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【第一部完】俺が死ぬと世界が終わるらしい  作者: A×A
第二章 殺人鬼に襲われ、死亡
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第十五話 夕焼けこやけ

 星野と別れると、慧はひとりでバス停に向かっていた。

 「夕焼けこやけ」のチャイムが丁度鳴る。子供たちが家に帰る時間だ。こんな事態になっても日常は相変わらず続いているんだな、と慧は目を細めた。


 そうして凝らされた視界の先に、赤い人影が見えた。


 最初は日の赤い色に照らされてそう見えるのだと思っていた。が、違う。その人影はこちらに寄ってくる。近づくにつれて、鮮明になる。


 それは、血の赤だった。


「どうして、生きて」


 その人影はジェフだった。仮面は被っていないし、恰好は変わっているけれど、一度その顔を見たから分かる。一生忘れられない位の、壮絶な美形だった。

 件が息を確かめて、確かに死んでいたはずだったのに。


「生きてたから、息を止められた」


 ジェフは慧の考えたことを読んだかのように言った。


 ジェフの恰好を見て、慧はジェフの計画を察した。水色の病院服だ。慧も入院していたときに着ていた。あのとき、慧に撃たれたあと、ジェフはあえて死んだふりをしていたのだ。不完全な体で挑むよりは、怪我をある程度回復させた方が良いと。

 そして、治療を施された後、檻の中に入れられる前に逃げ出した。


「一度切った手札は、使わないとダメだっていうからさ」


 ジェフはそう言いながら更に慧に近づいていく。慧は戻って、警察署に逃げようとし、気づいた。先ほど慧達は警察に対して、偶然現場に居合わせて、巻き込まれた高校生だと演出した。だが、ここで慧が警察署に逃げたら、さすがに警察もジェフが狙っているのは佐藤慧個人だと察するだろう。


 それを、サトウケイと結びつけないわけがない。

 かといって、警察署を無視して、さらに向こう側に逃げてしまえば。

 そちら側には、別れたばかりの星野がいる。


 取り上げられてしまったのか、ジェフはナイフを持っていなかった。慧はそれを好機だと考える。

 治療してもらったとはいえ、相手は銃弾を何発も撃ち込まれた怪我人だ。こちらも右腕の動かない怪我人だが、十分勝機はあるだろう。


 それに。

 慧はリュックサックの中に手を伸ばした。


 そのときだった。

 銃声がした。ジェフの右目が真っ赤に染まる。横に倒れていく。慧は後ろを振り向いた。


 白い髪をなびかせながら、件が立っていた。

 件は銃を構えながら慧達に向かってきた。彼女は険しい顔をしていたが、ふいに慧の方を見るとその目を丸くした。


「何故、そのような顔をなさっているのですか?」


 慧は質問に答えることができなかった。件はひとつ息を吐くと、慧の横を通り過ぎようとする。

 勘違いで仕留めそこなったから、今度は確実に息の根を止めようとしているのだ。

 その判断は一切間違っていない。だから、慧には件の行動を止めることは出来ない。

 慧が唇を噛んで俯くと、件の足が止まった。慧は驚いて顔を上げる。


「……ジェフ。やられてしまっタのかい?」


 眼前、新しい人影があった。


 ジェフと同じような現れ方だが、だからこそ、この存在がジェフとは違うのだと分かる。まず、背が高い。それも人間の背が高いというレベルではない。道の端にある塀の高さを優に超えていた。三メートルくらいだろうか。


 次に、背中からうねうねとした管がいくつも生えていた。それらは意思を持つように先端をこちらに向けていた。


 件が、銃を撃つ。


「仕方ナいね。君、中途半端なんだモの。仮面なんかでゴマカして」


 それは会話を続けながら、散開する弾を避けた。大人から子供まで、複数の人間が混ざり合ったような声だった。避け方もまた、ジェフのものとは違っていた。


 消えたのだ、姿が。一瞬姿を消したそれは、より慧達の近くに、ジェフのすぐ後ろに立った。


「これはワタシの善意だ」


 それはかがみこむことなく、長い腕をジェフの顔に伸ばす。


「ぎ、あ、あ」


 血が飛び散る。ジェフはかすれた声をあげた。惑星で上げていた悲鳴と異なり、大げさでないことに慧は逆に恐怖を覚えた。


「さて、名乗りを挙げてオこう」


 それは目も鼻も口もない顔で言う。


「ワタシはスレンダーマン。君をこの世から攫いにキた」


 合わせて、背中の管がぶるりと震えた。そこから何かが飛んでくる。慧はそれが何か理解出来ないままに、額で受け止めた。




 熱い。


「ぁ、ぁあああああ!」


 慧の体が前に傾く。反射的に額を動く左手で押さえる。その左手からも焼けるような痛みが走る。


「……!」


 件が声を上げた。が、それを理解する能力が今の慧にはない。体から汗が噴き出る。その汗は溶けだした血肉と混じり、鼻筋を通って、目に入る。

 粘膜に強い刺激が迸った。





 件は辺りを見回した。アスファルトの所々から煙が立っている。溶けているのだ。おそらく、それ、スレンダーマンとかいう奴が無差別に周りを攻撃したのだろう。

 そして運悪く慧の額に当たってしまった。


「あああああああ」


 体が溶けていく痛みに、慧はなすすべがない。目に入ってしまったのも悪かった。眼球は神経が集中している部位だ。睫毛が入ったというささやかなことでさえ痛みを感じるのに。

 件は慧のリュックサックを漁ると、さすまたを取り出した。微弱になるように電流を調節すると、慧に当てる。


「……ぃ!」


 慧は僅かに体を震わせると、正気を取り戻した。電流を当てることによって慧の神経を麻痺させ、痛みを軽減させたのだ。

 それを見て、件は微笑む。ぼやけた視界の中、慧はその後ろに迫る影を見た。


 件は振り返ると、あえてスレンダーマンの懐に飛び込んだ。


 件の体が浮く。

 スレンダーマンが件の首を掴み、持ち上げていた。

 茫然とする慧に件は叫んだ。


「逃げて! 私は大丈夫だって知ってるでしょう!」


 件の手には引っこ抜かれた管がつかまれていた。そこから黒い液体が滴っている。


 慧は唇をかむと、踵を返して逃げた。行く先はスレンダーマン達が来た方角だ。件が隙を作ってくれたおかげで、そちら側に逃げることが出来たのだ。

 麻痺し、噛みすぎた唇からは血が滴っていた。





 スレンダーマンは遠ざかる慧の背中を見送った。どうせ、すぐに追いつける。なんの訓練も積んでない高校生なんて甚振る獲物にすぎないからだ。それよりも脅威はこの女だ。スレンダーマンは考える。ジェフには銃創があった。片手に握られた猟銃を見る。ジェフを倒したのはこの女だろう。

 ぎりぎりと首を掴んでいる手に力を込めていく。


「あふっ、こ、んな事態は想定外です」


 件は苦しみに喘ぎながら言った。一言話すたびに件の口の端からは血が零れ出る。すでに件の体には限界がきていた。件はスレンダーマンを見つめる。


「私は貴方を見なかった。知らなかった」


 スレンダーマンは件の目に吸い寄せられるような感覚を覚えた。藍色の虹彩に縁どられた、大きな瞳孔。暗くて、そこには何も映ってなくて、何処か遠くを見ているようだった。


「だから」


 嘲るように件は告げた。

 視界の端にはのたうち回っている殺人鬼が映る。件は8月1日に家に押し入ってきたチンピラ達を思い出す。彼らと比べて。


「貴方はなんの災厄も齎さない、雑魚ってことですよ……!」

「キ、さまァ!」


 スレンダーマンは件を地面に叩きつけた。そのまま、転がる件に足を振り上げる。件はひどくせき込んでいた。胸を押さえながら、迫る足を見ていた。

 果たして、どちらが速かったのか。


 只、血しぶきが上がり、その血しぶきさえも消えてしまったのは確かだった。


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