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かぐや姫の恋嵐  作者: 武佐井 玄
葉月編
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火曜日 その一

痛いほど眩しい光が窓から射し込んできた。狭い部屋の中誰もいない。いつくるのだろう。そう思いながら僕は自分の部屋をでた。


リビングルームに入ったら、パパとママが坐っている。まるで、僕を待っていたかのようだ。ドアを開けた僕をみて、二人とも笑顔で迎えてくれた。


予想外の情景に僕はびっくりした。物心を覚えてからパパとママがそろって僕に笑顔を見せたのがこれが初めて。それに、この時間まで家にいる二人ではないからだ。


「パパ、ママ、出勤しないの?」


僕は沈黙を破って尋ねてみた。


「行くよ、大好きな息子とご飯を食べたらね」


ママの声はいつもと違う優しさが含まれていたが、なぜか耳障りのように聞こえてきた。多分、期待していたあの人じゃないから、八つ当たりの感情が胸を苦しめているのかもしれない。あれを人と呼んでいいかわからないけど。


あるいは、久しぶりに聞くママの優しい声にまだ、慣れていないからかもしれない。


「そんなところに突っ立てないで、早く朝ごはんを食べよう。ママが作ったおいしい料理が冷めないうちに」


言ってパパはママを手を取って立ちあがり、厨房へと向かった。


二人の仲がこんなに良かったっけ?一番最近の記憶を思い返してみても、二人が口喧嘩したことしか思い出せない。


僕は二人の後ろについて厨房に入った。


テーブルの上には確かにおいしそうな朝食が作られている。何年ぶりだろう。ママの手作り料理を食べるなんて。


パパとママと一緒にご飯を食べていてもまるで夢のようだ。現実感が沸かない。舌を軽く噛んでみた。痛みは確かに感じ取る。夢ではない。


これまで、全員が家にあっても、同じ食卓の前でご飯を食べるのが稀中の稀だったから。今日、いきなりいい親ごっこをするなんて、理解できない。狐につままれたようだ。


「食べないの?早くしないと学校に遅れるよ」


ママは微笑みながら僕を催促した。ママの笑顔なんて、最後に見たのはいつ頃だろう。この記念すべき瞬間を写真に撮ったほうがいいじゃないか、と思ったけどやめた。


二人が見せた優しさのせいか。僕も心のどこかにあったかい何かを感じた。


一人の食卓になれたのに、急に親と一緒に食べると、気まずい雰囲気がぷんぷんと漂った。適当にご飯をすませ、カバンを背負って家を出た。


パパとママはそろってドアの前まできて僕を見送った。なれない二人のやさしさに、僕は恥ずかしくなってすぐ家をでた。後ろからはママの「いってらっしゃい」と言う声がかすかに聞こえてきた。


学校へ行く間、僕はずっと考えた。なぜ今朝はあんなありえないことが起こったかを。久しぶりに感じた親の小さな愛情はわるくはないけど、どこが釈然としない。


先までの事が夢なのか、それとも昨夜の事が夢なのか?こんなにもリアルな夢があるはずがない。


教室に入ると、一度も声をかけたことのない同級生が僕に「おはよう」って挨拶をしてくれた。みんなの顔には笑顔が溢れている。昨日までは受験勉強や進路の事で、重い空気が教室中に充満していたのに。まるで人ががらっと変わったようだ。


桃色はいつも以上な笑顔で僕に飛びついてきた。


「フモト!」


軽く身を回しながら桃色の抱っこをよけた。


「朝っぱらから何?」


「いつもと同じことをしただけじゃない。それにさぁ、一度ぐらいは抱かせてくれてもいいじゃない?」


話が終わると同時にまたも飛びついてきた。


「全然よくないから!」


僕はすぐ自分の席まで駆け寄った。


「なんか今日、とってもすっきりなの。徹夜でゲームやったのに」


そういえば、桃色の顔色はいつもより光っているように見えた。


「なぜだろうね?」


「君はいつも元気いっぱいじゃないのか?一週間ぐらいは徹夜してもピンピンしてるのを知ってるんだから」


僕の文句にもかまわず桃色は昨日やったゲームの内容をぺらぺらと話した。


昼休みに、一緒に昼ご飯を食べようと誘う同級生もいたが、断った。こんな変化が起こったのはなぜだろう。授業には集中できずずっと原因を考えた。


同級生たちの急に変わった態度は悪くないがうそぽっくていやだ。いやというより、身体が拒んでいる。パパとママ、同級生、みんないったいどうなっちゃったのだろう。


桃色は顔色こそいつもより光ってたけど、やってることはいつもと変わっていない。


放課後、桃色をまいて家に戻ったら、パパとママが家でテレビを見ていた。ぽかんと口を開けて驚いている僕を見て、ママは近寄ってきた。


「何をそんなに驚いているの?今日は三人で焼肉行こうと、パパと店を決めていた所なの」


もしかしたらこれはママとパパの本当の姿なのかもしれない、と一瞬思った。もしかしたら、この状態がこのまま続くかもしれない。


「出発しようか」


パパがソファーから立ち上がり、こっちへ来た。


「ちょっと待って。着替えてくる」


私服に着替えてから、僕は自分の部屋を出た。パパとママは眩しいほどの笑顔で僕を迎えた。


「さあ、行きましょう」


ママはドアを開けて先に出かけた。


家を出てから僕はパパに尋ねた。


「パパ、誰か来なかったの?」


「こなかったよ?誰と約束をした?」


「別に、何もないよ」


家のドアを締めながら中を見回した。少し失望はしたけど、パパとママは楽しい晩ご飯を満喫しようとしている。僕のために台無しにしちゃいけないと思って、僕も笑顔を浮かべた。


家族との団欒の時間を過ごし、家に戻った。


焼肉おいしかった。


パパとママはすぐ部屋へ入った。明日、重要な会議があるといって。


「おやすみなさい」


パパとママのこの言葉、耳かゆいけど悪い感じでもなかった。人はすぐ周囲になれる生き物だなあと感心した。


家にいるのは僕とママとパパの三人。


あの人がまだ来ていない。


僕は自分の部屋に入り、本を読み始めた。時間は一秒一秒と進んでは行くが、誰の姿も現れていない。焦燥感と押し寄ってくる空虚感のせいか、腹が減った。焼肉をあんなに食べたにもかかわらず。


僕は厨房に行って冷蔵庫から冷凍ギョーザを取り出し、レンジの中に入れた。


チーン。


いい香りがするギョーザをリビングルームにもって行き、ソファーで食べようとした時、思わず溜息をついた。


「本当に現状に不満を抱いているね」


聞き覚えのある声が後ろからした。確かに昨夜、デパートの屋上で聞いた声だ。


震える体、抑えられない。これで、僕は平凡な世界から抜け出せる。


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