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古代魔法

 その後俺たちは一週間ほど馬に乗って旅をした。指名手配されている可能性がある以上宿屋などにも泊まれず、野宿が続いた。


 しかしイリシャが近くの街からテントやら毛布やら食料やらを調達して来てくれるため、俺は彼女の好意に甘えることにした。ちなみに服装も最初はイリシャが制服で俺が部屋着のままだったため、旅装を調達してきてくれた。本当に彼女には頭が上がらない。


 俺は今まで魔法学園の寮での暮らししかしたことがなかったので、最初の夜は全然寝られなかったがすぐに慣れた。それもこれもイリシャが俺のためにあれこれ尽くしてくれたおかげだろう。




 そんなこんなで俺たちはようやくアルファン王国の国境沿いに辿り着いた。ちなみに最後に立ち寄った王国側の村で馬は返したので徒歩である。

 国境と言っても、隣国のレオーネ公国とは一本の川で区切られているだけの荒れ地なので検問などはない。


「気を付けてくださいね、この辺は魔物が出るので」


 七日目のテントの設営をしながらイリシャが言う。

 このころになると俺も少しずつ野宿の要領を覚えてきたのでイリシャに任せきりにすることなく、野営の分担が出来るようになった。今は枯れ木を集めてきて火を焚いている。


 そう、国境付近なのに荒れ地が広がっているだけのこの辺りは魔物が徘徊する危険な地であった。魔王が討伐されたとはいえ、魔物が全滅した訳ではない。集団で人間を襲ってくることがなくなっただけで、棲息しているところにはいるのである。


 全く、俺はただまじめに古文書を読んでいただけなのに何でこんなことになっているんだろう、という気持ちもあるにはあったが初めてのサバイバル、それも自分を慕ってくれる女の子と二人きりという状況に心のどこかが浮かれているのも感じていた。


 薪を集めていた俺はふと尿意を覚えたのでその場を離れる。すでに日は傾いており、辺りは薄暗い。俺が作った焚火の炎だけが辺りを照らしている。イリシャに見られたくはないのでこの焚火が見えるぎりぎりのところまで離れよう、と俺は暗闇に向かって歩いていく。


 ふとかすかな羽音とともに空中に二つの光が現れた。いや、光ではない。あれは目玉だ。そう思ってその付近を凝視すると、目玉の周りには大きな鶏のような顔があり、竜のような翼と胴体、そして蛇の尾を持つ巨大な怪鳥の姿がぬっと暗闇から現れた。おそらく全長三メートル以上はあるのではないかという巨体である。


「あれはコカトリスか」


 文献では読んだことがあるが、実際に出くわすのは初めてである。が、王都で兵士と戦った時と比べて俺は冷静だった。


 今の俺には大量の魔力がある。


 そう、あの時の魔力はどういう原理なのかは分からないが、依然として俺の中に留まっていた。研究者の端くれとしては謎の現象が気になるところではあるが、調べる手段もない。 どうもあれは魔石による一時的なパワーアップではなく、恒常的なパワーアップを俺にもたらしたらしいということだけは分かっている。


 以前は魔力をそのままぶつけるという無茶をしたが、初級魔法の『ショック』などを使うだけでも効率は良くなる。

 俺は魔法を使うために体内の魔力を使いやすいように手に持つような感覚になる。カバンの中に入っている道具を使うときに一度手に取るような感覚だろうか。


 すると。


 俺の手が急に光り輝き、魔力が集まってくる。そして次の瞬間、俺の手の中に一冊の黒表紙の本が出現する。今手元に現れたはずなのにずしりという確かな質感があった。


「これは……グリモワールか!?」


 俺はそれを見て驚くとともに少しだけ嬉しい気持ちになる。


 グリモワール。

 一人前の魔術師は自分の魔力で魔法を使う際の触媒のような役割を果たす魔道具を顕現させる。杖や剣、ペンやナイフなど形は様々だがその人にとってなじみ深いものの形をとることが多い。


 ちなみに魔法学園の学生たちは俺がグリモワールを顕現させられずにいる間、次々とグリモワールを出しては自慢しあっていたので割とうざかった。常に彼らが自分たちのグリモワールを出して喜んでいるのを横目で見ながら、俺はずっと嫉妬を強いられてきた。そのため、ようやく自分のグリモワールを出すことが出来たと思うと喜びもひとしおである。


 それはさておき、俺のグリモワールが本なのは納得である。俺は喜びとともに、グリモワールに導かれるようにしてページをめくった。

 そこに書かれているのは古代魔法語だった。並みの人ならそれが古代魔法語であることすら分からないだろう。しかし俺には見慣れた言語である。俺は開かれたページの最初に目についた言葉を見る。なぜかは分からないが俺はそれが魔法だと直感した。

 が、その間にも目の前には怪鳥コカトリスが迫っている。




「出でよあらゆる生命を消し去るものよ……碧の(ウィレンティア)!」




 俺は無我夢中で呪文を唱える。古代魔法の呪文ではあったが、俺はすでに『碧の炎』の何たるかを完全に理解していた。だから解説文を読むまでもなく俺はその魔法を発動することが出来た。


 すると。


 俺の手に持っていた魔導書から空を覆わんばかりの緑色の炎が吹き上がる。俺がこれまで見たことのある炎は皆赤か橙ばかりであった。しかしこの炎はまるで宝石のようにきれいな緑色をしている。

 俺はコカトリスが間近に迫っているということも忘れて炎に見入ってしまった。

 そして次の瞬間、溢れんばかりの炎がコカトリスを包みこんだ。



クカァァァァァァァッァァァ!!



 炎に包まれたコカトリスは耳をつんざくような断末魔の声を上げる。が、巨大だった体もすぐに炎に包まれて見えなくなってしまう。


 そして炎が消えたとき、コカトリスの姿は影も形もなくなっていた。粉々になったとか灰になったとかそういうことではない。完全に消え去ったのだ。

あれだけの大きさがあったコカトリスの姿が一瞬で消え去ったことに俺は慄然とした。


「これが……古代の『碧の炎』か……」


 俺が学園で研究した通り、古代魔法では『炎』とひとくくりにされているものにもいくつか種類がある。その中でもこの『碧の炎』は全ての生命を消滅させるという凶悪な性能を有していた。

 そしてこの時の俺は上級魔物とも言われるコカトリスを一撃で葬ったことよりも、俺がずっと文献で読みながらも見たことがなかった幻の『碧の炎』が目の前に顕現したことに対する感動の方が大きかった。



「やったあ……ついに俺は古代魔法が使えるようになったぞおおおおおおお!」



 俺は思わず天に向かって拳を突き上げた。毎日文献で名前を追っていた日々。教授や同級生に「いくら学んでも使えなければ意味がないだろ」と言われたこと。屈辱的な研究発表会。そんな光景が次々と脳裏をよぎってはカタルシスに変わっていく。


 グリモワールをめくってみると、古代魔法が大量に載っている辞典のような書物のようである。今回の『碧の炎』を筆頭に俺が読めるもの、読めないもの合わせて大量の魔法が羅列されている。


「これで、これでもう役立たずと言われることはないんだ……。いや、そんなことはどうでもいい、俺はこれから古代魔法を極めてやる!」


 その瞬間、俺は自分が今魔神疑惑をかけられていることも、イリシャと二人で逃避行を続けていることも忘れて自分のグリモワールを読みふけってしまっていた。

 ご飯の用意をして俺を探しに来たイリシャの隣に立っているのに気づいたころにはすでに夜も更けていた。


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