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断罪

 俺は夢を見た。最近よく見る夢だ。


 俺はキラキラとしたものが輝く水槽の中を漂っていた。いや、むしろ俺がキラキラとした輝くもので、それを俯瞰で眺めているような映像を眺めていた。それが何なのかは分からない。


 だが、そこに名も知らぬ男がやってくる。男の顔は部屋が暗いためよく見えない。そもそも人間なのかもよく分からない。彼はいつもの夢にも出てくる男で、やってくるたびに俺に向かって魔力を注いでいく。ほとんどはそれだけで終わるのだが、注がれる魔力の中には魔法の知識のようなものが詰まっていることもあった。だが、夢のせいかその知識は漠然としていてよく分からない。


 あと少しで分かるのに、と感覚を研ぎ澄ませようとしたところ俺は頭が痛くなり、目が覚める。





「う……頭がくらくらする……」


 頭痛で目が覚めると頭上には見慣れた寮の天井が広がっている。ドアからごんごんという音が聞こえてきて、身を起こそうとしたら頭の中に石でも転がっているかのようにきりきりと痛む。

 先ほどまで何か重要な夢を見ていた気もするが思い出せない。


「うぇ……二日酔いだな」


 似たような症状はすでに何度か経験済みだったので俺はそう結論づけた。


 どんどんどん


 再びドアをノックする音が聞こえてくる。その音が頭に響いてずきずきと痛む。


「何なんだよ一体」


 今日は出ないとまずい授業はなかったはずだ。魔法学園は基本的に実力主義なので、研究発表のような授業を除けば出席しなかったからといって特に咎めはない。当然寝過ごしたからといって起こしに来てくれるサービスもないし、俺には部屋に遊びに来てくれるほど親しい友達もいない。

が、しばらく無視していてもノックはやまない。


「しつこいな……誰だ? 今日は体調が悪い!」


 俺は苛立ちながらドアに向かって叫ぶ。


「セドリックさんですか? ラッセル教授から研究室に来るようにと」


 確かこの声は寮のおばさんだった気がする。俺を呼ぶよう伝言されただけなんだろう、向こうも少し戸惑っているのが分かる。


「何なんだ一体」


 思わず舌打ちしてしまう。二日酔いの頭痛もあって余計に苛々する。

 ラッセル教授はたまたまあの授業の担当教授だったというだけで普段は特に関わりはなく、心当たりもない。そしてどの道この状態で教授の前に出ることは出来ない。


「今日は体調が悪い」


 俺はそう言って再びベッドの中に収まった。なおもノックの音と俺の名前を呼ぶ声が聞こえてくるが、そんなことはどうでも良かった。目を閉じると再び意識が遠くなった。

 この時の俺は水面下で進行している事態を適切に把握してなかったのである。


 ごんごんごん!


 その夜、俺は再びドアを叩く音で目が覚めた。またまた目を覚ましたが、時間が経ったせいか、今度は頭痛も収まっていた。ただ、ずっと寝ていたのでぼーっとする。

 が、それを無理やり覚醒させるかのようにドアが乱暴に叩かれた。叩かれたと言っても昼の時のようなノックではない。もっと乱暴な音である。


「セドリック! 部屋にいるのは分かっている、ただちに両手を頭の上で組んで部屋から出ろ!」


 怒鳴りつけるような、男の野太い声である。


「は?」


 状況がまるで分からないが、まるで犯罪者か容疑者に対する物言いである。当然そんな物言いをされる心当たりはない。この学園では成績だけでなく素行も優等生だった自信がある。


「よく分からないが人違いじゃないか? 俺は今日一日ずっと寝てたぞ」

「御託はいい! 指示に従え! 両手を頭の上で組め!」


 部屋の外からは罵声が返ってくる。本当に俺には何の心当たりもない。特に誰も害しない(誰の役にも立たない)研究をして、やけ酒を飲んで寝ただけである。酔っている間に何かしただろうかと思ったが、それならそもそも寮のこの部屋に送り届けられていないはずである。ここで寝かされているということは気絶して倒れていたのだろう。


「俺が何をしたって言うんだ!」

「お前には魔物であるという疑惑がかかっている! とにかく従え!」

「何言ってるんだ? そんなことある訳ないだろ」


 最高学府たる王立魔法学園は当然ながら誰でも入学できるという訳ではない。学園内には極めて重要性の高い魔道具などもあるため、入学時には学力や魔力だけでなく魔物ではないかを確かめる検査も行われる。


 この世界には『ディテクト・モンスター』という便利な魔法がある。その名の通り対象が魔物かどうかを判別する魔法で、当然俺も入学時にこの魔法を掛けられたため魔物ではない。

 そのため俺からするとこれは単なる言いがかりである。


 とはいえ、対処方法を考えたものの、テレポートのような脱出に役立つ魔法を習得していない以上従うしかなかった。それに入学時に魔物ではないことが分かっている以上、やましいことはない。何でこうなったのかは知らないが、潔白を証明してから話を聞けばいいだろう。


「俺に魔法をかけて潔白を証明してもらえばいいんだな?」

「そうだ! 大人しく従え!」


 それを聞いてようやく俺は手を挙げて頭の後ろで組む。ていうかこの体勢だとドア開けられないじゃねえか、と思いつつドアを蹴って開ける。

 ドアを開けただけなのに、うおお、という悲鳴がドアの向こうから聞こえてくる。お前らが開けろと言ったんだろうが、と苛々しながら外へ出る。


 ドアの外には耐魔の鎧で武装した兵士たちが五人、そしてその後ろにラッセル教授がいて、なぜかアナスタシアとイリシャの姿もあった。ずっと叫んでいたのは中央の兵士だろう、一人だけかすかに息が荒い。魔物と言いがかりをつけてくるだけあって、凶悪犯罪者でも捕まえに来たかのような隙のない布陣である。


 俺の顔を見たラッセル教授は兵士とうって変わって、穏やかな声で話始める。


「手荒な真似をして済まない。しかし昨晩君を連れていたアナスタシア君から邪悪な気配を感じるという通報があってねえ。しかも君が呼び出しに応じないうちに変な噂まで流れ始めたので、やむなく手荒な手段をとらせてもらった」

「何だと?」


 俺がアナスタシアに目をやると彼女は気まずそうに眼をそらす。一体何が目的だ? 確かに俺は座学に限って言えばアナスタシアよりも優秀で、目の上のたんこぶのように思われていた可能性もある。

 しかし魔法をかければはっきりと嘘と分かるような内容で俺を陥れるという意味のないことを、聡明なアナスタシアがするとは思えない。


「大体普通に考えれば分かるだろ、俺は人畜無害な学生だし、入学時に魔物かどうかの検査も受けているはずだ。それともあれか? 俺が魔王討伐の年に生まれたのが気に食わないのか? だとしたら俺と同年齢のやつ全員にこれやれよ」


 魔王。十五年前、つまり俺が生まれた年までそう呼ばれる強大な魔物の存在があった。魔物たちは人間よりも屈強な体や高い魔力を持つが、人間と違って社会性がないため、普段はそこまでの脅威ではない。しかし魔王の下にはそんな魔物たちも結束して人間たちと戦うために集ったという。


 そんな魔王も、俺が生まれた年に討伐された、らしい。

 魔王の存在があまりに強大だったため、人々はその事実を喜びながらも一時期の間、「この年に生まれた子供の誰かに転生しているのではないか」などという噂が流れたこともあった。


 俺は魔王と人間の戦争があった村で見つかった孤児だったということもあり、よくそういう言いがかりをつけられたものだが、まさか最高の理性が集うはずの王立魔法学園でまでそんなくだらないことを言われるとは思っていなかった。


「いや、それは違うな。入学時の『ディテクト・モンスター』に瑕疵がある訳がない。あれは毎年大司祭様を呼んで最高の魔力を込めて実施している」


 教授は俺の疑念を否定する。じゃあ何から出た話なんだ?

 高位の魔物の中には人間に変身する者もおり、そのような奴を見抜くには結局変身している側の魔力を見抜こうとしている側の魔力が上回る必要がある。成績を見れば分かることだが、俺には大した魔力はない。


「一番可能性があるとすれば、おぬしが入学後に入れ替わられた可能性だ」


 確かにそうでないということは俺にしか分からない。とはいえそれが間違いということを証明するのは簡単な話である。


「はいはい。ならさっさと確かめてくれ」


 すると兵士たちが左右に分かれて教授が前に進み出る。そして俺に向かって手をかざす。


「あいにく私は『ディテクト・モンスター』の魔法は使えない。私は『ディテクト・デビル』の魔法しか使うことが出来ないが、すぐに『ディテクト・モンスター』が使える神官も現れるだろう」


 『ディテクト・デビル』はその名の通り魔神かどうかを判別する魔法である。魔神というのは魔物の一種であるため、俺は魔物でない以上魔神でもないはずだ。


 ちなみに、言うまでもなく魔神は人類にとって悪の存在であり、噂によると魔王も高位の魔神だったのではないかと言われている。


 ただ、魔神ほどの高位の魔物は数が少なく、見つけてもすぐに討伐せざるを得ないためその生態はいまいち分かっていない。

 教授は俺に向かって手をかざすと、呪文を唱える。




「ディテクト・デビル」




 教授の手から白い光があふれ出し、俺の体を包みこもうとする。その様子を兵士やアナスタシアらが恐々と見つめている。いつの間にか彼らの後ろの方には野次馬まで集まっていた。俺が魔物かもしれないと疑われている割には呑気なものである。


 この白い光が無事に俺の体を包めば魔法は成功、俺は魔神ではない。


 が、すぐに俺の希望とともに白い光は湯気が乱暴に手で払われるようにかき消された。魔法がうまくいかなかったとかではなく、はっきりと、俺の体に触れた瞬間に霧散したのである。残念ながらその事実は俺にも分かってしまった。


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