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因子

 少しの間、ダークエルフの男の後ろについて歩くと、やがて俺たちは森の中なのに木がない空間に辿り着いた。そこには木で出来た小屋がいくつも建っており、歩いているダークエルフの姿も見える。森の中ということもあってそこまでの広さはない。おそらく人口も百から二百の間ぐらいではないか。


 外を囲む森は珍しかったが、集落の中に入ると人間の村とそこまでの変わりはなかった。ただ、彼らは農業ではなく森での狩猟採集で生活しているようで、農村とは少しだけ風景が違う。また、各家の屋根の上には家ごとに違う動物や魔物を象った木像のようなものが飾られていた。守護獣的な何かだろうか。


 俺たちが通されたのは集落の中心にある家だった。他の家より少し広い。また、屋根の上に飾られている像も他よりも大きい龍のものであった。


「おぬしらが正体不明の旅人か」


 現れたのは白髭を生やした男である。年配なのだろうが、ダークエルフはある程度の年齢になると外見的な老化が止まるらしく、髭以外にその辺の男との違いはなかった。ただ、服の肩の辺りに立派な宝石があしらわれており、身分のある人物ではないかと思われた。


「そうだ。あなたがこの村の長か?」

「ああ。そなたは一体ここに何を求めて来た?」


 一瞬、長の目が鋭くなる。


「俺は自分が何者なのかを知りたい」

「そうか。なら入るが良い。ここには大したものはないが知識だけはあるのでな」


 そう言って長はドアを開け、俺たちを招き入れる。大したものはないという言葉の通り、中は特別豪奢と言う訳ではなく、普通の広い家のようだった。ただ、壁に飾られている俺が知らない魔物同士の戦いを描いた絵や棚の上に飾られている俺の知らない紋章を象った置物などは珍しかった。


 学園で座学の成績が一番良かったのでいい気になっていたが、世の中にはまだまだ知らないことがあるのだと思い知らされる。


 俺たちは小ぢんまりとした応接間に通され、ソファにかけるよう促される。テーブルを挟むように置かれたソファを除けば、棚が一つあるだけの簡素な部屋だった。応接間は長らく使っていなかったのか、隅の方には少しほこりが溜まっているのが見えた。


 長が木のテーブルを隔てて向かい側に座ると家の者と思われるダークエルフがお茶を持ってくる。イリシャが口をつけて頷いたのを見て俺も口をつける。何か毒見させてしまったようで申し訳ない。俺がこれまで飲んだどのお茶とも違うが、それは確かにお茶であった。


「まさか再びこの部屋を使う機会があるとはな。それで、おぬしは自分が何者か知りたいと言ったがどういうことじゃ?」

「それは……」



 俺とイリシャはそれぞれの今に至るまでの経緯をかいつまんで話した。

 この長が人間とも魔物とも繋がっているようには思えなかったこともあり、俺たちはおおむね全てのことを話したし、それに対する俺やイリシャの考えなども話した。



「……と言う訳だ。それで俺は自分の出自が非常に気になっている」

「なるほどのう」


 俺たちの話を聞いた長は何度か深く頷く。

 そして少し考えてからゆっくりと話を始めた。


「もう魔王とも関わることなどないと思っていたが、長く生きていると何が起こるか分からないようじゃ。こう見えてもわしも若いころは力を求めて魔王と呼ばれる存在に仕えていたことがあった。だから魔王については人類よりも詳しいのじゃろう。もっとも、わしが知る魔王はこの間倒された魔王ではなく、その先代じゃがな」

「先代?」


 長は俺たちが知らないことを当然のように言う。

 十五年前をこの間と言ったのはさておき、魔王というのは代替わりする存在だったのか。


「そうじゃ。魔王とて別に不死身ではない。例え殺されなかったとしても徐々に肉体が劣化していくことは避けられない。そのため、魔王も時々代替わりする。もっとも、人間の寿命とは比べ物にならない間隔じゃがな。さて問題じゃ。魔王はどのように次の世代、人間で言う子供を残すと思う?」


 長の問いに俺とイリシャは顔を見合わせる。

 まず魔王が代替わりすることに驚きだが、問題として出題されるということは誰かと子供を作るというような普通の方法ではないのだろう。


 とはいえ、俺も学園で座学の成績が最上位だったという自負がある。ここは正解ではなかったとしても何か相手を唸らせる答えを言わなくては、と変な義務感に駆られる。


「古代魔法で作るんじゃないか? 自分の後継者となる生命体を」


 もちろん俺はそんな魔法を知らないが、分厚いグリモワールがある以上、存在したとしてもおかしくはない。

 俺の言葉に一瞬彼はお、という顔をする。


「ふむ。全く当たってないという訳ではないな。だが、仮に魔法で何かを作ったとすればそれは単なる創造物であり、他人。それは魔王ではない。そういう意味では本質はついておらぬ」


 つまり代替わりに魔法を使いはするが、それは核心ではないということか。


「魔王には因子というものがある。魔王は任意の器にそれを込めることが出来る。その因子には“魔王の本質”と言うべきものが含まれており、それが目覚めることで魔王としての性質や自我を得る。もっとも、細かい記憶までは共有されてはいないじゃろうがな。また、因子の覚醒条件についてはわしもよく分からん。一つ言えることは、因子が複数同時に存在することがあっても、同時に覚醒している因子は一つだけということだな」


 魔王が複数体同時に存在することはないということか。確かにこれまでの歴史でそんなことがあったという話は聞いたことがない。


「もしや、俺にはその魔王因子が入っているということか?」

「恐らくな。わしもその場に居合わせた訳ではないからドラージュの証言やそなたの見た夢からの推測となる。元々魔王は自分の因子をいかに強力にするか、実験をしていた。因子の中に魔力や他の生き物の魂などを注ぎ込んでいたのかもしれぬ。それがそなたが最初に見ていた夢だろう」


 つまりあのきらきらが俺の魂だったということか。俺の周りに漂っていた他のきらきらも、また別の因子だっただろうか。


「だが、何でそれが俺に?」

「普通に考えて、育てあげた因子は最強の器に入れる。魔王は因子が完成してから器を作ろうとでもしていたのだろう、しかし器が完成する前に勇者が攻めてきた。焦った魔王は因子をとりあえずそなたに入れて人間社会に放り込んだ。そういうことだろう。きっとそなたの体は人間の中では因子との親和性が高かったんじゃろうな」


 俺はその話を聞いてしばらく何も言えなかった。もちろんこれは彼の推測であり事実であるという保証はないが、そうであれば俺の見た夢やグリモワールの件なども辻褄が合う。俺が知らない古代魔法も、俺の因子が知っていたからあのようなグリモワールの形をとったのだろう。

 そして実際、ここまで俺は順調に覚醒を続けている。その事実が何よりもこの説の正しさを裏付けていた。


「魔王は魔神なんですか?」


 イリシャが恐る恐る質問した。


「そうかもしれぬ、確証はないがな。魔物というのは肉体的な違いであるがゆえに、『ディテクト・モンスター』は肉体で対象を識別する。しかし『ディテクト・デビル』は精神性を考慮して識別する。それで引っかかったというのがわしの見解じゃ」


 その二つの魔法にはそういう違いがあったのか、と俺は感心した。

 通常、誰かの体の中に別人の精神が入るなんてことはないからな。とはいえ、俺もそこまでは知らなかった。


「もし因子が覚醒したら俺は俺ではなくなるのか?」

「さあな。残念ながらわしは因子が覚醒する前の器に会ったことなどない。ただ、理詰めで考えてみれば大体分かるじゃろう。もし因子が覚醒して、魔王の力に目覚めても人格が元のままであれば因子を次の世代に残さぬ可能性があるとは思えぬか? 因子が魔王という存在を後世に残すためのものであればある程度その人格にも影響すると考えるのが妥当じゃろう。それにおぬしに入っている因子は魔王が特別に手を加えたもののようじゃからな」


 長の言葉に俺は返す言葉もなかった。

 俺の呆然とした表情を見たのか、長はフォローしてくれる。


「とはいえ、魔王の核となる精神性がただ人間を虐殺するというような幼稚なものではないとは思うがな。それにおぬしの因子に混ぜられた他の生き物が人間であればむしろおぬしは人間らしい感覚を保持出来るかもしれぬ」


 実際、魔物は肉体が優れているが技術は人間の方が優れているとよく言われるので、技術が魂に関連するなら人間のものを入れたと言う可能性もある。

 また、ただ残虐なだけならば人間に討伐されて終わる危険がある以上、因子を遺すのに適しているとは言えない。


「因子の覚醒条件は知らないんだな?」

「先代の代替わりの時は魔王様直々にそれをしたからな。魔石で部分覚醒したということは魔力も関係するとは思うが……。おぬしは魔王になりたいのか?」

「なりたくはないな。俺は意外と自己愛が強いんだ」


 これまでの人生、自分で自分のことを好きになってやらなければ、他の誰も俺のことを好きになってくれなかったからな。

 長らく俺だけが俺のことを好きという時期が続いたと言える。そのため俺は割と自分に対して愛着があった。


「そうか。正直わしはもう魔王が覚醒しようがしまいが興味はない。ただ、おそらくドラージュはおぬしを覚醒させようとしている。魔人を差し向けたのはその一環としか考えられないじゃろうな。魔神の繭から魔石を手に入れることも奴の意図通りじゃろう。もし覚醒を望まぬのであれば誰かの庇護を受けるなり先手を打って奴を倒すなりすべきじゃ」


 俺たちより何倍か何十倍も生き、魔王という存在を直に見たこともあるダークエルフの言葉は重かった。

 そんな長の言葉に俺とイリシャは重苦しい沈黙に包まれた。ドラージュが覚醒を望むのであれば軽率にドラージュに近づくのは危険であるし、このような状態の俺を庇護してくれる勢力がいるとも思えない。人間社会に出向けば良くて軟禁、悪くすれば実験動物のようにされるだろう。


「そして残念ながらわしはこの里の長。里を守ることを優先せねばならぬ。ドラージュのような者に狙われている者を長期間置いて置くことは出来ぬ。今日はゆるりとして明日には出発なされよ」


 そう言って長は席を立った。

 俺たちは入れ替わりに運ばれてきた紅茶とクッキーに無言で手を付けることしか出来なかった。

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