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【幕間】 アナスタシアの惨劇

 ペンダントの光を追ったアナスタシアはアルファン王国とレオーネ公国の国境付近まで二人の足取りを追うことが出来た。


 しかし道標がペンダント一つであり、大体の方向しか分からないため、彼女は国境付近でうろうろする羽目になった。しかも一度セドリックとは何の関係もないと思われる魔神のダンジョンを発見したとき、彼女は律儀にも近くの街まで通報に引き返した。



 その後アルノー村という村についたアナスタシアはようやくセドリックの目撃証言を見つけた。というか、数日前まで二人がそこで生活していたと聞いて驚愕とショックを受ける。しかも聞くところによると彼らは村長の娘を救うため、魔神討伐に向かったという。


 それを聞いたアナスタシアは無力感にさいなまれた。自分がただうろうろしている間に彼は魔神を一体倒したのだ。人間である自分よりも魔神である彼の方が人の役に立っている。だとしたら自分は何をしているのだろうか。


「それで彼らはどちらに?」

「さあ……ただ自分たちがここにいると更なる迷惑がかかると言って行ってしまった……」


 村長は残念そうに言う。どうも彼らは何か厄介ごとに巻き込まれているのかもしれない。魔神のダンジョンが近所に出来たのも偶然ではない可能性がある。


「ありがとうございます」

「あの、あなたは彼らを見つけてどうするつもりですか?」


 村長の問いにアナスタシアは少し戸惑う。どうも彼はこの村長に好かれているようだった。ただ、どうするかは自分自身も会って話を聞いてみないことには決まったことは言えない。


「連れ戻したいのです。彼が本来いるべきところに」

「そうか」


 村長はそれしか言わなかった。私たちの間にいろいろ事情があることを察したらしい。




 その後、彼が魔物領に向かったと知ってアナスタシアは少し躊躇する。このまま彼を追ってもいいのだろうか。というか、一体何の目的で魔物領に向かったのだろうか。

 もしかすると体の中に良くないものがいると知った彼は誰にも迷惑をかけないように魔物領でひっそりと過ごすつもりなのだろうか。


「もしそうだったらそれを確認して帰ろう」


 下手に連れ戻すよりも人目のないところでひっそりと暮らす方がお互い幸せかもしれない。

 そう思ったアナスタシアだが、魔物領に向かうには準備が要る。家を出る時に持ってきた食料や消耗品もある程度減っていたので一度辺境都市のリオールに寄り、準備を整える。

改めて街を出ると辺りには荒野が広がっていて、時折魔物が動いているのが見えた。


 が、そこで唐突にペンダントが今まで反応していた方向とは違う方向に反応した。もしやまたセドリックに対して邪な何かが迫っているのだろうか。

 そう思ったアナスタシアは急いでその方向へ足を向ける。


 しばらく走っていくと、荒野の真ん中に立っていたのは荒野には似つかわしくない男だった。年代は三十ぐらいだろうか、シルクハットにスーツにステッキ、口元にはきれいな髭を生やしている。どちらかというと王都の社交場の方が似つかわしいような姿だった。


 しかしペンダントは彼に向かって反応している。アナスタシアは強い緊張感に包まれた。高位の魔物は人間の形態をとることが出来ることが多いという。それでこんな荒野の中を一人でこんな格好で歩いていられるのか。


「やあお嬢さん。こんなところで何をしているのかな?」


 緊張を強めるアナスタシアに、男はそう言って微笑みかける。このまま一輪のバラでもこちらに差し出してきそうな雰囲気すらあった。幸い向こうはこちらをそこら辺の冒険者か何かだと思っていて、油断しているようだ。


 ならば先手で最大火力の魔法を叩きこむ。



「バーストフレア・エクストラ!」



 アナスタシアは自分が知っている最強の攻撃魔法を唱える。

 王立魔法学園は魔術師を育成する機関であって冒険者を育成する機関ではないので、純粋に他人を攻撃する魔法を使うことはほぼない。

 しかし成績優秀なアナスタシアはたくさんの魔法を知っていたし、どのようにすれば魔法の威力を上げることが出来るかにも詳しかった。


 そんな彼女の目の前に直径十メートル以上もある炎の渦が出現する。術者のアナスタシアにも焼けつくような熱量が空気を介して彼女の肌をちりちりと焦がした。

 こんな大魔法を使ったのは初めてだから心配していた彼女は、うまくいってほっとする。


 彼女の手から放たれた炎の渦はまっすぐに男に向かって飛んでいく。これをまともに喰らえばジャイアントやワイバーンですらひとたまりもないだろう。しかも男はいきなりの攻撃に回避も出来ないでいる。


 殺した、とアナスタシアは確信した。


 が、男はそれを蠅でも払うように無造作に払いのけるような仕草をした。するとたちまち十メートルもの大きさがあった炎がまるごとかき消える。その様子は手品か何かのようであった。

 その後よく見ると男がはめている白い手袋は少し焦げていた。

 そして男は本当に蠅でも追い払った後のように何でもなくつぶやく。


「ふむ、この私に傷を入れるとはなかなかやるじゃないか」

「な……」


 それを見てアナスタシアは目の前が真っ暗になる。

 自慢ではないが、これよりも大分威力を抑えた炎魔法でも学園内で彼女に敵う者はいなかった。それなのに、本気で撃った魔法で火傷一つしかつけられないなんて。


 信じられない信じられない信じられない信じられない信じられない!


 今のは何かの間違いだ。こいつがたまたま炎に強い体質だったか、初めての魔法だから何かがうまくいっていなかったか、どちらかだ。そうに決まっている!

 アナスタシアはそう思い直してどうにか心を落ち着け、次の魔法を詠唱する。


「君の魔力に免じて名前ぐらいは聞いてあげよう」


 男が何か言っているが関係ない。



「ふ……ふざけるな! メテオストライク!」



 きらりと空が光り、一筋の流星が彼に向かって降りそそぐ。

 遥か天空から流星を落とし、相手を物理的に粉砕する魔法である。

 バーストフレアが最強の攻撃魔法だとすれば、メテオストライクは最大規模の魔法と言えるだろう。上空から落ちてくる流星はどのようなものでも破壊するが、周囲にある物は巻き込むし実際に流星が落ちてくるまでタイムラグがある。そのため、面と向かっての戦いで使用されることはあまりない魔法だ。


 が、男はそれを避けようともしなかった。


「ふむ……名前ぐらいは知っておきたかったのだが、残念だ」


 そう言って男が何かを唱えると彼の手から紫色の炎が噴き出して天から降ってくる隕石を消しさる。

 それを見てアナスタシアはふと学園にいた時の記憶を思い出す。


 これはもしかして……セドリックが発表の時に言っていた古代の炎?

 古代魔法を普通に使いこなすということは、こいつは……


 が、彼女が気づいた時にはすでに遅かった。


「さよなら……ニグルム・サジタム」


 男が私の知らない呪文を唱えた次の瞬間、風景を覆いつくすような無数の黒い線、否、こちらに向かってくる黒い矢が出現した。

 矢も正面から見ると黒い点に見えるため、最初アナスタシアは虫の大群が自分に向かって飛んできているかのように思いぞっとした。

 が、それらが全て魔法の矢であることに気づき、本能的な恐怖を覚える。


「く……フォースシールド!」


 彼女はとっさに目の前に力場の盾を展開する。即席のものとはいえ、アナスタシアは人間の中では魔力が多い方だし、魔法の技術もある。

 並みの人間のファイアーボール程度なら簡単にはじくほどの盾が瞬時に登場した。


 だが。次の瞬間、無数の黒い矢が盾に触れると、まるで薄い紙に針を突きさすように魔力の矢は盾を突き抜けていく。

 それを見たアナスタシアの表情は今度こそ本当に絶望に染まった。


 そして。


「ぐはっ」


 盾を貫通した黒い矢が無数にアナスタシアの体に刺さった。アナスタシアの体中から一斉に真っ赤な血が噴き出す。


 そして矢が通り過ぎた後、穴だらけになった彼女の死体はゆっくりとその場に倒れた。

魔術師オルフェンの血を引き、生まれつき豊富な魔力を持ったアナスタシアはその研鑽を怠らなかったにも関わらず、あっさりと殺されたのだった。


「ふふ、新たな魔王様と会う前のウォーミングアップ程度にはなったか」


 そう言って男はアナスタシアの遺体には目もくれずに立ち去っていくのだった。

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