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覚醒

「これは……」


 教授が息を飲む。俺もどういうことなのかは分からなかった。見た感じ教授が俺を陥れるために小細工を弄したようにも見えない。


 が、そこから俺に考える時間は与えられなかった。


 最初に動いたのはイリシャだった。何で彼女がいるのかと思っていたが、思えば彼女はこのために待機していたのだろう、突然剣を抜くと兵士たちを後ろから斬りつける。


「ぐあっ」


 俺にだけ意識を向けていた兵士たちは悲鳴を上げると、なすすべもなくどさりとその場に倒れた。その背中は血に染まっており、野次馬たちは騒然となる。


「何をする!? ぐはっ」


 叫んだラッセルだったが、すぐにイリシャの蹴りを受けてその場に倒れる。その場にいる誰もが謎の自体に困惑している中(まあ一番困惑しているのは俺だが)、イリシャは部屋に入ってくると真剣な表情で俺の手をとる。その様子はお姫様を救いにきた騎士に見えなくもない。


「行きましょう」

「一体何が起きているんだ?」


 もはや何が何だか分からない。

 が、イリシャは切迫した表情で言う。


「説明は後です。先輩は魔神だと思われているんですよ!?」

「お、おお」


 俺はよく分からないままに頷く。魔神は激しく敵視されており、もし目の前に魔神が化けている人間が歩いていた場合、いきなり斬りつけても罪には問われない。つまり今の俺はかなり危険な状況にあるということである。


「こっちです」


 イリシャはそう言って剣で窓を叩き割ると、そのまま外に飛び出す。俺も手を掴まれているので引きずられるようにしてついていく。


 そう言えばここは二階だったな、と一瞬躊躇したが後ろでは軽傷だった兵士が立ち上がろうとしているのが見える。仕方ないか、二階なら最悪でも骨折程度で済むだろう。殺されるよりはましだ。俺は覚悟を決めて窓から飛び出す。



「ホバー」



 イリシャが魔法を使うと、不意に俺にかかる重力が弱くなる。そのため、二階から飛び降りたはずなのに俺たちはふんわりと着地することが出来た。


 幸い、この寮は学園の外にある。というのも、この学園は貴族の子女も多いため全寮制ではなく、寮はあくまで学園が提供している無料の住宅という扱いに過ぎない。そのため寮を出ればすぐに王都の街並みの中である。


夜とはいえ王都というだけあって人は多い。学園の近くは遊びに出る学生が多かったが、学園を離れていくとだんだん飲みに出る大人が増えてくる。王城に仕える役人から職人や商人まで様々だった。街は街で飲み屋の呼び込みや客引きが盛んで、どこもかしこも賑わっていた。当然彼らは疾走する俺たちを気にも留めない。


「早速ですが馬を借りましょう」


 街の中を走りながらイリシャが言う。俺はどうしていいのかよく分からなかったのでひたすらイリシャの後に続いて歩くのみだった。


「俺、馬に乗れないんだが」

「掴まっていてください!」


 イリシャが向かったのは一軒の貸し馬屋であった。その名の通り馬を貸す店で、全国展開されているために旅先で馬を返すことも出来るという便利な店である。

 イリシャは入るなり代金の銀貨をカウンターに叩きつける。俺たちの焦った様子に店主はぎょっとした表情になった。


「お願いします! すぐに馬を一頭お願いします!」


 イリシャの必死の形相と、横でおろおろしている俺の姿に何を勘違いしたのか、店主はにやりと笑って親指を立てる。


「若いっていいねえ」


 絶対その想像は当たってない、と思ったが馬を貸してくれるなら何でもいい。店主はすぐに一頭の馬を曳いてきてくれた。


「お幸せに」

「ありがとうございます!」


 俺たちはそう叫ぶとすぐに馬を曳いて出た。

 とはいえ、王都は人通りが多いため馬に乗って移動することは禁止されている。もはやそんな法令はどうでも良かったが、どうでもいいことで捕まるのは嫌だし第一、まともに走るのは不可能だろう。そんな訳で俺たちは焦る気持ちを抑えながらも王都の外までは手綱を曳いて徒歩で向かわざるを得なかった。



 ぶつかった人たちに罵声を浴びせられたり、奇異の目で見られたりしつつも俺たちは無事に王都の外へ出た。


 魔王との戦争も終わって十五年。平和と繁栄により王都は多くの人が行きかう都市となったため、特に出入りの確認などもされなくなっていた。


「おお、久しぶりに外まで来たな。学園の実習以来か」


 街の外には見渡すような平野が広がっており、その中に一本街道が伸びている。そこは夜でも王都に出入りする旅人と商人で賑わっていた。

 そんな平野を進むため、イリシャが借りて来た馬に跨ろうとしたときだった。


「止まれ魔神の血を引く者よ!」


 突然後ろからガチャガチャと武器を鳴らす音が聞こえてくるとともに、俺は怒鳴りつけられる。

 振り向くと、そこにいたのはイリシャの攻撃で倒れた兵士たちである。アナスタシアも教授もいたので二人が回復魔法で治したのだろうか。


 兵士たちは全員それぞれの得物を構えている。五人のうち剣が二人、槍が二人、弓が一人。

 俺は反射的にイリシャを見る。俺はほぼ魔法は使えないし、まじめに研究に励んできたため武器もほぼ使えない。そもそもそんな物騒なものは持ってないが。


「説明は後ですがこれをどうぞ」

「!?」


 イリシャは制服のポケットから取り出したこぶし大の透明な星明りを浴びてきらきらと輝く石を差し出す。魔石だ。


 魔石というのは地中の魔力が長い年月を経て結晶化したもので、特に魔力の濃度が高いダンジョンや魔物の棲み処などで出土することが多い。ちなみに普通は指先ぐらいの大きさであることが多く、こぶし大の魔石となればかなりの稀少性がある。そんなものをポケットに入れて持ち歩いている彼女も気になるが、俺はそもそもほぼ魔法を使えないため残念ながらすごい魔石をもらっても意味がない。


「すごいけど……これを俺がもらっても意味がない」


 俺がそう言ったときだった。


「うわあっ」


 突然、俺が手に持った魔石が光り輝き、俺の手から俺の体へと吸収されていく。こんなことが起こっているのを見たことがないのでどう表現していいか分からないが、手の中に握った雪玉が高速で溶けていくように魔石はなくなり、なぜか俺の体が薄く光り輝いていた。


「何かしているぞ!」

「死ね!」


 異様な光景を見た兵士たちは俺が何かの魔法でも使っていると思ったのか、武器を持って突進してくる。


「やあっ!」


 が、その前に剣を抜いたイリシャが立ちふさがる。後ろの弓使いが射た矢を叩き落すと、四人の前衛を一人で相手にし始めた。


 彼女の剣技はただの魔法学園の後輩の女子生徒とは思えぬほどに激しく、剣戟のたびにグアン、ガキン、と激しい音が響き渡る。相手の四人の兵士が繰り出す剣や槍を次々と打ち払い、たまに隙を見ては反撃の一撃を入れようとしていた。一対五なのに一歩も引かないどころか、相手の兵士の顔には驚愕の色が見える。


 が、魔石を取り込んだ俺はそれどころではなかった。

 原理は分からないが突然自分の中から溢れんばかりの魔力が湧き上がってくるのを感じる。魔石は本来燃料補給程度のアイテムであり、チート覚醒アイテムではない。食事をすると体力は回復するが、上限を超えないのと同じようなものだ。


 それなのに、魔石を取り込んだ俺は原理は分からないが、今ならすごい魔法が撃てそうな気がする。


「避けろイリシャ!」

「はい!」


 俺の言葉にイリシャは敵の攻撃をかわしながら宙へ跳んだ。そして魔法でも使ったのだろう、そのまま宙を飛んで戦場を離脱する。後には敵の兵士だけが残された。


 俺は残った兵士たちに対して体の中からほとばしる魔力をぶつける。

 通常の魔法とは魔力を現象に変換する技術である。

 例えば、使用する魔力が一でもファイアーボールを撃つことで百ぐらいの威力にすることが出来る。


 だが、最初から魔力を百ぶつけるのであればもはや魔法に変換する必要もない。

 俺の手から発された魔力は赤、黄、紫、緑、青……と様々な色にきらめきながら、あっという間に大きくなっていく。


 それを見て俺は目を疑った。これまではどれだけ練習しても魔力がないせいで大した魔法を使うことが出来ず、学園でもずっとコンプレックスに思っていたというのに。それが今やちょっと念じただけでとめどなく魔力が溢れていく。


 俺が戸惑っている間にも魔力は津波のように大きくなり、あっという間に五人の兵士を飲み込んだ。兵士たちの鎧には耐魔仕様の加工が施されていたため一瞬は魔力を打ち消したが、すぐに後続の波に飲み込まれる。


「うわああああああ!」


 兵士たちは悲鳴を上げたが、やがてそれも聞こえなくなっていった。

 そして勢い余った魔力は兵士たちを飲み込んだだけでは飽き足らず、無人の野に向かってあふれ出していく。


「何だこれ……」


 気が付くと、目の前の屈強な兵士たちは皆全身に傷を負って倒れている。

それを見て俺は慌てて魔力の放出を止めた。これが全て俺の力だというのか。唐突に降って湧いた自分の力に俺自身も困惑した。


 が、その間にもイリシャは馬に乗ると俺の方を向く。


「行きましょう!」

「分かった」


 疑問は山ほどあるが、ぐずぐずしていれば今の騒ぎを聞きつけてまた人がやってくるだろう。


 俺はイリシャの後ろに跨るとイリシャの腰に腕を回す。するとイリシャは猛烈なスピードで馬を駆け始めた。逃げるためとはいえ、夜道を周りの景色が流れるように過ぎていくような速度を出すのはすごかった。

今日も0時ごろもう一話いきます

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