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ダークエルフの里

「ところでダークエルフがどの辺りに住んでいるのかは知っているのか?」

「私も詳しくはないですが……魔物領からも人間領からも離れたところに集落を作っているとのことです。ここはアルファン王国とレオーネ公国の国境付近ですが、このままどちらの国にも入らずに魔物領に向かいましょう」

「分かった」


 俺はダークエルフにも魔物領にも詳しくないので、その辺りのことは全てイリシャに任せるしかない。


「しかし魔物領を抜けるのは危なくないのか?」

「危ないですが……私たちは強いので何とかなるでしょう。ただ、夜は交代で眠らないといけないのでそれがきついかもしれません。あと、馬もありませんし」

「まじかよ……」


 馬と徒歩では進める距離が全然違う。しかし魔物領に行くのに馬を貸してくれるお店などいないだろう。そして購入するほどのお金はない。


「とはいえ急ぐものでもないですし、いいじゃないですか」

「それはそうだが……」


 イリシャがどこか楽しそうな様子だったので俺はつい押し切られてしまう。

 こうして俺たちは徒歩で魔物領に向かった。




 魔物領と言えばゴブリンやオークのような魔物が所狭しと住んでいるのかと思ったが、魔王討伐から十五年も経っただけあってどちらかというとただの荒れ地となっていた。ところどころにぽつぽつと魔物の集落が見えるぐらいである。おそらく、さらに年月が経てば徐々に人類の土地になっていくのだろう。


 時折ゴブリンらの群れに出会うが、彼らは俺やイリシャの魔力を感知することが出来るのか、遭遇しそうになると向こうから道を譲ってくれた。それを見て俺は嫌な気持ちになる。


「もしかして……俺たちって奴らに魔物として認識されてる?」

「可能性はありますね」

「何か嫌だな」


 ゴブリンのような弱い魔物が強い魔物に喧嘩を売れば全滅する以上、そういう危機回避本能みたいなものが備わっているのだろうが、ちょっと複雑だった。

 俺は人間っぽい生き物だが本当は何者なのかよく分からないし、イリシャもインキュバスとのハーフだからそう認識されてもおかしくはないが。


 そのため、時折襲ってくるのはコカトリスのような空を飛ぶ魔物やトロールやドレイクのようなある程度以上の力を持つ魔物だった。

 俺の中身が魔王に関連する何かだと分かったからか、イリシャもいちいち素材がどうとかは言い出さなくなった。人間に混ざって素材を食べ物や日用品と交換して生きるような生活はもう無理だと思ったのだろう。魔法一発でドレイクやトロールのような敵を消し飛ばせるのは爽快だが、もうあんなスローライフは戻ってこないのかと思うと寂しい。


 そんな訳でこの旅で辛かったのは魔物の襲撃ではなかった。

 イリシャである。

 と言っても、イリシャ本人の俺に対する態度はそんなに変わらなかった。むしろ二人で不毛の荒野を歩いているだけなのになぜかいつも楽しそうに見える。


 だが、俺の方はそうはいかなかった。あの日以来イリシャを意識しまくっていた俺は何もない時でも緊張を強いられることになった。それでも移動中は元々大して会話していた訳でもなかったので良かった。夜一緒に野営の準備をしたり、ご飯を食べたりしているとき。ふとした仕草から彼女のことを意識させられた。


 何せ彼女は元々かなりの美少女だ。あの事件までは隠し事があったせいか無意識に壁を感じていたが、今はそのわだかまりがなくなったせいか、急に彼女は年相応の少女に見えてきた。魔物の娘とはいえ、いやそうだからこそ俺と同じように喜んだり苦悩したり不安になったりする。


 最初は夜寝るとき、交代で見張りなんて嫌だと思ったがすぐに俺はそれを感謝するようになった。もし同じテントでイリシャと一緒に寝るなんてことになれば俺は朝まで一睡も出来ないだろう。俺はイリシャが寝ている間、邪念が湧かないように一心不乱に夜の荒野を見張っているのだった。




 そんな旅を続けること一週間ほど。ひたすら不毛の荒野が続いてきたが、行く手に小さな森が見えてきた。


「おそらくあの中です」


 森を見たイリシャはほっとしたように言った。一週間も歩いて方向が違ったなんてことになれば徒労感は半端ないからな。


「ダークエルフはいきなりよそ者がやってきても大丈夫なのか?」

「さあ……。ただ、彼らは倫理観が人間と違うだけで野蛮ではないので、敵意がないことを示せば大丈夫だと思いますよ」


 倫理観が違うのが不安なんだが。とはいえここまで来た以上行くしかない。


 俺たちは一応警戒しながら森の中へ入る。魔物領の中にあるだけあって、人間領にある森とは植生が違った。違うとはいっても俺は学園の森しか知らないから何となくだが。実際足元には見慣れない実をつける花が生えているし、木の葉も緑のものだけでなく、青や紫のものもある。


「薬草や魔法薬に有用なものもいくつか見られますね。もしかするとダークエルフが意図的にこういう植物を育てているのかもしれません」


 イリシャは周囲を見回して感心する。


「なるほど。あ、あれマンドラゴラだ。教科書でしか見たことなかったが、まさか本当に見れるとはな」


 少し先には花が顔のようになった植物が生えており、こちらを威嚇している。言われてみればここは教科書に載っているような有用な植物を集めて育てている温室のような雰囲気がある。



「危ない!」



 そんなことを考えつつ歩いていると、不意にイリシャが俺の体を手で制した。俺が驚いて足を止めると、ヒュン、という風を切る音とともに俺が足を踏み出そうとした地面に矢が刺さっているのに気づく。


「何だ?」


 困惑する俺たちの前に木の上から矢筒を背負い短弓を構えた二人の戦士が飛び降りてきた。木の枝は結構高いところにあるが、地面に降りても音を立てない。


 彼らこそがダークエルフなのだろう、褐色の肌、長い耳、人間より細身で高身長な体格が印象的である。服装はこちらで言う踊り子のようなものに近く、服というより布であった。そのため白色の肌が存分に露出している。ちなみに二人とも男性だがなかなかきれいな外見をしている。


「何者だ」


 そう言って二人は矢をつがえる。ちらりとイリシャを見ると彼女は素直に両手を挙げたので、俺もそれに倣う。


「旅人だ。色々あってこの集落に話を聞きにきた」

「人間が一体何の話を聞くと言うのだ」


 依然として彼らは警戒している。基本的に人間とダークエルフは敵対しているのでその反応もやむを得ないだろう。

 すると今度はイリシャが口を開いた。


「私は魔物と人間のハーフで、この方も色々事情があるんです」

「とはいえな……」


 なおもダークエルフの男は渋る。もしかしたら他の種族との交わりを断って暮らしているうちに排他的になっていったのかもしれない。


「でしたら証拠を見せればいいですか?」

「それなら確かに」


 イリシャの提案にダークエルフの男は頷く。

 しかしイリシャが見せる証拠というのは大方サキュバス的な何かを見せるということだろう。イリシャはそれを蛇蝎のごとく嫌っていたはずだ。だとしたらそれをさせるのは忍びない。

 俺はイリシャを押しのけるように前に出る。


「いや、それなら俺が見せる。『グリモワール』」


 俺は古代魔法の魔導書を顕現させる。最初はただのグリモワールだと思ったようだが、俺が親切に中身をぱらぱらめくっていくと彼らも驚愕した。


「こ、これは古代魔法のグリモワール!?」

「ただの人間にこんなものが出せる訳がない……一体何者だ!?」


 俺の行動に先ほどとは違った意味で彼らは警戒の目に変わっていく。

 このグリモワールを見せただけで古代魔法のものだと分かるとはさすがエルフ族だ。


「こちらとしてもしかるべき立場の人に話を聞きたい。俺の正体を話すのはそれからだ」


 俺の正体を話すも何も俺も知らないんだけどな、と思いつつ言う。

 俺の言葉に二人の見張りは顔を見合わせる。そして一人が言った。


「分かった、中へ通そう。来るといい」


 俺たちは彼の後に続いて森の奥へと向かうのだった。歩いていると、見張りには聞こえないような小さな声でイリシャがささやいた。


「さっきはありがとうございます」

「いや、大したことじゃないさ。俺はあれを見せびらかしたいからな」

「そういうところですよ」


 俺の言葉にイリシャは顔を赤くして目を伏せた。

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