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決断

 ドラージュが住んでいるのはアルファン王国から少し離れた“魔物の山脈”と呼ばれる山の中である、ということらしい。

 そこにはドラゴンやコカトリスなど強力な魔物が大量に棲みついているが、彼らはトロールやオーク、ゴブリンなども餌にし、特に人間だけを襲うという訳でもない上に強いため、放置されてきた。


 その結果、魔物の山脈の山奥にはドラージュが自分の部下となる魔物を率いて潜伏していたという。イリシャもそこで修行を積んだらしい。

 そちらに向かおうとしたところ、ふと俺はイリシャとは別にドラージュの黒の矢を受けたと思われる死体を見つけた。思わず駆け寄ると、かろうじて残っている顔部分は見知った人物のものだった。


「え……アナスタシア?」


 体中を黒の矢が貫通していて、判別するのは困難だったがその顔は確かにアナスタシアだった。一体何でこんなところに、と疑問に思うがもはやそれも遅い。何らかの事情でこの辺をうろうろしていて、ドラージュを発見してしまったのだろうか。


「ヒール」


 一応かけてみるが、回復魔法は死者の体には反応しない。置いていこうか、とも思ったが思い直して連れていくことにする。特にいい思い出はないが見捨てていくには忍びない。

 死者蘇生の魔法は現存していないため、そういうものが仮に存在したとして彼女が復活したいと思うかは不明だが、そこは本人に選ばせよう。


 その後俺は女子二人の遺体を抱えて荒野を歩くという何とも言えない見た目になった。そこで俺はふと気づく。わざわざ山まで歩いていく必要はない。


「無色の風」


 万を超えるビラを撒くために制御の練習をした魔法は俺の体を抱えた遺体ごと持ち上げると、そのままふわりと俺の体を運んでいく。奇妙な浮遊感とともに俺の体は地面から離れていく。これまでは地上から風を操作していたが、上空で自ら操作するというのはまた違った感覚になるものだ。


 空高く舞い上がるとアルファン王国やレオーネ公国の街がぽつりぽつりとあるのが見える。逆に魔物領にもぽつぽつと魔物の集落や森があるのが見える。そして上空には他にもコカトリスやワイバーンなどが飛んでいるのがたまに見える。

 無益な殺生を避けるために道(?)を譲るが、それでもたまに襲ってくることがあり、そういうときは仕方なく焼き尽くして進んだ。


 俺は風に乗ったまま西方の魔物の山脈の方に飛ばされていく。目の下にはキマイラなどの危険な魔物やユニコーンやマンドラゴラなどの珍しい生物が棲息しているのが見えるが、今となっては何の興味ない。それらを全部無視してそのまま飛んでいく。


 もしドラージュが手下とともに住んでいるのであれば、周囲には野生の魔物はいないだろう。森か何かでカモフラージュしているのか、魔法で結界のようなものを張っているのか。俺は上空を飛びながらそれらしい場所を探すが、なかなか見つからない。

 山の頂上付近の岩場になっている辺りに差し掛かったときだった。


 グェェェエェ、という奇声とともに突然何かが下の方からこちらに向かって飛んできた。


 全長五メートル以上もある赤茶色い体の生き物は図鑑でしか見たことがないドラゴンだった。

 体と同じぐらいの大きさがある翼をはためかせ、全身硬い鱗に覆われており、手には鋭い爪、口には鋭い牙を生やしている。そしてドラゴンはまるで侵入者を威嚇するようにこちらを睨みつけてくる。要するにここは空も含めてこいつの縄張りということらしい。


 俺は風の制御を変えて移動を停止し、その場に浮かぶだけの状態に制御する。そして、少し怖かったが、イリシャとアナスタシアの体から手を離した。一瞬、二人の身体が真下に落下していくかと肝が冷えたが、二人の体は俺の一メートルぐらい下で浮いていた。


 今更ドラゴンごときに負けるとも思えないが、ドラゴンに全力を向けて風の制御を失うのは恐ろしい。

俺の知識だとドラゴンはしばしば口からブレスを吐いてくるという。ブレスは魔法だったり炎だったり、それぞれの個体に固有のものらしい。


 ドラージュ戦で学んだが、生物を消し飛ばす碧の炎は魔法には無力なので、ブレスを弾幕のように使われるとドラゴンに届かない可能性がある。

結局、一番原始的な紅の炎が一番取り回しがいい。


「赤の(ルーブラム)!」

「グェェェェェェェッ!」


 俺が炎を発射するのと同時にドラゴンもそれに対抗するのように口から炎、ではなく溶岩のようなものを吐き出してくる。火山帯に棲息するから溶岩なのだろうか。俺の炎と溶岩が真っ向からぶつかり合い、俺の前方は真っ赤に染まって何も見えなくなる。

 もう少し炎の勢いを増せば押し勝てるのだが……そこで俺は風を完全な現状維持にして意識を炎に向ける。


「赤の(ルーブラム)!」


 意識を炎に集中させたせいか、徐々にこちらの炎が押していく。やがてドラゴンの溶岩のブレスを押し返し、ドラゴンの巨体は炎に包まれた。それでも火山地帯の龍だけあってか、すぐには息絶えなかった。


 確かに並の炎なら火傷を負わせることすら出来ないかもしれないが、これは古代に生み出された全てを焼き尽くす炎である。炎に包まれた中でドラゴンはじたばたともがき、炎から脱出しようとする。数十秒、もしくは一分ほどあがいた後だろうか。そこでようやくドラゴンの動きが止まり、糸がきれたように下に落下していった。


「ふう、手間を取らせやがって」


 が、そこで安心したのがいけなかったらしい。急に体にかかっていた浮力が失われ、俺の体はすごい勢いで落下していく。


「うわあああああああああああ!? 無色の風、無色の風!」


 必死で呪文を唱えた甲斐あってか、俺たちはどうにかごつごつした岩にぶつかる寸前で再浮上することが出来た。魔力は上がってはいるものの、肉体自体が強化されている訳ではないので、落下すれば一貫の終わりである。俺は全身に冷や汗をかいた。


 が、その甲斐あってか、俺は岩肌が広がる地面の一角に、大きな穴が空いているのを見つけた。よく見ると中には洞窟のようなものが続いている。


「もしかしてこの中か?」


 ドラージュは何らかの魔法であのドラゴンを従えるなりして番犬に使っていたのかもしれない。そう思った俺は洞窟の前に着地して、再び二人の体を抱きかかえる。俺はドラージュを八つ裂きにしても足りないぐらい憎んではいるが、残念ながら今の俺ではドラージュを八つ裂きにすることは叶わない。まず魔王に覚醒して力を得てからだ。


 俺はどうにか怒りを鎮めて洞窟に入っていく。

 中にはゴブリンやオークなどが普通に生活しており、下品な笑いを浮かべて談笑していたが、俺の姿を見ると急に沈黙して勝手に道を空けてくれた。自分で魔王になる道を選んだとはいえこいつらの俺を見る目に恐怖が混ざっているのは不愉快だった。


 洞窟の奥へと歩いていくと、少し開けた広間のような空間がある。そこにドラージュは待ち構えていた。俺の姿を見ると両手を挙げてみせる。不愉快ながら歓迎の意でも示しているのだろう。


「ようこそお越しいただきました魔王様。覚醒することを選んでくださったのですね」


 ドラージュは薄ら笑いを浮かべながらシルクハットをとって一礼する。俺が魔王だから敬意を表しているのか、単なる挑発なのか。

 そして俺が抱えているアナスタシアの遺体に気づく。


「おや、そちらのお嬢さんもご友人の方でしたか、これは失礼しました」

「御託はいい。早く覚醒させろ」

「分かりました。ああ、まさかこの私が魔王様の復活に関われるとは何と光栄なことでしょう」


 そう言ってドラージュは恍惚とした笑みを浮かべて奥へと下がっていった。

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