第一王子の我慢のワケ〜公爵子息の悪夢は現 外伝〜
本編『公爵子息の僕の悪夢は現になるらしいが全力で拒否して大好きな婚約者を守りたい』のスピンオフです。
コンラッドの兄、第1王子ブランドンの目線話です。
僕は何も望まなくても、何でも与えられてきた。
だけど、それは僕の望みではない。
コンラッドに負けないように。コンラッドより常に上であるように。コンラッドより常に先であるように。
ああ、僕はコンラッドと一緒に歩きたいのに、先にいなければならないなんて。
でも、僕は我慢をするよ。君の前を歩くよ。
だって、コンラッド。君にはいつでも朗らかに笑っていてほしいんだ。
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僕が4歳の時、僕の元に天使が来た。
僕と同じ髪の色で、いつも瞑っている目を開いたら僕と同じ瞳。
「あ〜あ、う〜」
「あら、今まで寝ていらしたのに。どなたがいらしてくれたのか、わかったみたいですわね」
ニコニコとした乳母がその子のお腹をポンポンと叩いた。
ぷくぷくとした手を僕に伸ばして、まるで遊んでくれとせがんでいるみたいだ。
僕が指を出すと、それを喜んで握ってギュウギュウするんだ。
僕はこの天使を一目見ただけで大好きになった。
「父上!母上!僕がこの子を守ります!だって、僕の弟でしょう!」
「そうか、ブランドン。兄弟は仲がいいことが一番だ」
父上は、僕の頭を撫でてくれた。母上は、ベッドに横たわる側妃様の手を握って、泣きながらお礼をしていた。側妃様も、そんな母上を見て泣いていた。
その天使は、コンラッドと名付けられた。
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コンラッドが、歩いた!それも、僕のところに来るために、乳母の手を離れて、僕に手を伸ばしながら歩く。
3歩でコケてしまったが、まだ一歳にならないコンラッドが歩くなんてすごい!
僕はかけよって、コンラッドを立たせた。
「コンラッド!お前はすごいな!もう歩けたのか!早く走れるようになれ!そうしたら、一緒に遊べるぞ!」
僕は小さなコンラッドを抱きしめた。
乳母たちも、コンラッドが歩いたことにとても喜んでいた。
しかし、コンラッドと駆け回って遊ぶことはできなかった。ずっと、ずっと………
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5歳になった僕は、王族としての勉強が始まったのだ。後で知ったことだが、国民には8歳から施される学習を、僕は5歳からやることになっていた。
「一般教養の後で、帝王学、社会学、語学も学ばねばなりませんから」
家庭教師からの宿題も多く、僕はコンラッドの部屋になかなか行けなくなった。
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8歳の僕が廊下を歩いていると、中庭の方からコンラッドが走ってきた。
「兄上!これから剣のお稽古ですか?僕もやりたいです」
僕は隣にいた執事の顔を見た。執事は左右に首を振った。コンラッドががっかりした。僕は膝をついて、コンラッドの視線になる。
「コンラッド、僕も始めたのは5歳からだ。今は、たくさん遊んで、体力をつけるんだよ。あと1年だ。そうしたら、一緒にやろうな」
「はい!兄上!一緒ですよ!」
「ああ、約束しよう!」
僕たちが笑い合ってした約束は守られることはなかった。「実力が違いますから」そう言われ続け、僕たちはバラバラに稽古をする。
僕たちは兄弟なのに、何をするにも一緒にはできなかった。僕は何度か父上にお願いしたけど、父上は困った顔をするだけだった。
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コンラッドが5歳になると、朝食だけは一緒になった。だけど、コンラッドがお作法を間違えると1週間別々になる。
「コンラッドはお作法を習っている途中なのだろう?少しくらい間違えていても、僕は気にしないよ」
僕はお作法より、コンラッドと食事ができることの方が嬉しかったのだ。
「いえ、作法は、相手を思うこと。コンラッド様にも、厳しく躾けるよう、言われておりますので」
コンラッドが6歳になる頃には、家庭教師なしの朝食になった。コンラッドはどんなことができるようになったとか、どんな勉強を始めたとか、とてもよく喋った。僕はコンラッドとの朝食はとても楽しかった。
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母上の方のお祖父様は、僕にコンラッドの様子を聞きたがる。僕は最初の頃はコンラッドがどれだけすごいかを話していた。ある時、お祖父様がその話を嫌がっていることに気がついた。
母上の方のお祖父様は、朗らかなコンラッドをなぜか毛嫌いしている。いや、10歳になった僕には理由はわかっているんだ。
僕の母上は王妃、コンラッドの母上は側妃。そんな小さな理由で、嫌っているんだ。
僕は「よくわからない」と答えるようになっていた。本当はコンラッドの自慢がしたいのにな。
そんなとき、僕は父上の方のお祖父様のところへ行く。お祖父様は、僕の話すコンラッドの自慢話をニコニコと聞いてくれるんだ。そして、美味しいクッキーをくれる。
「兄弟は仲がいいことが一番だ」
お祖父様は、僕の頭を撫でてくれる。
そんな大好きなお祖父様は、僕が、11歳になる前に、離宮へと行ってしまわれた。とても寂しかった。
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母上の方のお祖父様は、明らかにコンラッドと僕に差をつけようしていた。
ある日、僕は父上にそっと聞いた。
「父上。父上とギャレット公爵殿のようになるには、どうお祖父様を説得すればよいのでしょう?」
ギャレット公爵殿は、父上の弟、王弟というらしい。父上が王太子になったとき、ギャレット公爵になったそうだ。ギャレット公爵殿は、今や父上の筆頭側近で、何をするにも父上と一緒か、父上の仕事の代理か。とにかく、とても助け合っているのは誰の目からも明らかだ。
父上は、お祖父様にうるさく言われるので、コンラッドにはあまり近づかない。その分、母上がコンラッドに優しくしてくれているからいいけど。
そんな父上だから、僕の質問には苦笑いしかできない。国王としては頼れるけど、父上としてはあまり頼れない人だ。
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母上は、何度も側妃様のお話を僕にする。
「ブランドン、側妃がここにいるのは、わたくしのせいなのです。わたくしは、貴方を産みましたが、体の具合が悪くなり、これ以上、子を産むことは無理だと言われました。
貴方のお父上は、国王です。お子が貴方一人というわけにはいきません。だから、側妃に来てもらいました。
国王のせいでも、側妃のせいでもありません。だからね、ブランドン。コンラッドを大切にしてあげてほしいの
すべてはわたくしのせいなの。ごめんなさいね、ブランドン」
僕の前でだけ泣く母上。
そして、母上は、いつも側妃様とお茶をされているし、いつもコンラッドを気にかけている。そんな母上の気持ちをどうしてお祖父様はわかってくれないのだろうか?
「お父様にとって、王族との繋がりは先祖代々の夢だったの。やっと叶った夢を壊されると思っていらっしゃるのよ。
お父様の育った時代は、まわりは敵だと思えと教育されていらっしゃったから」
そんなお祖父様の勝手な妄想を僕に押し付けているのだ。うんざりだ。
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僕が11歳の時、僕の婚約者候補が5人決められた。
「15歳になるまでに一人を決めなさい」
僕は王宮に王妃教育に来る彼女たちと接していくことになる。
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その後も、僕は、何でも与えられてきた。自分から望んでないけど。
ある日、剣の家庭教師が変わった。騎士団でも強いと言われている者だった。
僕は、コンラッドがこの騎士に憧れているのを知っていた。最近、朝食の時間に、彼の話をよくするようになっていたんだ。
たぶん、お祖父様も知っているのだろう……。
コンラッドが馬に乗りたいと言った。そうしたら、僕に乗馬の家庭教師がついた。
コンラッドが「友達って何?」とメイドに聞いたらしい。そうしたら、僕の同年代が集められた。
コンラッドが、舞踏会を覗きに行き、次の日、中庭で楽しそうにクルクルと回って遊んでいた。そうしたら、僕にダンスの家庭教師がつけられた。
そんな繰り返しの中での、その騎士からのレッスンだったのだ。
僕はその騎士が現れたのを見てすぐに言った。
「今日はやる気にならない。今日のところはおわりだ」
木剣を執事に押し付け、僕は母上の部屋へと赴いた。
母上は、僕の険しい顔を見て、人払いをした。
「母上、僕は王位継承から降ります。こんな馬鹿らしいレースに付き合うのはうんざりだ。コンラッドは充分に優秀です。僕はギャレット公爵のようにコンラッドを支えたい」
母上は、その場で泣き崩れた。僕はそんな母上に、初めてうんざりした。母上も口ではコンラッドを大切にと言いながら、僕が国王になることを望むのかと………。
だけど、浅はかなのは、僕だった。
「それだけは、それだけはだめよ、ブランドン。貴方がそれを口にしたら、コンラッドが殺されてしまうわ。わたくしに力がないばかりにごめんなさいね。お願い、貴方が国王に近いと思わせることが、コンラッドを守ることになるの。
ブランドン、我慢してちょうだい」
僕は衝撃すぎて、その場に自分が座り込んでいることにさえ気が付かなかった。僕はどこまでコンラッドの邪魔であるのだろうか。
僕はただ、父上とギャレット公爵殿のようになりたかっただけなのに。
父上はお祖父様にうるさく言われるからコンラッドに近づかないのではなく、コンラッドを殺させないために近づかないのだ。
馬鹿らしい馬鹿らしい!だが、これが王族なのだ。
僕もコンラッドを守らねば。僕はその日から、さらにガムシャラに学んだ。
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僕はご令嬢方とのお茶会を続けていた。そして、その中で、一人のご令嬢を意識するようになっていた。
僕は15歳になり、その令嬢に決めようと思っていた。そんなある日、中庭の垣根にコンラッドを見つけた。いったい、何をしているんだろう?
コンラッドの視線の先には、僕の婚約者候補のご令嬢たちがいた。僕はメイドに指示をして、コンラッドが見つめているご令嬢を探った。
メイドからそのご令嬢の名前を聞いた時、僕はなんだか嬉しくなった。そっか、コンラッド。君も、かのご令嬢が好きだったのか。
僕はやっと君に渡せるものがあって嬉しいよ。
僕は、小さな恋心に蓋をして、チェリー・グローバー侯爵令嬢を婚約者に選んだ。
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チェリー・グローバー侯爵令嬢は、二人きりで話をしてみると、大変聡明で笑顔の美しいご令嬢だった。ただ、あまりに奥ゆかしすぎて、かのご令嬢の影になってしまっていただけだった。
チェリーは、表に出れば出るほど輝いていくだろう。僕の隣で輝いていってくれるだろう。そして、その奥ゆかしい心は、僕を深く癒やしてくれるだろう。
「チェリー、僕と一緒に歩いてくれるかい?」
「はい、殿下。わたくしは、貴方とともに」
僕がチェリーを愛するようになるのは、そう時間はかからない。いや、すでに、僕はチェリーの笑顔を見るだけで、幸せを感じている。
僕は小さな恋心より、大きな愛を手に入れたんだ。
そしていつか、僕とコンラッドで、父上とギャレット公爵殿のように、この国を豊かにしていくのだ。
かのご令嬢とは、コンラッドの婚約者になったマーシャ・ホーキンス公爵令嬢です。
短編は難しいです。
十五歳でチェリーを決めたブランドンですが、そこから婚約者になるまできちんと愛を育み、十七歳で婚約します。
また、マーシャも、第一王子の候補でなくなったから次というのは外聞も悪いので、コンラッドとマーシャの婚約は二人が十五歳になってからになりました。
また、ブランドンが王太子になると今度はブランドンが殺されてしまう可能性があり、それなら、コンラッドの公爵家婿入りと同じタイミングの方がいいだろうとなりました。なので、ブランドンとチェリーの結婚はブランドン二十二歳チェリー二十歳と少し遅めになりました。
という裏話もあるのですが、こういうのって文章内だとどこに書くか難しいですよね。
終わりをスッキリさせるため、こういう背景は書かずにいてみました。
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