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新天地

レオーネ公国辺境 アルノー村

「ちょっと先輩、最近ずっと本読んでばかりじゃないですか」

「いや、でも俺はこの本に載っている魔術使えるようになったからな。もちろん学園時代だって研究は楽しかったけど、今は理解した魔術を使えるようになったんだぞ? こんな楽しいことがあるか?」


 その後俺とイリシャは国境をまたぎ、隣国レオーネ公国のアルノー村という辺境の村を訪れていた。そこで俺はすでに三日ほどイリシャと滞在していたのだが、もはや追われているとか魔神疑惑とかはどうでも良くなっていた。


 俺のグリモワールは古代魔法語で様々な魔法が記されている。そして今の俺はなぜか魔力がある。つまり、今まで学んできた知識を使えば古代魔法を使うことが出来るのだ。


 もちろん、俺の知識ではまだ全ての古代魔法語が読める訳ではない。研究発表会の時に話したような炎の話が俺の専門である。しかし古代魔法における炎というのはただの熱いだけの炎ではない。先日コカトリスを消滅させた碧の炎のように蒼、紫など色によって様々な効果がある。

 その炎の知識を用いながら炎に関する記述を解読していく。そうすれば読める単語が増えていくので、その知識を使って別の記述も読んでいく。基本的にはその繰り返しである。しかしそれで見える世界が広がっていくのがとても楽しかった。


「まあそれはそうですけど……よくこんな状況で学問に集中できますね」


 イリシャは呆れながら言った。確かに今は魔神疑惑を掛けられての逃走中である。隣国に逃れたとはいえ追跡は続いているかもしれないし、見つかればどうなるかは分かったものではない。何せ俺はなぜか『ディテクト・デビル』に引っかかる体質になってしまっているのだから。

 他にも魔神疑惑と関係があるのかどうかすら分からないが、突然俺の体から魔力があふれ出したこと、さらに古代魔法のグリモワールが出現したことも謎ではある。


「と言われても、状況を知る手がかりもないしな。逃げようにもこれ以上王国から離れれば逆に公国の首都に近づくからな」


 王国の追手が情報を集めるか、王国の要請で指名手配されるとすれば隣国と言えど手配書が回っていそうな都会は危ないだろう。ならばこの田舎でひっそりしている方がいいことになる。


「それはそうですけど……」


 イリシャは納得していなさそうだったが、反論の言葉を探したが見つからなかったのか、やがてはあっと大きなため息をつく。


「分かりました。それならせめて今から狩に行くので手伝ってください」


 俺たちが身を寄せているアルノー村は人口百人ほどの小さな村である。当然村人同士は皆顔見知り、外からやってくる人も滅多にいないため俺たちは変な目で見られたが、イリシャは駆け落ちという説明で押し通した。家の者に追われているので辺鄙なところに身を寄せていると言えば説得力があるからである。


 アルノー村の村人は魔物が跋扈する荒れ地の中で狭い畑を耕して何とか食いつないでおり、よそ者の俺たちを養うほどの余裕はない。そこで俺たちは廃屋になっていた家を借り、近くの山に入っては動物を狩り、肉を麦や生活品に交換してもらうことで生活していた。と言ってもまだ数日だが。


「分かった分かった。じゃあ行くか」


 俺たちは家を出ると狭い村の中を歩いて抜け、村の裏手にある小高い山に入っていく。麓の方では村人が炭焼きなどをしているが、奥の方には動物が出るため入っていく者はいないらしい。俺とイリシャは木々に遮られて薄暗い山の奥に入っていく。


「橙の(アリクアマ)!」


 呪文を唱えると俺たちの周りにオレンジの炎が浮かび上がる。ランタンぐらいの明るさだが、手を使わずにふわふわと浮いており便利だ。


「何ですかそれ」

「さっき覚えた、橙色の炎らしい。特に威力がある訳でもすごく熱い訳でもないが、ずっと消えずに燃えている」


 オレンジの炎は拳大の大きさでふわふわと漂っている。手をかざしてみてもそこまでは熱くない。熱湯より少し熱いぐらいだろうか。それを見てイリシャは目を丸くする。


「へえ、古代魔法にも色々あるんですね」

「ほら、研究役に立っただろう?」

「別に役に立たないとは言ってないです。そればかりなのが問題だと思っただけです」


 イリシャがむくれる。学園時代に言われ過ぎて、無意識にそう言われている気分になってしまっていた。


「これってもっとたくさん出すことは出来ないでしょうか?」


「多分出来ると思う……『アリクアマ』」


 俺がもう一度唱えるともう一つの炎が現れる。再びイリシャが目を丸くする。通常魔法は複数同時に操ろうとするほど難度が上がっていく。


「せっかくだから十個ぐらい出して明るくするか」


 俺はもう八回呪文を唱えて、俺たちの周辺を炎だらけにする。木々に遮られて日の光がほとんど入ってこない空間だったが大分明るくなった。


「すごい魔力ですね……とは言っても、衛兵やコカトリスを倒した時に比べれば大したことないですが」


 森の中は大木がずらっと並んでいるが、一本一本の枝や葉が多いので上の方は葉がびっしりと覆っているものの下の方は比較的空間が空いている。先ほどまでは見えなかったけど、炎の灯りに照らされて小動物がこそこそと逃げていったり虫が飛んでいたりするのが見える。


「しっ」


 不意にイリシャが唇に指をあてる。耳を澄ますと、遠くから葉っぱがこすれるような音、続いてかすかな足音のような音が聞こえてくる。


 獲物の気配ではないか。


「よし、行きましょう」


 イリシャは剣を抜くと音のする方へ駆けだす。俺も慌ててその後を追った。

 柔らかい土の感触を踏みしめながら走っていくと、やがて遠くに灯りに照らされて一頭のクマが見えてきた。身長は二メートル以上、こちらに気づくなり警戒しているのだろうか、唸り声をあげる。


「おお、クマ一頭いれば今日の獲物は上々ですよ!」


 イリシャは走っていくといきなりクマの腹部に斬りかかる。体こそ強大だが、接近戦の技術ではクマはイリシャに全く及ばない。


 ぱっと赤い血が飛び散り、熊はうがああああ、と悲鳴を上げた。


 そして報復とばかりに右手で殴り掛かる。イリシャはそれをぱっと飛びのいて避けた。

 基本的にクマの攻撃をイリシャがひらりひらりとかわしては時々突きを入れている。


 剣技ではクマを圧倒しているイリシャだが、クマは体力が半端ない。何度か攻撃を受けても、なかなか動きを止めなかった。そこで俺も後ろから魔法を構える。前回コカトリスに使った奴を使うと毛皮や肉ごと消滅するので、今回は普通の炎を使うことになる。


「赤の(ルーブラム)!」


 俺の手から光線状の炎が発射され、イリシャに追撃をかまそうとしていたクマの足に命中する。普通の炎とはいえ、当たれば焼け焦げるので重要部位は狙えない。そこで俺は足を狙うという作戦にしていた。


 うぐおおおおおおおおお!


 クマは悲鳴とも雄たけびともつかない声を上げるが、足が燃え上がっているためまともに動くことも出来ず、よろめいているうちに近くの木の根につまずいて動きを止める。

 そこへイリシャの剣が一閃、クマの首筋を斬り裂いた。ぱっと血が飛び散りクマはもう一度悲鳴を上げたが、やがてその場で動きを止める。


「ありがとうございます、大分狙いが正確になっていますね」

「魔力の扱いにも慣れてきたからな」


 俺はほっと息を吐く。

 魔力というのはエネルギーのようなものなので正確に狙いをつけるのは難しい。呪文と魔法のイメージを正確に出来るようになると魔法ごとの魔力の癖のようなものがおのずと分かってくる。その癖に合わせて狙いをつけるのがコツだが、こればかりは魔法を使ってみないと分からないだろう。


 ちなみに魔法のイメージは呪文とその簡単な説明を読むだけでは分からない。現代魔法であれば他者が実演しているのを見るのが手っ取り早いが、古代魔法だとそれも叶わない。俺はたまたま古代魔法の描写が出てくる文献を大量に読んでいてイメージがあったのが幸いした。


「では今日は持って帰りましょうか、『ホバー』」


 イリシャはクマに呪文をかけると軽々とその巨体を担いでいく。そこで俺は前々から思っていたことを口にする。


「そう言えばイリシャはいつも剣で戦っているが、魔法はあまり使えないのか? 苦手とはいえ学園に入るぐらいは使えるんだろう?」

「幼いころ剣ばかり振っていてあまり得意ではないというのはあるんですが……どちらかというと剣の方が性に合っているんです」


 イリシャは決然とした表情で言った。おそらく彼女の中では何か決意のようなものがあるのだろう。それに彼女の剣は素早く激しい。それを見ていると性に合っていると言うのも分かる。

 それに俺も周りの忠告をひたすら無視して古代魔法文献にのめり込んでいたのでそういう気持ちは分からなくもない。


「まあそれは分かる」

「一応簡単な魔法ならいくつか使うことは出来ます。弱い『ショック』『ヒール』、あとは少しだけ物を動かしたり、弱い火をつけたり」


 その辺なら学園時代の俺もどうにかこうにか使えた魔法である。もっとも、当時の魔力では『ショック』を撃つよりは直接殴った方がダメージが大きそうなぐらいだったが。

 こうして俺たちはクマを手に入れて村に戻るのだった。

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