すると、一力にとってはタイミングのいいことに始業のチャイムが鳴った。次第に学生が増え、教授のまだ来ぬ教室は騒がしくなってきた。
だけど、これでやっと集中して本を読むことができる。そう安堵していたのだが、彼女らは一向に教室を出て行こうとはしなかった。しかも2人で楽しそうにおしゃべりを始めた。
「ここは基幹科目じゃないよね? 結構、人がいるんだね」
「でも、心理学には及ばないよ」
佐々木原は机に腰掛け、教室の後ろを見渡して学生数を比較した。
「そりゃそうよ。心理学は人気科目だもん」
「あと、言語学も結構人気科目だよね」
「わたしは1年のときに言語学とってたよ。結構面白かったな。そこで先生が言ってたのがね、小室哲哉の書いた英語の歌詞っていうのは、文法的には全然間違ってるって言ってた」
「へぇー、そうなんだ」
やはり、本を読むのは至難の技だった。横でうるさくて仕方がない。
「歌詞ですごいと言えば、やっぱりサザンでしょ」
水咲のその言葉に、佐々木原が食いついた。
「えっ? 華奈って、サザンとか聞くの?」
「聞くもなにも大ファンよ。シングルとアルバムは全部持ってるし」
「うそー。私も好きだけど、まさか華奈がそこまでの大ファンだとは知らなかった」
「『愛の言霊』って歌あるじゃん。あんな歌詞が書けるのは、桑田さんくらいしかいないね。日本語という言葉のテンポとかリズムをうまく使って遊んでいるって感じ。そんな中でさり気なく、地名が出てきたりして、親近感のある曲だよね」
「ああ、あの曲かぁ。ほんとだね、確かに言えてる」
「サザンの歴代売上ナンバーワンは『エロティカ・セブン』だけど、あの歌はエッチな歌なんだけど、実はちゃんと韻を踏んでるって知ってた? というか、桑田さんの歌詞は韻を踏んでるのが多いんだけどね。『愛の言霊』もそうよ」
「へぇー、すごいね。でもさ、韻を踏むって、なんだっけ?」
「韻っていうのは……」
と、突然、机が唸りを上げた。一力が握りこぶしで机を叩いたのだ。
「もう授業始まってるんだけど。ここで何してんの? この授業受けんの?」
「びっくりするなぁ。いいじゃないですか。まだ先生来てないんだし」
佐々木原は食ってかかった。だが、水咲は素直だった。
「ああ、ごめんなさい。すっかり話し込んじゃった。じゃ、先生が来る前に、最後にもう1つだけ質問。これだけ聞いたら帰るから。その本はいつ買ったの?」
何故この本にこだわるのだろうか。この本が欲しいのだろうか。それならそうと言えばいいのに、何だか回りくどい言い方をしているように聞こえる。
「先週だけど」
「ってことは、さっき一力さんは上巻を読んでたから、上巻と下巻を一緒に買ったってことですか?」
「そうだけど」
水咲はうなずいていた。
今の質問から何を得たのだろうか。そんなことを考えていると、彼女は本の表紙をじっと見ていた。その視線の先に何があるのかを確認しようとしたが、何を見ているのかはわからなかった。
「なに?」
「いえ、その、この本の帯はどうしたのかなって思って」
「帯?」
「ほら、本の表紙に帯が巻いてある本てあるじゃん。確か、その本の上巻には帯が巻いてあったから、下巻にもあるかと思ったんだけど」
なるほど、そのことか。それはすぐに説明できた。
「それはさっき捨てた。邪魔だから」
「あっ、そうなんだ。そうそう、確かに邪魔なんだよね。じゃあ、いつも帯は捨てる人なんですね」
「まぁね」
「あれ?」
今度は何だ。彼女の発言は心臓によくない。
「でも、さっき一力さんの持っている上巻には帯がついてたよ」
確かについている。しかし、なんて鋭い観察力なのだろうか。あのとき、そんな所まで見ていたとは。
一力は上巻をディーバッグから出した。
「ああ、そうだった。捨てるの忘れてた」
そして、帯を外してくしゃくしゃにすると、ディーバッグに放り込んだ。
「もういい? 早く続きが読みたいんだけど」
「話に付き合ってくれてありがとうございます。じゃ、行こっか」
やっと水咲は腰を上げて背を向けてくれた。しかし、それも束の間、水咲がいきなり振り返ってつぶやいた。
「上巻の本には注文カードが挟まってないのに、下巻には挟まったままですね。店員さん、忘れたのかな?」
水咲はにこりとすると、また背を向けて歩き出した。
彼女の後をついて行こうとした佐々木原は、足を止めると振り返り、一力の下へ戻って来た。
「あの、別に華奈は、万引きしたのは一力さんだって、そんなこと全然思ってないですから」
それだけ言い残して彼女は再び背を向けると、遅れを取ってしまったので走って水咲を追いかけた。
佐々木原は気を遣ってそう言ったらしいが、さっきからしつこく付きまとっているのも、しつこくどこで買ったのか、いつ買ったのかを聞いて来たのも、これで全て謎が解けた。水咲は自分を疑っているということだ。
*
それにしても、万引きを暴いてどうするつもりなのだろうか。何か得があるのだろうか。水咲の考えていることはさっぱりわからない。
しかし、一力は別にうろたえることはなかった。何故なら、万引きだからだ。万引きは現行犯でなければ立証は難しい。よくテレビでもやっている。万引き犯は、金を払わずに商品を持って店内から出たときに捕まえなければならない。
自分の場合、もう既に店を出てしまって堂々と読んでいるので、もう何も言えないはずだ。そんな状況から、一体どうしようというのだろうか。不可能なことに無駄な努力をする馬鹿な奴がいたもんだ。
時間はあっという間に過ぎ去り、終業のチャイムが鳴った。
一力は教科書類をディーバッグにしまってすぐに教室から出た。すると、教室のドアの正面に、彼女らが廊下に座って話をしていたのだ。佐々木原は体育座りをし、水咲は両脚を伸ばして座っていた。長い脚なので通行の妨げになりそうだ。
水咲は一力と目が合うや否や立ち上がり、スカートの裾を伸ばすと笑顔で応えた。
「お疲れ様」
一力は無視して歩き出す。決して振り返らずに早足で。だが、その後ろからヒールの音を響かせて水咲は追いかけてくる。
「下巻は面白い?」
水咲は明るい声でそう叫ぶ。だが、一力は聞く耳を持たなかった。
「わたしも早く読みたいな」
一力は階段を駆け下りる。後ろの2人も駆け下りる。
彼は2人に追いつかれまいと、階段を下りる他の学生の間をすり抜ける。しかし、彼女らも負けじとすり抜けてくる。端から見ると、3人で鬼ごっこをしているようだ。
そして、一力が1階に下りたときだった。突然後ろから、ドスーンという鈍い音がした。振り返ると、水咲が階段を下りた所で尻もちをついていた。
「いたーい!」
「華奈、大丈夫?」
佐々木原はその場に座り込み、水咲に怪我がないのを確認すると、一力に向かって頬を膨らませた。
「一力さん、華奈に何も言わないんですか?」
その様子を他の学生も見ていた。だから仕方なく水咲の下へ戻ると、手を差し伸べて彼女を立たせたやった。
「外に行きましょ」
水咲は尻を押さえながら佐々木原の肩につかまって外へ出た。
一力は、まだシンとしている廊下にいるのが耐えられないので、すぐに水咲の後を追った。
「言っとくけど、あんたが転んだのは僕のせいじゃないからね」
水咲と佐々木原はベンチに座り、一力は横で立っていた。
「でも、一力さんが逃げるからいけないんです」
佐々木原は強く反抗する。
「だってあんた方、さっきからしつこいじゃないか。ずっと僕の後ついて来るし、授業終わるまで待ってるなんて」
「そんなの当たり前ですよ。だって一力さん、本を万引きしたんだから」
佐々木原はそこまで言うと、ハッとなって口を手で覆った。
「あっ、ヤバッ、言っちゃった」
「別に今更そんなこと。もうわかってたよ。さっきのあんたの発言で」
一力は、佐々木原を顎で指した。すると彼女は、再び頬を膨らませた。
「私、そんなこと言ってないですよ。逆じゃないですか。私は、華奈は一力さんは本を万引きしたなんて思ってない、って言ったんですから」
「だから、それがわかるんだよ」
「どうしてですか? 言ってないじゃないですか」
一力は眼鏡をずり上げて遠くを見つめると、小さな声でつぶやいた。
「あんまり賢くないな」
「な、何ですか?」
「何でもない。言っとくけど、僕は万引きなんてしてない。万引きしたっていうなら、証拠を見せてみろ。ないなら僕はこれで」
一力がきびすを返すと、すかさず今まで黙っていた水咲が口を開けた。
「ほんとに、本は駅前の本屋さんで買ったんですか?」
また同じことを言わなければならないのか。彼は再び向き合うと眼鏡をずり上げた。
「だから、僕が本を盗んだっていう証拠はあんのか? 注文カード? 注文カードは、店員が取り忘れたかもしれないじゃないか。それだけで僕を万引き扱いしないでほしい」
「一力さんの持ってるその下巻が証拠じゃないですか?」
佐々木原も一力と同じくテンションが上がってきたようだ。言い方がきつくなってきた。
だが、水咲は1人で冷静だった。
「袋持ってます?」
「袋?」
「それだけ分厚いハードカバーの本買えば、袋に入れてくれるよね。持ってます?」
「あの本屋は袋じゃなくてカバーをつけてくれるから、袋に入れてくれなかった」
すると、水咲はにやりと笑った。
「一力さん、上巻と下巻の2冊を買ったんだよね? 1冊ならともかく、2冊買ったんだから、袋に入れてくれてもいいんじゃない?」
一力は一瞬息をのんだ。彼女の言っていることは間違ってはいないからだ。
「袋に入れてくれなかったのは、上巻だけしか買わなかったからなんじゃないですか?」
そうだった、すっかり忘れていた。今は上下巻をまとめて買ったことにしていたのだ。まずい。何か言わなければ。
だが、一力の次の発言は、単なる言い訳にしか聞こえなかった。
「袋に入れなくていいって言った。だから持ってない」
「そうですか。なら納得します」
彼女はにこりとする。だが、その表情は全く納得していない。
「なら、もう僕の後をついて来るな」
「イヤです。まだ駅前の本屋さんで買ったっていうのが立証されてないから」
「それならどうすればいいんだ?」
「レシート持ってる? 見せてもらえれば、もうついて来ません」
そんなものは持っているはずがない。いや、貰うはずがないと言った方が適切だろうか。
「持ってない。そんときはレシートをくれなかったから。多分、レジをやってたのは、入りたてのアルバイトだったんだろうな。だからくれなかったんだ。レシートを渡すのに慣れてないんだな」
「なんか、よくしゃべるね」
佐々木原は水咲に囁いた。
一力は彼女の言葉を聞いてとっさに唇を結んだ。また言い訳しているようではないか。
レシートをくれなかったと言うより、自分はレシートをもらわない主義だ、と言えばよかった。
「それなら、まだ疑いは晴れません」
水咲は脚を組んで、まだねばる体勢をとった。
どうしてそこまでしつこくできるのか、さっきからさっぱり見えてこない。そこのところを問いただしてみた。
「もし仮に、僕が本を万引きしていたとして、そしたらあんたはどうするつもりなんだ?」
「どうするって、ちゃんと本屋さんにお金を払ってもらうよ」
「ということは、あんたは学校の本屋と何かつながりがあるということだな?」
すると、水咲と佐々木原は不思議そうな顔で互いの顔を見合った。
「どうしてそうなるの?」
「どうしてって、だって、本屋と何か関係があるから、そんなに躍起になって僕のことを万引き犯扱いしてるんでしょ?」
「別に、わたしは本屋さんと何の関係もないよ」
一力の理論は成立しなくなった。彼の理論は、水咲は本屋と関係があるから自分のことを追いかけて来る、というものだった。これが崩れたとなると、残るはもう2つの理論だ。
「それじゃ、あんたは、大学と何か特別な関係があるのか?」
すると、またもや彼女らは互いの顔を見合っていた。
「特別な関係って、茅ヶ崎さんくらいだよね。華奈とつながりあるのは」
水咲は人差し指を唇に当て、宙を見て考えながら佐々木原の言葉にうなずいた。
「万引き犯がいたって、大学に密告するんじゃないのか?」
「密告? どうして? そんなこと大学に密告したって、どうせその事実を隠蔽しようとするんだから、意味ないんじゃない?」
まぁ、確かにそうだ。水咲がきょとんとした顔で自分を見ているのも無理はない。
ならば、残る1つの考えしかない。
「それならもしかして、あんた警察ですか?」
またもや2人は向かい合うと、今度は笑い出した。
「華奈、やっぱ大学生に見えないんだよ。いっつも間違われるじゃん」
「前も誰かそんなこと言ってたよね?」
「海崎さんや古谷敷さんが言ってたよ。でも、華奈の場合は、警察は警察でもミニスカポリスだけどね」
「ミニスカポリスって言うなよ」
水咲は、無いスカートの丈を無理矢理引っ張り、少しだけ太ももの露出を抑えた。
「じゃ、警察でもないのか?」
「警察じゃないです、今日は帽子を忘れたから」
「ののちゃん、お尻出してくれる?」
水咲は自分の左手のひらを叩いて素振りをする。
「という冗談はさておき、華奈は立派な学生です。警察ではないです」
「わたしは、名探偵研究会の会長やってるんだよ。警察がサークルなんてやんないよ」
ならば、謎は益々深まった。どうして彼女はこんなにもしつこく付きまとってくるのだろうか。
「それなら別にいいじゃない。誰がなに万引きしようが関係ないと思うけど」
一力の意見に水咲の表情が一変した。彼女は真剣な眼差しで訴えた。
「大学生にもなって、そんなことしている人がいるんだよ。なんか同じ大学生として恥ずかしくて。万引きなんて、幼稚な犯罪だよ。本くらい買おうよ、って思わない? それに、なんにも悪くない本屋さんがかわいそうじゃん。悪いことした方が得するっていうのは、おかしいと思わない?」
一力は何も反論できなかった。要するに水咲は、悪は許せないということだ。
「それじゃあ万引きしたこと、認めてくれる?」
だが、これは意地でも認めることはできない。犯行を認めても、彼女は別に大学に何やかやと言うわけではないらしい。しかし、ここで認めてしまっては、今まで偉そうなことを言っていたことに恥ずかしくて、頭が上がらなくなってしまう。
「それとこれとは別。僕はさっきから言ってるように、万引きなどしていない」
「でも、その本を駅前の本屋さんで買ったとは断言できないよ」
「それなら僕も言う。僕が大学の本屋で万引きしたとは断言できない。今日最後の授業があるので、これで失礼します」
一力は2人を残してさっさと校舎の中へ入った。
残された2人は、一力を追いかけようとはしなかった。
「華奈も、今回ばかりはダメじゃないの?」
水咲は少しうつむきながら笑って答えた。
「そうかもしれないね。難しいなぁ」
「難しいよ。だって万引きだもん。万引きは、現行犯じゃないと捕まえられないからね」
「そうなんだよね。だれも万引きの瞬間を見てないから、何も言えないんだよね」
「じゃあ、無理じゃん」
既に佐々木原は諦めていたが、水咲は諦めきれない様子だ。
「でもねぇ、万引きの瞬間を見てなくても、ここの本屋さんで盗ったっていう証拠が残っていれば、現行犯でなくたっていいんだからね。絶対、あの人だと思うんだけどなぁ」
「華奈の勘は当ってると思うよ。だけど、一力さんて、万引きしそうな人には全然見えないけどね。すっごい真面目そうで、すっごい頭良さそうでさ。しかも、几帳面でお金の管理とかしっかりしてそうな人だから、万引きなんて信じられないよ。たださ、一力さんのしゃべり方ってイヤだよね。だって、なんか世間を見下してるみたいなんだもん。自分以外はバカばっかりだって思ってんじゃない?」
「言うね、ののちゃん」
水咲は脚を伸ばして背もたれに身を任せ、親指の爪を噛みながら空を見つめていた。
「万引きするような人には見えない、か」
佐々木原も同じく、脚を伸ばして空を見つめると水咲に問い掛けた。
「なんで、万引きなんてしちゃったのかな?」
「…………」
佐々木原の質問が、ただの独り言になってしまった。
「なんで、万引きなんてしちゃったのかな? ミニスカポリス」
「ねぇ、ののちゃん」
佐々木原はびっくりしてのけぞった。まさか聞いているとは思わなかった。
「ののちゃんと知り合ってから、どれくらい経ったっけ?」
どうやら、2度目の質問も聞いていなかったようだ。彼女はボーっと空を見つめて呟いた。
急に過去の話を持ち出してきたので、答えるのに少し時間がかかった。
「えっと、もう1年くらいじゃない? それがどうしたの?」
「ののちゃんて、いざというときは頼りになるよねぇ。今回も、事件解決の糸口を教えてくれたよ。そうだよね、確かに一力さんて几帳面そうだよね。ののちゃんのその言葉で、あのことを思い出したよ」
「あのこと? なになに? それって、一力さんが万引きしたっていう証拠につながるの?」
「うーん、まだわたしの推測だから調べてみないとわかんないけど、もしわたしの推理が正しければ、解決かもね」
水咲は立ち上がって髪をかき上げる。つられて佐々木原も立ち上がる。
「ののちゃんも手伝って。ちょっとイヤかもしれないけど、一力さん、昼休みベンチで本読んでたじゃん。その近くのごみ箱から、ある物を探して欲しいの。わたしはロビーに置いてあるごみ箱調べるから」
「何探すの?」
「どこかのごみ箱にあると思うんだけど……」
そのある物を聞いた佐々木原だったが、どうしてそれが証拠へとつながるのか、いまいち意味がわからなかった。
「それが証拠になるの?」
「調べてみないとわかんないけどね」
「ふぅん。わかった。探してみるよ」
「それじゃ、お願いね。わたしも行ってくるけど、その前に……さっき、ミニスカポリスって言ったでしょ?」
佐々木原が手を振りながら逃げるようにして水咲の下を去っていったとき、既に4時限目は始まっていた。
第6話 幼稚な犯罪者~事件編《後編》【完】