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打倒

「ほう? いいのですか、大事なことを後回しにしてしまって」

「お前には関係ないだろう」

「そうですか。しかし覚醒したてとはいえ、魔王様とお手合わせ出来るとは光栄なことでございます」


 予想に反してドラージュは嬉々として勝負を受け入れた。まさか俺に勝つつもりでもあるまいに、どうするつもりなんだ? 何か奇策のようなものを事前に用意しておけば覚醒したばかりの俺に勝つことは不可能ではないかもしれないが、俺を殺すならイリシャを殺した時に一緒にやっておけば良かった以上、その可能性もなさそうだ。


 とりあえず記憶をあさっていくつか必要そうな呪文を確保しておく。

 先に動いたのはドラージュだった。


「では私から行かせてもらいましょうか。グラヴィティ」


 突然俺の周囲だけすさまじい重力に襲われる。

 魔王に覚醒しようが肉体は今のところ特に強化されていないので、このままでは地面に縫い付けられてしまう。


「対抗魔法:グラヴィティ」


 俺がすかさず唱えると、重力は消滅する。

 対抗魔法は相手が発動した魔法の術式と全く逆の術式を瞬時に発生させることで魔法を対消滅させるという魔法である。術式自体は基本的なものであるが、相手が魔法を発動してすぐに消すというのは、とても一般人の脳の処理速度で出来ることではない。


 ちなみに紫の炎との違いは、対抗魔法は魔法の発動を打ち消す魔法ということである。そのため、何だかよく分からない魔法や自然発生的な魔法の現象を打ち消すことは出来ないが、紫の炎はすでに現象となってしまっている魔法を打ち消すことは出来ない。


 ただ、どこまでが魔法そのものでどこからが魔法により発生した現象なのかを厳密に分けることは難しいし、個別の魔法によっても異なる。

 自分の魔法が一瞬で打ち消されたというのに、ドラージュはなぜか愉悦の表情を浮かべて手を叩く。


「これが魔王の魔法処理能力ですか、素晴らしい! でもさすがの魔王でも古代魔法に対抗するのは不可能でしょう!」


 古代魔法は現代魔法とは術式の言語が異なるため、現代人にとっては複雑さが段違いである。俺が魔王の全ての記憶を引き出せば対抗することも可能かもしれないが、現時点では不可能だった。


「赤の(ルーブラム)!」


 今度はドラージュの手から先ほど俺が奴に使った炎が噴き出してくる。

 しかし俺はすでに覚醒した時の一瞬で次の魔法を仕入れていた。



「虹の(アルカンシェル)



 先日の反省を生かした俺は碧と紫の炎を混合した魔法を発射する。本来複数の炎が混ざり合って発射されれば互いに干渉し、打ち消し合うことすらある。それを複合させるのがこの「虹の(アルカンシェル)」のすごいところだった。

 二つの光が混ざり合った炎は虹のようなきらめきを発しながらドラージュに向かって矛のように伸びていく。その様子は幻想的ですらあった。

 どうも今まで知っている知識に関連する知識ほど、魔王因子から取り出しやすいようである。


「これが魔王の実力ですか」


 ドラージュが目を見張る。魔法を打ち消す紫の炎を内包した虹の炎はドラージュの赤の炎を瞬く間に打ち消した。

 驚くドラージュに虹の炎の光線が迫る。まだ制御に苦労するので量は抑えめでまだ細いが、触れれば生物も魔法もまとめて消し飛ばす魔法だ。

 それを見たドラージュはすかさず逃亡を試みる。


「テレポート」

「対抗魔法:テレポート」


 が、このやりとりは予想の範疇だった。ドラージュから発生した魔力が形になる前に消滅する。

 ようやくドラージュの表情がこれまでの余裕なものから真剣なものへと変わる。


「紫の(イエサントム)


 逃げることの不可能を悟ったドラージュは紫の炎で応戦する。虹の炎も魔法には違いないので、紫の炎と相殺するのだが、それでも溢れんばかりの炎がドラージュに迫る。二つの炎で押し合っていると徐々にドラージュの表情は歪んでいくが、こちらの魔力が尽きる気配は全然ない。むしろどんどん体がなじんで調子がよくなってきているとすら言える。


「くっ、純粋な魔力勝負ではやはり分が悪いですね」


 ふと、後ろから魔力の気配を感じる。今までこんなことはあまりなかったから、魔王になったおかげで敏感になったのだろうか。

 俺は反射的に虹の炎を周囲に展開する。すると、俺の背後から飛んできた黒い矢が数十本、たちまちのうちに消滅した。


 危なかった。覚醒の効果で魔力の気配に敏感になっていなければ今頃イリシャやアナスタシアと同じ死に方をしていたかもしれない。


「真っ向勝負の振りして不意打ちとはやってくれるじゃねえか」

「いいですねぇ! さすが先代魔王様が丹精込めて作った因子は違う! まさかこの私の渾身の奇襲を防ぐとは!」


 そう言いつつもドラージュの顔が歪む。俺は改めてドラージュへの怒りを思い起こすとともに、炎の威力を強める。

 次第に制御に慣れて来たせいか、俺の魔法は太い光線になっていき、徐々にドラージュの紫の炎の勢いを推していく。

 それを見て彼は狂ったような笑い声をあげた。


「ふはははははは! これが魔王の魔力か! 全然尽きぬ! 次の私の復活までの間に、せいぜい強くなっておくのだな!」


 やがてドラージュの紫の炎は尽き果て、虹の炎がドラージュの胸の辺りに命中した。炎が命中した瞬間、ドラージュの姿はまるで砂糖が水に溶けるように一瞬で空気に溶けてなくなった。


「勝った……のか?」


 恨みの大きさに対して彼が消えるのがあまりに一瞬過ぎて、まるで実感が湧かなかった。ドラージュは最期に復活と言い残したが、虹の炎に包まれたドラージュはきれいさっぱり消滅している。おそらく負け惜しみか何かだろう。


 とりあえず消滅したドラージュが復活する気配はない。奴は自分が復活した魔王に殺されるという結果に喜びを感じているのだろう、と思うことにする。

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