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花火

作者: 柊かえで

「ねえねえ。明日さ、みんなで花火やらない?」

長かった夏休みも終わろうとしていたある日、美沙がそんなことを言い出した。

「花火? いいけど、どうしたの急に?」

「もうすぐ夏休みも終わりだし、なんか思い出が欲しいじゃん?」

 言われてみれば、今年の夏休みは特に何もする事がないまま、なんとなく過ぎていった感じかも。

 彼氏でもいれば、何か変わったのかもしれないけどさ。

「岡田君も誘おうよ」

 え……?岡田君?!

「ちょ、ちょっと待ってよ。なんでそこに岡田君の名前が出てくるかな」

私の言葉に、美沙はニヤニヤしている。

 なんだろうね、この顔は……

「私にまで隠すんだ? ほ〜、知ってるんだからね」

 ギクッ…… 

暑さのせいじゃなく、背中に汗が滲んでくる。

「し、知ってるって、何を?」

「まだ、そんな事言うんだぁ? 夏休みで岡田君に会えないから、元気が無いんだとばっかり思ってたけど私の思い違いかぁ」

「それは……でも、いつから知ってたの?」

美沙にはすっかりお見通しのようで、私はあっさり降参することにした。

「もう、水くさいんだから。言ってくれれば、いくらでも協力したのに、今日子ってばいつまでたっても言ってこないんだもん」

美沙とは小学校からずっと一緒で、一番の友達だ。今まで隠し事をしたことはなかった。

なんでも相談したし、美沙もそうしてくれていた。

「隠すつもりじゃなかったんだけど、なんでかな? なんとなく言いそびれちゃって……ごめんね?」

どうして彼のことを話せなかったのか、自分でも良くわからなかった。

「それだけ本気だって事なんじゃない?」

そう言われて、頬が赤く染まっていくのを感じる。

「そう、なのかな……?」

 今まで人を好きになった事が無いわけじゃない。でも、彼に対する想いは今までとは、何か違っていた。

中学の時に好きになった人は、ただ見ているだけで幸せで、それ以上何かを望む事なんて無かった。

でも今は、岡田君に対しては、違った。

見ているだけじゃ苦しくて、息さえも出来なくなっちゃうんじゃないかって思う。

自分の中から気持ちが溢れ出してしまいそうで……

もっと彼を知りたい!もっと私を知って欲しい!

そんな想いでいっぱいになって、彼を想うだけで涙が出てきそうになる。

なんて、美沙に言ったら「おおげさだな」って笑うかな?

「でも、いきなり花火に誘うなんて無理だよぉ……あんまり話した事も無いのに」

 確かに、岡田君と一緒に花火が出来たらすっごい嬉しいけど、私から誘うなんて死んでも出来ない。

 サバサバした性格の美沙は、男の子達とも仲がいいから、抵抗ないかもしれないけど……

「それなら大丈夫! 私にいい案があるんだよね」

「いい案? なになに?」

美沙はなんだかとっても楽しそうにしている。

「まぁそれは明日のお楽しみ♪」


       ****


「気をつけて行ってらっしゃい。美沙ちゃんのお母さんにもよろしくね」

「いってきまーす」

 ママには美沙と一緒に宿題をするって言ってある。

 ウソつくのはちょっと罪悪感だけど、これも娘の恋のためだと思って、許してねママ!

 玄関を出ると、夏特有の夜の匂いがして、湿気を含んだ空気が身体を通り抜けていく。

愛車の原付に乗って、美沙との待ち合わせ場所へと向かう。

 本当に岡田君、来るのかなぁ……

 どうしよーっ!!

自分でも何がどうしようなのか、わからなかった。

来てくれなかったらどうしよう、でも、来てたらどうしよう……

どっちにしても「どうしよう……」な心境だった。

 親にウソをついて外出するのも、夜に男の子と一緒に遊ぶのもすべてが初めてのことで、

期待や不安や罪悪感が入り混じって、なんかとってもハイテンションになっていた。

 十分ほどで、待ち合わせ場所に到着すると、美沙はもうそこにいた。

「ごめーん。待たせた」

「私も今来たとこだから大丈夫。あ、あと奈々と知美にも声かけといた」

学校の仲良しグループが揃うと知って、心強かった。

「ありがとー!」

さすが美沙、頼りになる。

「だって、女二人で花火じゃ怪しいじゃん?」

「二人って、男の子達は……?」

美沙の言葉に嫌な予感がして、不安になる。

「大丈夫だって。海岸で、落ち合う事になってるから。しかも、偶然会う予定」

「え?」

言葉の意味が理解できずにいる私に、美沙は軽くウィンクしてみせた。

 偶然?落ち合うのに、偶然って……?

「お待たせー」

そこに、奈々と知美も合流し、私は考える暇も無く、そのまま海岸へと向かう事になった。


 海岸が近づくにつれ、私の心臓はうるさい位に高鳴っていた。

 もう、来てたらどうしよう。どんな顔して会えばいいのかわかんないっ!

海岸に着いたが、まだ他に人影はなくてちょっと安心する。

「健太達は、まだ来てないみたいだね。」

美沙がそう言い、落ち合うと言ってたのは彼女の幼馴染だったと知る。

「健太君と待ち合わせだったんだ?」

「うん。大丈夫、健太に岡田君も連れてきてもらうことになってるから。安心しなって」

 そういえば、健太君も岡田君と同じサッカー部だったっけ。

そんな事を今更ながらに思い出した。

「美沙、今日子ー。この辺でやろうか」

奈々達が防波堤の上から声をかけてきた。

「あれ? 待たなくていいの?」

 ここで、待ち合わせ、だよね?

「ん? あぁ大丈夫。言ったじゃん? 健太達とはここで、『偶然』会う事になってるから」

美沙の言葉に、唖然としているのは私だけで、どうやら奈々と知美は知ってたみたいだった。

 さっきの言葉はそういう意味だったのね……

昨日、美沙が楽しそうにしていたのを思い出した。

どうやら、健太君に協力してもらって、岡田君をここに連れてきてもらう事になっているらしい。

「って、まさか健太君に言っちゃったのっ?!」

「まっさか。健太には上手く言ってあるから心配しなくても大丈夫。あ、でも奈々達には言ちゃったけど……?」

美沙が奈々と知美を見る。

 まぁそれは協力してもらう以上は黙っておけないし、どっちにしても私から言うつもりだったから、気にはならなかった。

 さすがに、男の子達にばれるのは勘弁してもらいたいけどね。

「今日子、水くさいよー」

「本当だよ。美沙に聞いてちょっとショックだったな」

奈々と知美は口々に不満を漏らしたが、その顔は笑っていて全然気にしてるようではない。

「ごめんって。美沙にも昨日同じ事言われちゃった」

申し訳なく思いながらも、3人の友情には本当に感謝していた。

きっと、一人で悩んでいたら、こんなチャンスに恵まれる事は無かったと思うから。

そうこうしているうちに、遠くのほうから数人の話し声が聞こえてきた。

「あ、来たんじゃない?」

奈々が小さい声でそう言った。

「偶然会った振りだからねっ!」

美沙がそう言い、私達は知らない振りをしながら花火に火をつける。

「お、花火やってる人いるじゃん」

徐々に近づいてくる話し声に、私は花火どころじゃなくなっていた。

出来る事なら、この場から逃げ出したい気分でいっぱいになる。

「あ、美沙じゃん!」

真っ先に声をかけて来たのは健太君だった。

「偶然だね〜 何してるの?」

「野郎四人で寂しく、この夏の思い出作りに、花火でも……って、美沙達も花火か」

用意した台詞とは思えない位、自然に話している二人を尊敬してしまう。

健太君の後ろに岡田君の姿を見つけて、私は固まってしまった。

「どうせなら皆でやろっか?」

奈々や知美も加わり、自然とそういう流れになっていった。

 ど、どうしよう……

手に持っていた花火が終わると、急に手持ち無沙汰になっちゃって、かなり困る。

「俺達、打ち上げ花火いっぱい持ってきたから、ガンガン上げよう〜!」

健太君が、持っていた袋から次々と打ち上げ花火を取り出し、防波堤に並べていく。

(ほら、今日子。ちゃんと岡田君に話しかけるんだよ?お近づきになるチャンスだからね!)

美沙がこっそり、耳打ちしてきた。

 そ、そうだよねっ!美沙たちの好意を無駄にしちゃダメだよね!

とは言うものの、岡田君を横目で見るのが精一杯で、話しかける勇気を出せないでいた。

その時、ピューン!と音が鳴り、夏の夜空に赤い光が瞬いた。

急に鳴ったその音に驚いて、思わず隣の人の服にしがみつく。

「び、びっくりしたぁ……」

ふと視線を上げると、なんと岡田君っ!!

 キャー!!どさくさに紛れて触っちゃったっ!(服だけど……)

引っ張られた事に気が付いて、岡田君がこっちを見る。

瞬間、呼吸も上手く出来なくなった私に、岡田君が不思議そうな視線を向けている。

 な、何か話さなくっちゃ……えっと、えっと……

そうは思うものの、胸がいっぱいで、言葉にならない。

そうこうしているうちに第二弾、第三弾の花火が次々と上がっていき、岡田君の意識もそっちに向いてしまった。

 ダメだな、私……

自分の不甲斐なさに自己嫌悪していると、美沙に肘をつつかれる。

(今日子、あれ)

そう耳打ちされて、美沙の視線を辿ると、岡田君の手に小さい火ぶくれが出来ているのに気が付いた。

 あっ、こんな事もあるかもしれないって、持ってて良かった。絆創膏!

 美沙、感謝〜!

いつか必要になったらすぐに渡せるようにと、いつもバックの中に忍ばせていた絆創膏が、ついに役に立つときがきたのだ。

ドキドキしながら取り出してみると、あまりにも長い間狭い場所で出番を待っていたそれは、もうボロボロで、とても彼に渡せるような状態ではなかった。

膨らんだ風船がしぼむみたいに、私の気持ちも一気にしぼんでいき、自分の不甲斐なさに涙が一粒こぼれてしまう。

みんなに不審に思われないように「煙がはいったぁ〜!」とごまかすのが精一杯だった。

そんな私の様子に、誰も気が付かないまま時間はどんどん過ぎていった。

「おっし、これラストー!」

最後の花火に火が点けられ、夜空を明るく照らし儚く消えていく。


結局、岡田君とは何の進展もないまま、解散となってしまった。

「なんかごめんね。せっかく美沙達が色々考えてくれたっていうのに……」

帰り道、解散場所まで来て私はそう切り出した。

笑って言うつもりが失敗して、泣き笑いのような表情になってしまった。

「そんな事気にしなくていいんだよ!」

「ありがとね。お近づきにはなれなかったけど、美沙達のおかげでこの夏一番の思い出が出来ちゃった」

今度はしっかり笑顔で言う事が出来た。

そんな私の様子に美沙達にも安堵の表情が浮かぶ。

「それじゃ、ここで。またね!」

美沙達に別れを告げて、原付に乗り込み家路に向かう。

涙が次から次へと込み上げてきて、視界が霞んでよく見えなかったけど、私は構わず走り続けた。

夜風には、微かに秋の気配がして夏の終わりを告げようとしていた。

 

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― 新着の感想 ―
[一言] はじめまして、竜太郎です。 読了感がすがすがしい。というか、とっても青春ですね。私にもこんな時間が過去にはあったような、昔過ぎて思い出せないような・・・。 どっちにしても「どうしよう」で・…
[一言] はじめまして、竜太郎です。 読了感がすがすがしい。というか、とっても青春ですね。私にもこんな時間が過去にはあったような、昔過ぎて思い出せないような・・・。 どっちにしても「どうしよう」で・…
[一言] この続きが気になります!!!
2009/06/13 18:20 アホウドリ
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