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謎の後輩

「あ、先輩」


 教室を出ると声をかけられたのでそちらを見ると、最近よく見かける少女がいた。

 銀髪サイドテールにつぶらな瞳が特徴的な彼女はイリシャという名で、なぜか最近よく俺に話しかけてくる。


 ちなみに先輩と呼ばれてはいるが、この学園では年齢と学年は対応していないので俺が年上とは限らない。例えば、十歳の天才児と四十歳の苦労人が同時に入学してきたとしても同じ学年になる。そのためイリシャの年齢も本当はよく分からないが、外見だけ見ると俺の一つか二つ下だろう。


「またイリシャか。どうしたんだ?」

「いえ、私は卒業研究の授業は取ってないので立ち聞きしていましたが……感動しました」

「は? 何に?」


 一体今の授業のどこに感動する要素があったのだろうか。それとも最高学府の学生の授業態度に対する皮肉だろうか。

 俺の態度に彼女は少し不満そうに頬を膨らませる。


「もう、先輩の研究にですよ。おそらく先輩以上に古代魔法を理解している人はいないでしょう。おそらく、生徒だけでなく教師にも」

「所詮理解しているだけだからな。ていうかお前は俺の発表聞いていて分かるのか?」


 多分今の教室にも理解しているやつは一人か二人しかいなかっただろう。そもそも聞いている奴が数人しかいなかったが。

 俺の言葉に、イリシャは苦笑した。


「あはは……いえ、ただ、ちょっと父がそういう関係のマニアなので興味があって」

「そうか」


 こんなマイナー分野のマニアとは物好きな人もいるものだ。

 すると急にイリシャは真顔になった。急にこれまでの雑談からはがらりと雰囲気が変わり、低いトーンで言う。




「先輩、先輩の研究は素晴らしいです。是非そのまま続けてください」




 俺は彼女の唐突な台詞に困惑する。表情から察するに真剣に言っているのだろうが、意図は分からない。

 ちなみに俺の周りの人は「もっと役に立つ研究をしろ」「おもしろくない」「zzz……」というような反応ばかりだ。


「? 何故だ?」

「いえ……素晴らしい研究なので」


 そう言って彼女は顔をそらすとそのまま立ち去っていった。確かに俺の研究が学術的に素晴らしいのは否定出来ないが、それだけでここまで言ってくれるだろうか。俺は彼女の雰囲気から単なる後輩の応援というよりはもっと人生をかけた何かを感じたが、俺も見ず知らずの相手にそこまで突っ込んだことを聞く度胸はなかった。


 そんな訳でただただ嫌な気持ちになった発表会が終わると俺は学園の近くにある酒場に直行した。俺はこの年十五で成人したので嫌なことがあったら酒を飲むという習慣が芽生えつつある。

 当然一人なのでカウンター席に陣取り、一番安い酒を一気に飲み干す。アルコールが喉を通っていく焼けるような感覚が心地いい。


「全く、あいつら座学研究を何だと思ってやがるんだ。魔法が使える自慢は実技試験でやっとけっつーの、あ、もう一杯」

「おお、君いい飲みっぷりだねえ」


 マスターは気前よくお代わりを出してくれる。俺はそれを一気にグラスの半分ほどあおる。酒が喉を通り抜けていく間だけは嫌なことも忘れられた。

 ちなみに近くの席では一年生か二年生の陽キャ軍団が飲み会を開いていた。騒々しいことこの上ない。


「くっそ、あいつらめ魔術学園を仲良しクラブか何かと勘違いしているんじゃねえか」

「まあこの学園にいる間ぐらいはいいじゃないか。皆この学園を出れば貴族に戻るか格式ある職につくんだ。はめを外せるのも今ぐらいだろう」


 そもそも平民の出身だとよほど魔力がある者以外はそもそも魔法の勉強をしようという発想にならないため、この学園は貴族出身の生徒が多い。

 そんな中、俺は孤児院の出身で読書好きが高じてほぼ座学の点数だけで入試を突破した異端児である。当然周囲の貴族の御曹司やお嬢様たちとは感覚が合わない。それも俺がこの学園で孤立している一因だ。まあ、主因ではないが。


 ちなみにマスターは五十ほどの陽気な男だ。長年ここでマスターをしているからか、どの学生にも平等に慈愛の眼差しを注いでいる。


「くそ、今に見てろよ。いつか成り上がって意識低い魔術師を全員一網打尽にしてやるからな」


 俺はそう言って残ったグラス半分の酒を流し込んだ。体が火照ってきて、気分がたかぶってくる。


「よし、もう一杯だ!」

「ちょっと、それ以上はやめといた方がいいって」


 不意に横から声をかけられたのでそちらを見る。


「何だようるせーな」


 そこにいたのは文武両道才色兼備に定評があるアナスタシアであった。正確には文魔糧道と言うべきか。学園で見る凛としたたたずまいはある程度意識してやっていたのだろう、今は気を抜いているのか少しくつろいでいる雰囲気である。服もゆったりした私服に着替えていたため普段のオーラはない。


 現状もっとも、いや教授の次に顔を見たくない人物だったので俺は嫌な顔をする。お前みたいな奴には俺の気持ちなんて分からないだろ。

 そんな風にやさぐれている俺を見て彼女は少し寂しそうな顔をする。


「……。私は一人で静かにお酒を飲みたいから横で泥酔して嘔吐とかされると邪魔、酔いつぶれないうちに帰って」

「は? これくらいの酒全然余裕だが?」


 俺は苛立っていたこともあって彼女の言葉にカチンと来た。

 そして俺は手元にあった酒を一気にあおる。あれ、そう言えばさっき自分のグラスが空になってまだ追加が来てなかったような……まあいいか。


「あ、ちょっ、それ私の……」


 アナスタシアが何か言っているが耳に入らない。

 が、なぜか今喉を通り抜けた酒は先ほどまで俺が飲んでいたものとは違ってアルコールが異様に濃い。


 これはまずい、と思った瞬間俺は頭がくらくらして気を失った。

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