【王都編】アナスタシアの憂鬱Ⅱ
アナスタシアは魔法で自分の力を強化してセドリックを肩に担ぐように持ち上げる。すると顔のすぐ横に意識を失ったセドリックの顔が垂れてきて、不覚にも彼女はどきりとした。
(いや、これは今まで異性とこんなに身近に接したことがなかったから緊張しているだけ。こんな飲んだくれに思うところなんて何もないんだから)
そんなことを考えつつ、ふとアナスタシアは首元のペンダントが細かく震えていることに気づいた。シンプルな銀色のチェーンに小さな黄色の宝石。
これは大魔術師オルフェンの形見で、邪悪な存在が近くにいると震えて教えてくれるという魔道具である。これはオルフェンのオリジナル魔道具で、しかも今までの人生発動することがなかったのでアナスタシアは最初気のせいか誤作動ではないかと思った。しかし気のせいなどではないと主張するように胸元の震えは次第に強くなっていく。
辺りを見回すと、遊び歩いている学生や酔っぱらった大人で溢れており、何に反応しているのかは分からない。試しにアナスタシアは反対方向に歩いてみた。が、依然として震えは強くなり続ける。それはどれだけ歩く向きを変えても同じだった。
そこでアナスタシアは一つの可能性に思い至った。試しに担いでいたセドリックをベンチに座らせて少し離れてみる。するとペンダントの震えは少し弱まった。再びセドリックを担ぎ上げると震えは強くなる。
これはどういうことだろうか。おそらくセドリックには反応しているのだろうが、この学園の生徒である以上魔神ではないはずである。
悩んだ末、アナスタシアはセドリックを寮に送り届けると学園に駆け戻った。寮に送ったのは寮には一応警備の兵がいるためである。
学園に戻ったアナスタシアは、遅くまで生徒の研究の添削をしていたラッセルに出会った。そして今起こったことの一部始終を説明した。ちなみにセドリックを寮に送り届けてからはペンダントは微動だにしない。
彼女の言葉にラッセルはふむ、と考え込む。
「ふむ……問題はそのペンダントがオリジナル品であることだな。故障なのか仕様なのかまるで分からん。それに今まで反応しなかったのにだんだん震えが強くなっていくというのも妙だ。これは例えば邪悪な気配が強いほど震えが強くなる仕様なのだろうか」
ラッセルはそう言って首を捻る。そう、作ったオルフェンが死んでしまっている上にこれまで一度も発動していなかったもののため、詳しい効果は分からないのである。私や教授が解析しようとしても、一日かそこらで分かるものでもなかった。
「まあいい、とりあえず明日本人を呼んで確認してみよう。それまでにわしも調べておく」
悠長と言えば悠長だが、今のところ彼が怪しいという根拠は詳細な性能が不明な魔道具以外にない。セドリックも入学時の『ディテクト・モンスター』を受けている以上、それだけで罪人扱いすることは出来ない。アナスタシアは胸騒ぎを覚えたものの、それ以上どうすることも出来なかった。
結局その夜はろくに眠ることも出来ず、翌朝アナスタシアは珍しく眠い目をこすりながら学園に登校した。するとなぜか学園内では朝からセドリックの噂で持ち切りだった。
「セドリックは実は魔物が化けているらしいって本当か?」
「さあ、でも俺も聞いたぞ、魔法を使うと元の姿に戻ってしまうので使えない振りをしているって」
「いや、俺が聞いたのはあいつが魔王の転生体だっていう話だ。あいつ、魔王が死んだのと同じ日に生まれてきたらしいぜ」
「言われてみれば魔王って古代魔法使ってたらしいよな」
「そうか、それで今日休んでるのか」
すでにセドリックについてあることないことの噂が飛び交っていた。昨日の今日で情報が回るのは速すぎないだろうか。
慌ててラッセル教授に確認したものの、当然彼はしゃべってないと言っている。噂をしている生徒たちにいちいち確認して回ったものの、出どころはよく分からない。
しかもセドリック本人が呼び出しに応じないということもあり、校内の噂はますます過熱していった。
自分のせいでこんなことになってしまった。そうである以上早く真相をはっきりさせなくては。
そんな自責の念に耐え兼ねたアナスタシアはラッセルの元に直談判に向かった。事態を重く見たラッセルはすでに神殿に『ディテクト・モンスター』が使える魔力が高い神官の手配を依頼し、耐魔法兵装の兵士を用意していた。
「そこまで噂が広まっているのならやむを得ないか……とりあえず彼を確保だけしてしまおう」
こうして、アナスタシアはラッセルらとともに学園寮へ向かった。セドリックの部屋に近づくにつれてペンダントの震えは強くなっていった。
後は知っての通りである。セドリックはひたすら無実を主張するもののラッセルの『ディテクト・デビル』にはしっかりと反応。そして唐突な裏切りを働いたイリシャの手引きにより逃亡したのである。
彼が逃げ去った後、兵士はすぐに追撃に向かい、残されたアナスタシアは呆然としていた。彼女自身も何があったのか分からない。ただ一つ分かることは取り返しのつかないことをしてしまったということだけである。
(私のせいでもう彼は自由に研究することも出来ないんだ……)
そう思うと、彼女の胸には懺悔の念とともに暗い喜びが湧いてくるのを抑えきれなかった。これで彼も私たちと同じ、自由のない人生を送ることになる、と。
彼の存在は私にとっても多少のイレギュラーだったが、結局敷かれたレールの存在は変わらず、私は元の人生を送るだけ……そこまで考えてアナスタシアはふと違和感を覚えた。
敷かれたレールと言えば、今日の自分の行動もまるで誰かが敷いたレールの上を歩かされたかのようであった。
普段の自分ならペンダントが震えるほどセドリックと接近しただろうか?
こんな魔道具を持っているのはアナスタシアだけなのに、誰とも交流がなかったセドリックと接近したのは本当に偶然だったのだろうか?
強硬手段に及んでしまったのは学園内に噂が乱れ飛んでいたからだが、その噂は一体誰が流したのか? そのことはアナスタシアとラッセルしか知らなかったはずではないか。
なぜイリシャはセドリックを連れて逃げたのか?
イリシャがあの場にいたのは偶然だったのか?
アナスタシアは自身の中に湧き上がる数々の疑念を押さえることが出来なかった。