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【王都編】アナスタシアの決意

 セドリックとイリシャの失踪はすぐに学園内でちょっとしたニュースになった。特にセドリックについては前日から学園中に噂が乱れ飛んでいたため、事件の話題性は大きかった。


 ただ事件自体は寮で起きた上に、セドリックとイリシャ自体はすでに逃亡しているため、学園自体はおおむね通常通りだった。せいぜい事件調査に携わっている教授の授業がいくつか自習になった程度だろうか。おそらくセドリックの捜索などは王国の兵士らが行っているはずである。


「やっぱりあいつ魔王の生まれ変わりだったんじゃね?」

「でも魔王の生まれ変わりの割には全然魔力なかったじゃん」

「教授と兵士に追い詰められて覚醒したんだろ」

「追い詰められて覚醒するなら俺なんて毎試験ごとに覚醒するはずなんだが」


 アナスタシアが教室に入ると教室内はその噂で持ち切りだった。色々気になることはあったが、一番手っ取り早く調べられそうなのは噂の出どころだろう。

 本来なら一生徒に過ぎない彼女がどうにかしないといけない問題ではない。しかし一度関わってしまった以上、生真面目なアナスタシアには放置しておくことは出来なかった。


 アナスタシアは数人の輪を作って雑談に興じているグループに話しかける。


「あの、ちょっと噂について聞きたいんだけど」

「あ、アナスタシアさん!?」


 声を掛けられた生徒はアナスタシアの顔を見て恐縮する。大魔術師の家系と同学年トップクラスの成績からアナスタシアの周りにはよく悪くも周囲に壁が出来ていた。本人が誰にでも親しみを持って接するタイプだったらそうはならなかった可能性もあるが、アナスタシアは周囲の期待通りの優等生を生真面目に演じようとするところがあった。


「すいません、くだらない噂ばかりしていて」


 グループの一人はてっきり注意でもされたのかと思ったのか、先手を打って謝罪する。どうもアナスタシアはそういう堅物な存在と思われているらしい。


「いえ、それはいいのだけれど。昨日のセドリックが魔王だっていう噂、どこから出てきたか知らない?」

「確かに……そもそも何で昨日の時点でそのことが知られていたんだろう」


 言われて初めて彼らはそのことの異常性が気づいたのだろう、急に考え始める。普通は普段の雑談において噂の出どころなど気にしない。


「皆、誰から聞いたか覚えてる?」


 一人がグループの面々に問いかける。その問いに生徒たちは皆それぞれ誰からその話を聞いたのか答える。ほとんどは同学年の名前が多かったが、中には違う学年の者も挙がっていた。


「ありがとう」


 アナスタシアがお礼を言ったところで授業が始まる。

 授業中、アナスタシアは考えた。やはり噂はこの学年を中心に広まっていたようである。噂は恐らく意図的に発生したものである以上、それはセドリックを狙ったものと考えるのが自然だろう。ならば他の学年は捨てて、同学年への聞き込みを続けるべきではないか。




 アナスタシアは自習の時間などを利用して出来るだけ色んな生徒に聞き込みした。噂は同じよう交友関係でループしていたこともあったが、発生が昨日だったこともあって記憶が鮮明な者も多かった。


 その結果行きついたのは、おそらく年下と思われる銀髪の女の子だった。イリシャだ。昨日教授と同行していなければそれだけの外見情報でイリシャの名前までは出てこなかったかもしれない。


 そう言えばアナスタシアも前にイリシャに話しかけられたことがある。その時はペンダントについての話を振られたが……やはりこの件で何か企んでいたのか。単にセドリックを貶めようとしたのか、いや、もしや昨日のような展開を最初から狙っていたのかもしれない。彼女は何らかの重要な存在であるセドリックを連れ出すためにセドリックが学園にいられなくなるような噂を流したのではないか。そしてセドリックに魔神の反応が出ることを考えると、彼女は人間の敵である可能性が高い。


 そう考えたアナスタシアは昼休み、ラッセルの元へ向かった。


「おお、アナスタシア君か。どうした?」


 ラッセルはその後も事件の対応やら調査やらに追われていたのだろう、憔悴しきった表情であった。今もコーヒーの入ったマグカップを片手に固形食のようなものを食べながら書類に目を通している。


「教授、例の噂ですが、逃亡したイリシャが学園に意図的に流したと思われます」

「そうか……まあそうだろうな。というのも、あの娘、学籍がないことが分かった」

「そんな!」


 アナスタシアは驚いたが、言われてみれば学園の生徒は多く、年相応の者が制服を着て廊下で雑談している分には偽物だとばれることはないだろう。せいぜい誰もが「自分とは違う学年なのか」と思うだけである。


 ちなみに魔法学園の寮や図書館、魔道具が保管されている倉庫などはもう少し厳重に警備されているし、国内有数の魔術師でもある教授陣が数十人いるという意味では学園はかなり安全である。


「ということはやはり彼女は、セドリックに何かがあると知って脱走させたということになります」

「そうなるな。しかし先ほどから文献を漁っているが、魔物ではなく魔神に反応するという存在などどこを探しても見当たらない」


 そう言ってラッセルはため息をついた。追跡などの直接的な捜査は兵士に任せ、ここの教授は知識面での調査を行っているのだろう。



 本来ならこれ以上は大人に任せてアナスタシアは勉学に戻るべきだ。しかし、元はと言えばこの事件の発端は自分である。


 自分が正確にペンダントの事情を把握しておけば。

 対処を誤らなければ。

 あの時、目の前で行われたイリシャの行動を止められていれば。

 そんな後悔が次々と湧き上がってくるのをアナスタシアは抑えられなかった。

 そして自分にはこのペンダントがある。これがあれば彼の後を追うことも出来る。


 しかし同時にアナスタシアはどこか、逃げた籠の中の鳥を追いかけるような感覚も覚えていた。もう彼を連れ戻しても彼は好きなように研究を続けることは出来ないだろう。というか彼が研究の対象になるし、最悪邪悪な存在とみなされて殺されるかもしれない。


 私は彼を嫉んでいるのだろうか。それともただの責任感なのだろうか。自問してみたが答えは出なかった。


「……失礼します」


 アナスタシアはラッセルの部屋を出ると、すぐに家に帰った。多忙な父エルーノは今も辺境で魔物と戦っている。そのため、家には使用人しかいない。アナスタシアが勝手に家を抜け出せば彼ら彼女らが後で叱責を受けるだろうが、仕方ない。


「急だけれど、明日から学園の校外学習があるため数日間家に帰らないわ」


 アナスタシアがそう言うと、そもそも学園がどんなものか分かっていない使用人たちは頷くしかなかった。

 それをいいことにアナスタシアは堂々と旅の支度をする。幸いなことにエルーノは暇さえあれば魔物退治の旅に引っ張り出されるような男だったこともあり、予備やお古の旅道具などは家に大量にあった。保存食、テント、水筒、方位磁針、ロープなど必要と思われるものを手当たり次第荷物に詰める。そして最後にアナスタシアは書置きを遺した。

 まず先日あった事件の概要を記し、最後にメッセージをつづる。


『……私の未熟さゆえに叔父上が遺した魔道具の使い方を誤り、このような事件を引き起こしてしまいました。しかしこれがあればセドリックを追うことも出来ます。セドリックは逃亡中に魔力が覚醒したそうなので、遠くからでもペンダントに反応するかもしれません。そして彼がイリシャに騙されていることを告げて連れ戻す所存です。心配かけて申し訳ありません。

                                  アナスタシア』


 とはいえあまり早く書置きが見つかっては自分が連れ戻されかねないので、それを封筒に入れると机の中奥深くに隠した。


「よし」


 アナスタシアはペンダントを握りしめると家を出た。普通ならばセドリックを追うのはその道の専門である王国兵士の方が早いだろう。

 しかしアナスタシアにはこのペンダントという手がかりがあった。これはあくまで仮説にすぎないが、最初これがセドリックには反応せず、昨日初めて反応したのは少しずつセドリックの中の魔神性のようなものが覚醒に向かっているからではないか。


 そういうことが起こりえるのかは分からないが、もしそうであれば入学時に『ディテクト・モンスター』に引っかからなかったのも頷ける。そして魔神性のようなものが強まっているのであれば、ペンダントの反応も強くなるのではないか、と彼女は考えた。


 家を出たアナスタシアは貸し馬屋に行って馬を借り、王都の外へ出る。すでに夕方に差し掛かっていたが構わない。アナスタシアはペンダントを握りしめると魔力を込め、祈りを捧げる。


「叔父上、彼がどちらに向かったのか教えてください」


 その祈りが通じたのか、魔力を込めたのが良かったのか、はたまたセドリックの覚醒が近づいているのか。ペンダントからは一筋の光が発された。その方向はレオーネ公国の方を指し示していた。


「セドリック、絶対に連れ戻してみせる」


 アナスタシアは光差す方向を見つめると、改めて決意を固めたのだった。

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