人並み以上の幸せ
俺の手を強引に引っ張ったイリシャは一軒の洋服屋に向かっていく。店頭にはおしゃれな看板があり、ちょっと崩したスタイリッシュな文字で店名が描かれている。中にはいいとこのお嬢様や金持ちそうな男と連れ立っている婦人などがおり、薄汚れた旅装の俺たちは明らかに浮いていた。
というか並んでいるのがワンピースとかスカートとか暖色系のトップスとか全部女物ばかりじゃないか。
気まずいな、と思う俺を置いてイリシャは勝手に店内をうろうろする。まあイリシャが楽しいなら思っていると、服をハンガーごと腕に抱えたイリシャが戻ってくる。そして目を輝かして俺の方を見た。
「今から試着するんで見てください!」
「いや、俺女子の服は旅装と学園の制服しか見たことないから何も言えないけど」
言っていて悲しくなってくる上に、俺の言葉にイリシャはむくれてみせた。
「私が欲しいのはアドバイスではなく感想なんです!」
イリシャは隅の方にある試着室、と書かれたところに向かう。そこには小さな個室がいくつかあり、中に入るとさらにカーテンで部屋が二つに区切られている。イリシャは服を抱えたままカーテンを降ろす。
カーテンの向こうからかさかさという衣擦れの音が聞こえてきて、いたたまれなくなったのでつい後ろを向いてしまう。
「どうですか先輩……て何で後ろ向いてるんですか?」
「何か気まずいんだよ」
そう言って俺が振り向くと、試着を終えたイリシャが現れる。
落ち着いた色合いのひざ下までのワンピースにふんわりとケープを羽織ってそれを目の前のブローチで止めている。また、腰には皮のベルトを巻いていた。どこかののどかな村にでもいそうな村娘スタイルである。
今までの印象があるからなかなかそうは思えないが、この格好だと年相応のあどけなさのようなものが見受けられる。
「じゃじゃーん、どうですか?」
イリシャは両手をあげたり動かしたりしてこちらにアピールしてくる。
それを見て俺は必死で言葉を絞り出す。
「お、おお、可愛いと思う」
正直もっと派手な、分かりやすく可愛いやつが来ると思っていたのである意味不意を突かれている。
「ええっ、それだけですか? もっと何かないんですか?」
口では不満そうに言いつつも、鏡を見ながら口元はにやけている。そして見せつけるようにゆっくりと、くるりとターンしてみせる。もしかして俺の言葉を待っているのだろうか、と思ったが残念ながら何も思いつかない。
「もう、仕方ないですね。次こそは気の利いたコメントをお願いしますよ?」
「え、次もあるのか?」
「当然じゃないですか。いくつか候補があるから試着してるんですよ」
それはそうなのだが、学問と関係ないところでの俺の語彙は皆無なんだが。
再びカーテンで俺たちは遮られ、俺はそっぽを向く。
「じゃーん、次は比較的王道に行きました!」
「おお……」
振り向くと次のイリシャの服装はピンク色のワンピース型のドレスだった。
なのだが、いわゆる肩だしで布地が胸から下しかないタイプで、首元と肩から健康的な肌を大胆に露出していて滅茶エロい。あまり露出の多いところばかり見ていると怪しまれるので目を下にやると、腰には赤いリボンがあしらわれており、スカートはミニ丈だがふわっとしたボリュームがあるタイプになっていた。また、普段サイドテールにしている髪を降ろし、頭上には金色のティアラを載せている。
先ほどとは違い、今度はお姫様のようなコンセプトだ。いつもと違う女の魅力を前面に出したような姿に俺はしばし言葉を失う。
「ほら、何か言ってくださいよ」
俺が沈黙しているとイリシャは不満そうに催促する。とはいえ、まさか「大胆に露出して滅茶エロい」とも言えない。
「か、可愛いけど露出度が高くて良くないと思う……」
「露出度が高いと何が良くないんですか?」
「いや、それは……」
イリシャが嬉しそうに尋ねる。だめだ、このままだと恥ずかしい台詞を言わされてしまいそうだ。
さてはここで俺が答えに詰まるのを見て楽しむつもりか? が、それについては答えは用意してある。
「俺は大丈夫だけど、他の奴が見たら魅了されるかもしれないだろ」
「それはそうですね。じゃあ特別にこの姿は先輩にしか見せないでおくので目に焼き付けておいてくださいね」
今の俺のコメントは彼女のお気に召したようで、イリシャは満足そうに目の前でゆっくりと一回転する。ちなみに後ろを向いた瞬間、背中がぱっくり露出していることに気づいて、思わず顔を背ける。何だこの不意打ちは。
が、そしたら急にこちらを振り向いたイリシャに怒られるた。
「ちょっと、どこ見てるんですか! ちゃんと私を見てくださいよ!」
「何で後ろ向いてるのに分かるんだよ」
「鏡がありますから」
何でそんなものあるんだ、と思ったがここは試着室だから仕方ない。
「もう一度回転するので今度はちゃんと見てくださいね?」
「分かった分かった」
まじかよ。
こうして俺は今度はずっとイリシャを凝視することを強いられた。こんなきれいな女の子を見るのは初めてだから目に毒なんだよな。出来るだけ不純な視線にならないよう意識しながら俺はイリシャを見つめ続けたが、それは想像を絶する苦難だったとだけ言っておく。鏡では俺の視線が不純かどうかまでは分からないことを願いたい。
今度は俺がちゃんと見つめていたことを確認し、イリシャは満足げにほほ笑む。
「では次行きます。次で最後なので今度こそすごいコメント期待していますよ」
「善処する」
三度カーテンで俺の視界が遮られる。
「ではこれが……最後です」
俺が振り向くと、最後は襟元がセーラーになったノースリーブのトップスにストールを羽織り、下にはふんわりとしたフレアスカートを合わせている。
ある意味これまでで一番普通の私服っぽいのだが、それが逆に素のイリシャを垣間見たような気持ちにさせられてドキドキした。今までの二着は良くも悪くもどこかおしゃれしてる感のようなものがあった。
だが一方で、そんな垣間見るような「素」の状態はここ数年彼女にはなかったんだなと思うとしんみりした気持ちになる。
「どうですか?」
「良かった」
結局俺はそれしか言葉が出てこなかった。
「先輩、座学の成績いいのに肝心なところで語彙力貧弱じゃないですか。そんなんじゃこの先女の子を口説くときやっていけないですよ」
「いや、口説かねーよ」
「え……それは私以外眼中にないってことですか?」
不意にイリシャがそう訊き返してきて俺は困惑する。別にそこまで考えて今の言葉を口にした訳じゃないのだが。
とはいえここで否定するのは良くない、というのは交際歴ゼロの俺でも分かった。だが交際歴ゼロの俺には力強く肯定するほどの甲斐性もなく、結果沈黙した。
それを見てイリシャは苦笑する。
「もう、本当に仕方ないですね。では救済問題です。今までの三着のうち一番良かったのはどれですか? 選ぶだけなら語彙力なくてもいけますよね?」
「いや、それは……」
「制限時間は私が一周するまでですよ。ではスタート」
そう言ってイリシャが俺の前でゆっくりとターンする。結構時間をかけていたはずなのに、何も考えられないうちにイリシャは一回転終えていた。
「はい、では答えて下さい」
「……今の恰好が一番可愛い」
「まあ先輩ですしそれくらいで許してあげますよ」
「何で上から目線なんだ」
「初デートの女の子はお姫様なんですよ」
イリシャはしれっと俺の知らない常識を断言する。初めて聞いた言葉だが、不思議と説得力はあった。
「と言う訳で次は先輩の服を買いますよ」
「……え?」
「何でそんなに驚いた顔しているんですか。まさかその小汚い恰好のままデートする気ですか。許されないですよ、そんなの」
「でも俺そういうの気にしないし……」
「違います、先輩が気にするかどうかじゃないんです! 私が気にするんです!」
「お腹空いた……」
が、結局俺はイリシャになされるがままに次の店に向かい、様々な服を着せられた。お腹は空いていた俺は早く決めようとしたが、「それだと私が納得いきません」というので五着も試着させられた。何でお前より回数多いんだよ。