第4話
「お、お坊っちゃま! 落ち込まないで下さいませ!! 整理整頓のスキルなんて、メイドの私からすれば羨まし過ぎるスキルですよっ! 最悪、このキャロンが責任を持って、世界最高の執事に育てて差し上げます!」
キャロン式スリスリによって、俺の気持ちを何とか宥めようとしている。
説明しよう。キャロン式スリスリとは、キャロンが豊満な胸に俺の顔を挟み、頭頂部に頬っぺたをこすりつける愛撫のことである。
近藤雄二としての記憶が甦るまでは平然と受け入れていたことだ。しかし、今は身体は十五歳、心は三十二歳のオッサンである。嬉しい反面、ドキドキして落ち着かない。
キャロンの肌はとてもスベスベしていて、まるで常時薄い水の膜が張っているかのようだ。そして、ほのかな花の香水の香りが男心を誘う。
男としてはかなり嬉しいスキンシップだが、今は流石に手放しでは喜べない状況である。
ケルンはと言えば、スキルの結果に呆れ果てて先に帰ってしまっていた。
この世界では、魔法よりもスキルを重んじている風潮がある。
魔法についての優劣は、せいぜい光と闇の魔法が使えるかどうかの違いだ。四大元素の魔法は、誰でも一つは扱えるのだから。最も、余程魔法の技量が優れていれば話は別だが。
当のケルンは剣豪と魔導士という、剣士と魔法士の上位スキルを持っている。スキルが二つあるだけでも天才扱いなのに、双方とも希少性が高いスキルだ。
ケルンは雷術士の価値には目もくれず、整理整頓という意味の解らないスキルにがっかりした様子だった。それはそのまま、世間の価値観にも当てはまるだろう。
せめて、スキルが魔法士等であれば、雷術士の魔法を十分に使いこなすことが出来る。しかし、スキルが整理整頓ではせっかくの雷術士の特性が活かされない。
正直なところ、俺はとても落ち込んでいた。
ーーーーーー
キャロンと共に、教会からリハイヘヴン家の邸宅へ向かう。
クオーツカス家の主人であるリハイヘヴン家に、ケイブが何のスキルを授かったか報告に行く為である。
リハイヘヴン邸はとにかく巨大だ。東京ドーム十個分はあろうかという敷地に、五十メートル程の高さの摩天楼のような塔がいくつも建っている。庭の代わりに鬱蒼とした森が広がり、山や湖まで敷地の中にある。
リハイヘヴン家の当主はテングレスという。髪の毛をオールバックでカチカチに固め、細面に口髭をたくわえている。常にマントを身につけており、どことなく吸血鬼を思わせる風貌だ。
テングレスはケイブの報告を聞くと、深いため息をついた。
「ご苦労だった」
そう言い残して去っていくテングレス。
ーー人生終わった。
クオーツカス家の当主は、代々リハイヘヴン家の当主に仕える定めだ。そのリハイヘヴン家から見限られれば、当主の座を降りないといけなくなる恐れもある。
キャロン式スリスリを施されながら絶望を味わっていると、柔らかい足音が聞こえてきた。
「あ! ケイブくんだ! 魔法儀はどうだったの??」
応接間に入って来たのは、テングレスの一人娘であるナホーティアだ。俺とは同い年で、半年後に十五歳の誕生日を迎える。
シルバーブロンドの長髪に色白でふっくらとした頬。やや下がり気味の眉が、性格の優しさを感じさせる。細身ながらも存在感のある胸。そして、スリットから覗く細い足。スタイルも抜群に良い。
ナホーティアの屈託の無い笑顔を見ると、ケイブはいつも心が晴れ渡った。ケイブにとって、ナホーティアはまさに天使のような存在なのだ。性格も裏表無く、慈愛に溢れている。
「スキルは整理整頓っていう、良く解らないスキルだったよ。魔法属性は雷術士で、千年前の大魔導士様と同じ適正だったんだけどね。テングレス様はかなりがっかりされていたよ」
ナホーティアは俺の頭に手を置いて、撫で撫でしてくれた。
「雷術士なんてすごいじゃない! 整理整頓のスキルも、絶対に役立つスキルだと思うよっ! 私はお片付けが苦手だから、ケイブくんに手伝ってもらっちゃおうかなあ♪ お父様ががっかりされてたとしても、次期当主は私なのだから心配しないでね」
ナホーティアの温かい言葉に、不覚にも涙ぐんできた。
ーーナホーティアは優しいなあ
潤んだ目で見上げると、ナホーティアは微笑を浮かべ、心持ち首を傾けて髪をかき上げている。
誰かに似ている……
ふいに、前世の妻であった奈帆を思い出した。奈帆も、首を傾けながら髪をかき上げる癖があった。
瞬間に、ケイブは稲妻に打たれたような気がした。ナホーティアは、奈帆の生まれ変わりに違いない。近藤雄二の生まれ変わりが、自分であるように。
見れば見るほど似ているのだ。笑顔が。佇まいが。そして、その優しさが。
前世であれだけ冷たい仕打をしてしまったのに、受けた愛を無関心に流してしまったのに、それでも、奈帆は自分を優しく包んでくれるのか。
懐かしさと後悔が、嗚咽となって溢れ出した。号泣する俺に、ナホーティアもキャロンも戸惑いを隠せないでいる。
今度こそ、奈帆を幸せにしよう。前世で出来なかった分以上に。自分が持つ、全ての力で。
今世は、何があろうと側で奈帆を支えよう。もう絶対に1人ぼっちにさせない。
十五歳の誕生日に、俺は生涯の誓いを立てたのだった。
天使のようなナホーティア。彼女の優しさが、後の悲劇に繋がっていきます。